カエサルの想い、そして
スパルタクスに王を目指して反乱をおこすべきだと
言われたカエサルはどうこたえるだろうか。
トラキアの奴隷剣闘士が、酔っぱらった顔をしながら、カエサルを見ていた。
顔は赤らみ、身体はふらついていても、眼はしっかりと自分を捉えているのがわかる。
背中から汗が出てくることを感じる。
考えたことが何度かあったことを指摘されたのだ。
今まで自分が考えていた大いなる構想を他人に指摘されるようなことはなかった。
あくまでも自分の想像のなかでのことであり、他人にはそういった大いなる構想は出てこないものだと思ってしまっていた。
少しの沈黙。
一息ついて、カエサルは口を開いた。
「英雄になりたいな。」
そうつぶやいたカエサルは酔っ払いのトラキア人に言った。
「しかし、内乱はこりごりだ。同じローマ市民が殺し合うなんてしたくない。私は人気者でもあるんだよ。スパルタクス。」
「ああ、それは知っている。」
「私を好きでいてくれるこのローマの市民を守る守り手でいたいんだ。血で染めるようなことはせずに、私は平和的に人気者から英雄になりたいんだ。」
理解しながら、ため息をついてスパルタクスは言う。
「それでは大きなことは成せないだろう。」
ふたたび沈黙となる。二人はお互いに葡萄酒を口にした。
「大きなことを成すために道を外れるくらいなら、私は大きなことを成すために、小さなことを成し続けることで大きなことに変えて見せよう。」
そう言って自分なりの考えをまとめながら話しつづける。
「まずはドラベッラを打ち破るところからだ。そこでまずは変わってくる。剣をとって戦わなくてもローマは法をもって権力者と戦い勝つ方法がある。」
嘆息して、トラキア人も了解の意を示しながら口を開いた。
「わかった。言葉での戦いにまずは力をそそごう。俺も情報を集めておこう。」
それでも諦めきれなかったのか、トラキア人は言葉を付け足した。
「だが、もし考えを改めたらいつでも連絡をよこしな。」
カエサルは笑って了解の意を示した。
それからトラキア人は頭を下げて席を立つ。
カエサルは誰もこの話を聞いていなかったことを確認しながら少しの間一人で物思いにふけっていた。
しかし、祝賀会でカエサルがそのままいるわけにもおらず、すぐに皆の中に入っていって祝いの席での話に加わっていき残りの時間を楽しむことにした。
スパルタクスと話した翌日
酒にも酔って自分の意見を言ったことを恥ずかしいと思っていたカエサルは頭が痛いのを抑えながら、自分の家の部屋にいた。
今日は休みにしよう。
そう強く思っていた矢先に、久しぶりにエセイオスが姿をあらわした。
「ちょっとやばい状況だと思ったんで、改めて報告にあがりました。」
情報部の代表はカエサルが頭を抱えているのを無視してぶっきらぼうにそう言った。
「わかった。続けてくれ。」
「まず、バルサルリ組と起こしたもめ事で、奴隷剣闘士たちとともにバルサルリ組を撃退した件は秘密裡に処理をすることができました。が、あんな大がかりなことをしないように気を付けてもらいたいですな。突然発生した10人もの死体を片付けるのに苦労したんですからね。しかもどこかの田舎ならいざしらずローマの街中でいきなり大騒ぎを起こすなんて、後片付けする身にもなってくださいな。さすがにあれはヘスリ隊にばれるとおもったんだけど、どうもヘスリ隊はうまくいっていないようですね。ヘスリの弟のグズリの部隊がカエサルを見張っているのですが、かなり雑だ。本人もすでにあなたへの興味を失っていて部下たちも行き場所は確認しているようですが、あまり細かなことを把握する気がない。それで死体を片付けるのも助かったんですけどね。
グズリが見張っている以上、あなたにそんなに問題は発生しないでしょう。」
「なるほど、時々追跡している者が見えたのは、そのせいかな。」
「ええ、そうでしょうね。それよりも問題があるのが、ヘスリ隊の不和の原因はカエサルが女たちの間を巡っているのを追跡することに飽きた、というのが理由です。このまま何も見つからなかったではすませられないので、ヘスリはバルザルリに依頼して、カエサルの支援者たちを見張るように指示したようです。」
カエサルはその話を聞きながら考える。
「そうか、バルザルリ隊は戦闘集団だろう。追跡などできないだろうに。」
「そうです。追跡する、というよりもカエサルを刺激して問題を起こさせようとしているのです。」
「そうか、敵が先に我慢ならなくなってきたんだな。」
「ええ、だからそこは自重してもらったほうが良いかもしれないですね。」
「わかった。私は今まで通り街をふらふらする生活をしておくから情報集めは任せた。」
「ええ、お任せください。」
さらに細かな話をしていく2人。スパルタクスから聞いた話をエセイオスにも伝えておいた。
「可能性は広がりますね。これで訴訟に持っていける情報もほぼ集まった。」
「ああ、後はどう攻めていくか、かな。ハリオスの時のように訴訟人を襲われてしまわないようにしなければいけない。」
「ええ、そうですね。もう少し準備に時間をください。」
最後にカエサルはエセイオスに任せたザハの状況を聞いた。
「そうですね。彼はやはりすごいと思いますよ。さすが天才少年。人を騙す、自分を偽るということもうまくできるようになった。後は経験ですかね。」
「そうか、ザハに人を騙すとかの技術を学ばせるのは微妙かと思ったが。」
「本人の希望でもありますよ。まあ後10年もしたら私も太刀打ちできなくなるでしょうね。」
そうかそれは良かった、とカエサルも笑顔で話を聞く。
人数は少ないが、情報部は順調そうだ。
エセイオスがいてくれることでカエサルもさまざまな手が打てる。
ドラベッラとの訴訟に勝って、弁護士として名をあげていく時、そしてその先でも表裏の情報に精通できることが重要だと考えていた。
スパルタクスの誘いを断ったカエサル。
酒の席の話はそこで終わった。
そして、現実的な問題がカエサルに迫っている。




