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思春期のユリウス・カエサル  作者: くにひろお
法治国家ローマ
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訴訟の取り下げ

ベロバチたちが訴訟のためにカエサルの家にくるはずが来ない。

何が起こったのだろうか?

勝利の朝になるはずだった。

あまり焦る、ということがなかったカエサルだが自分がかなり焦っていることを感じた。手を強く握りしめていて痛くなったことに気が付く。


カエサルはダインだけを傍において、ジジに事務所に確認に向かわせた。さらにプブリヌスに言い、街中を管理する按察官エディリスにもすぐに連絡を入れて3人の属州民を探すように依頼する。


すぐに帰ってきたジジから受けた報告はベロバチたちが事務所にいなかったことだった。痕跡から見て昨日の夜も帰ってきてはいないようだ、とジジは言った。

状況を知るジジは危機感を募らせてエセイオスたちにもベロバチたちの行方を調べるように依頼をしてきた。一旦カエサルに話をするために戻ってきたのだった。

法廷の開場の時間が迫ってくる。


カエサルはジジに、カエサルの知り合いたちに話をしてベロバチたちを追うように言った。ジジはエフェソスから戻ってきて以来、ほぼカエサルと共に動いていたからローマのカエサルの仲間たちもだいたい知っているのだ。

金を借りているアッティア、息子のアッティクスにも連絡するように言った。しかし、クラッススのところには言わないように言う。

ジジが首をかしげる。

「クラッススに言わないのは、彼が怪しいのでしょうか?」

「いや、クラッススは資金もだし、私の数少ない支援者で理解者でもある。もし今回の訴訟で私を支援している者がいるか背後関係も洗おうするものがいた場合、クラッススが支援者だと解ると彼にも危害がおよぶ可能性がある。」

ジジは理解したと頷いた。


その後、ベロバチたちを探す全体のとりしきりをジジに任せて、カエサル自身はダインとともにパラティーノの丘の法廷に向かうことに決めた。


考えを巡らせながらカエサルは法廷に向かった。

ベロバチたちが今の状況で逃げる必要性はない。あるとすれば妨害。ハリオスが部下を使って彼らを襲った可能性が高い。監禁しているか、最悪は彼らを殺してしまっている可能性もある。

どう対処するにせよ、更なる情報が必要だった。

そう考えて歩いて法廷に向かった。


カエサルもダインもこんなにも心がざわめきながら法廷に来ることは初めてだった。


法廷につくと、ハリオスに会う前に法務官から話があると告げられた。

奥の個室に向かうと法務官が苦虫をつぶしたような顔をして言った。

「ガイウス・ユリウス・カエサル。君のこれまでの訴訟は見事だった。」

「どういうことですか?」

「君自身の問題ではないが訴訟を起こした属州の者たちが昨日、ローマの街中で盗みを働いたのだ。そして逃げようとしたところを追いかけた人たちから逃げようとして2人が死に、死なずに生き延びた1人は今捕まっている。」

「そんな馬鹿なことがありますか。彼らは私の事務所で生活をしています。食料もあるし必要なものはすべて準備していた。盗みをする必要なんてありません。」

「そうかもしれん。必要なものはすべてあったかもしれないが彼らが盗みをしたのは事実だ。そして逃亡して2人が死んだことも事実である。」

言葉を出せなかった。


結局、少し落ち着いてから法務官に確認したところ、属州から来た3人はローマ市内で物をとって逃げたところを店の用心棒たちに追いかけられて逃げる途中で死んだ。それでもベロバチが生きていいさえすれば、と思ったカエサルだったが、ベロバチともう1人は逃げている途中で高い場

所から飛び降りて死亡。3人のなかで最も若い者が生き延びているがすでに捕まっているとのことだった。そして、若い者の証言として、前属州総督に恨みをもっていたベロバチが仲間たちと組んででっちあげを行い、ローマから利益を得ようとしたのが今回の訴訟であった。カエサルは冷静に法務官の顔を見ながらその説明を聞いていた。法務官は特に感情を見せることなく、たんたんと説明を行った。


法務官が無表情で説明したことで、カエサルも気持ちを読み取ることもできず受け入れるしかなくなった。結局、この訴訟は、訴えた訴訟人不在となり、訴訟自体が成り立たなくなった。

訴訟人だけで訴訟を起こすことはできず、代役を誰かに頼むこともできたが、ベロバチたちと同じ立ち位置で訴訟を継続するには新しく誰かを呼ぶ必要があった。しかし、ベロバチたちの身に起きたことを聞いたら誰も手を挙げないだろう。でっちあげが事実であっても事実でなくても

今後手をあげてくる可能性は低かった。


カエサルはハリオスと会うこともなく、法務官と話をして訴訟自体が訴訟人不在で継続できないとして、終了することになった。

カエサルは法務官に自分の意見を淡々と口にした。

「今回の法廷では訴訟した側が優位に立っていました。この流れで訴訟人に何か起きた、というのは不自然ではないでしょうか?ハリオス側の誰かが、私の訴訟人たちを襲ったりした可能性もあるかもしれませんが、疑ったりはしないんですか?」と投げた。

法務官は寂しそうな顔をして、

「ベロバチたち全員が死んでいたらあるいは、ではあるが一人が生き延びて、自分達の虚偽申告を認めた、となるとハリオスたちに疑いを持っていくことは難しい。」

そう言った。口でそう言ってはいるものの苦々しさを持っているようだった。

カエサルはその言葉を聞き、これ以上食い下がっても無駄と思い法務官に頭を下げて法廷を去った。


後から聞いた話によると陪審員に入っていた人たちも、属州で起きたことに同情的だった。しかし、盗みを働いたということで一挙にハリオス側に気持ちが傾いたようだった。

どちらにせよ、カエサルのデビューは終わったのだ。

自分のセンセーショナルなデビューができなかったことも残念だが、属州を代表してきていた肌が焼けた実直な中年のことを思い出すと悔しくてたまらない気持ちになった。

彼は、彼自身の想いではなく、属州の人たちの想いをローマに伝えるためにきて頑張っていたのだ。


カエサルは空虚感と怒りを感じながらも冷静にダインに関係者にベロバチたちの捜索を打ち切り状況を伝えるように指示した。

あなたはどうするんですか?と心配そうに聞くダインに事務所に行って、街をぶらついてから夜までには帰ると言った。そして、ダインと別の道を一人で歩き出した。


カエサルの弁護士としての訴訟デビューは失敗に終わった。

それ以上に、カエサルの心は実直な働き者ベロバチが泥棒扱いされ殺されたことだった。

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