20 ディアナは魔法陣で転移する
ディアナたち四人は、歩いて村を出発した。
村の背後の森の中を北西へと向かう。
「ここから魔法陣がある建物までは約半日だ。暗くなる前にはなんとか着けるだろう」
レイナが先頭を歩きながら言った。
「身体強化で走っていくのは?」
ディアナが聞いた。
「いや。今回は歩いていこう」
四人に身体強化魔法を掛けて走ればもっと早く着くのだが、レイナとディアナは先ほど村に来るまでに身体強化でだいぶ魔力を使ってしまっていたし、その後も魔法で村人の治療を行ったばかりだ。
やろうと思えば出来ないこともないのだが、今はそこまでする必要はないだろう。
そして森の中を歩いていけばこのあと魔物と遭遇するはずだが、それはエドモンドとファビオの二人に身体強化を使った戦い方に慣れてもらういい機会になりそうだ。
レイナは、この後もしばらくはこの四人で行動することになりそうだと考えて、練習も兼ねて魔物を倒しながら歩いていくことにしたに違いない。
「では、その建物で夜を過ごしますか?」
エドモンドが聞いた。
「それがいいだろうな。コンフォーニ側に転移してから休もう」
「しかし、コンフォーニにそんな建物がありましたか? その場所を聞いても?」
「コンフォーニの王都から東に馬で一日の森の中だ」
「あそこの森にそんな建物が?」
「認識阻害や迷いなどが付いた特殊な結界が張られているからな。そこに結界があること自体もエルフや聖女でないと気が付かない」
「なるほど。それで今まで見つからなかったのか」
「という事は、その建物や転移魔法陣はエルフが設置したの?」
ディアナが聞いた。
「そういう事さ。昔はそれでエルフたちが世界を旅していたんだ」
「でも、今は外に出ないのでしょ?」
「ある時を境に、エルフは世界に関与せずに引きこもってしまったのだな。それ以来、ほとんど使用されなくなって放置されている。だから遺跡と言ってもいいぐらいだ」
エドモンドがその話に反応した。
「エルフが引きこもったのは、もしかしたら数百年前にあったと言われる魔王との戦いが原因ですか?」
「そう。あの戦いでエルフは数が少なくなってしまった」
魔物の中に上位種が発生することがある。
人型の魔物で言えばゴブリンの上位種であるハイ・ゴブリンや、オークの上位種ハイ・オーク。さらに厄介なのはオーガの上位種ハイ・オーガだ。
ハイ・オーガなどは、腕力が強い上にその時点でかなりの知能を有しており、さらにその中から人の言葉を理解して話し、魔法が使える個体が現れることがある。
それが、魔人と言われている。
オーガは元々鬼のような容姿をしているので、その上位種の魔人も同様の姿だ。
詳しい仕組みはわかっていないが、魔物が体内に宿す魔石がある条件で変異することがあり、それが魔物の体に影響を与えて上位種が発生すると言われている。
さらにその魔人の中から、邪神と交流してその力を振るい、他の魔人たちをも束ねる存在が出てくることがある。
それを魔人の王。つまり魔王と呼んでいる。
魔王や魔人は大抵が闇魔法が使え、それによって他の魔物たちを従わせ、魔力量も普通の人間よりも多い傾向がある。
そして魔人や魔王が厄介なのは魔法が使えるのみならず、武器を使用しあるいは作り出し、それを従えた魔物たちに使わせ、さらに戦略を練って戦うことができる事だ。
数百年前、その魔王や魔人に率いられた数万の魔物たちと人間やエルフが戦った。
最終的に人間とエルフは勝利したのだが、多大な犠牲を強いられ、その数をだいぶ減らしてしまったのだ。
ところがエルフはその長寿と引き換えに繁殖力が弱く、この数百年でいいところ二倍程度にしか増えていない。
いまだに当時の十分の一ほどだ。
一方人間は、この数百年の間に元の数にまで戻っている。
それ以来エルフは自分たちの国に引きこもって、外には出なくなった。
外に出て人間と結婚したレイナは、わずかな例外なのだ。
するとレイナが気づいたようだ。
「おっ。さっそく魔物がおでましだ。前方からイエローファングが三匹やってくる」
この森は王都から馬で一日ちょっとの距離にあるので、人里に近いところは定期的に魔物は駆除されている。
駆除される範囲は森の端から数キロメートルまでだから、今彼らがいる様な森の奥には魔物が駆除されずに残っていた。
「では我々が」
エドモンドがそう言って、ファビオとともに前に出る。
「ディアナ、二人に身体強化を」
「うん」
ディアナがエドモンドとファビオに身体強化の魔法を掛ける。
「来るぞ」
レイナが皆に注意した。
三匹は目の前にいるエドモンドとファビオに飛びかかってくるが、身体強化された二人にとってはなんでもない。
正面から飛びかかってきた二匹はそれぞれが一刀両断にし、残りの一匹はファビオの足に噛みつこうとしてくる。
「おっと」
ファビオはちょっと焦ったようだ。
しかし、魔法で防御力が上がっているために、イエローファングの歯は通らない。
そこをエドモンドが斬り伏せた。
「この身体強化魔法はすばらしい」
と、エドモンド。
ファビオも頷く。
「なんか、自分の腕が超一流になったのだと勘違いしそうだ」
レイナがニヤリとする。
「そうだな。これに慣れすぎると本当の自分の実力がわからなくなってしまうから、毎回かけるのはやめた方がいいかもしれないな」
レイナはそう言ったが、顔を見ればどうやら冗談のようだ。
しかし、それを聞いたファビオはあわてる。
「え? いや、絶対勘違いしないので毎回お願いします」
「うふふ」
ディアナが笑った。
四人はそうやって遭遇した魔物を倒しながら森の中を進んでいくが、これは四人で一緒に戦ういい練習になった。
時には、横に回り込んで飛び掛かってきた魔物からレイナやディアナが魔法の盾で守る。
しかし、元々エドモンドとファビオの剣の腕がいいおかげだろう、ディアナとレイナが攻撃型の魔法で戦うような事態になることは無かった。
そうやって森の中を半日ほど歩いた頃、前を歩くエドモンドたちにレイナが後ろから声を掛けた。
「そこで止まってくれ」
皆が歩みを止めると、レイナが一人で前に出る。
そしてあるところまで進んで前方に手をかざすと、目の前に白く輝く壁が現れた。
「これが建物を隠す結界?」
ディアナが聞いた。
「その通りさ。今は一時的に見えるようにしたんだ」
「では、目的地に着いたのですね?」
「ここに結界があるなんて全然わからなかった」
と、エドモンドとファビオ。
「ディアナはどうだい?」
レイナが聞いた。
「なんとなく、もやっとしたものは感じていたけれど」
「慣れれば、もっとハッキリ分かるようになる。そして、この結界を通るには、呪文が必要だ。ただしエルフの血を引いている者以外が呪文を唱えても何も起きない」
つまり、金色の髪と緑の目を持つディアナもその呪文が使えるわけだ。
レイナは再び結界の方に向き直り、手を結界に触れてその呪文を言う。
「メルラースラーレ」
レイナが呪文を言うと、結界にぽっかりと穴が開いた。
馬車が通れるぐらいの大きさの穴だ。
「さあ、それほど長くは開いていないから、早く通って」
レイナがそう言って、皆が通り抜ける。
後ろを振り返れば、再び結界の穴がふさがった。
「おや? 景色が違うぞ」
と、皆の先頭で入ったファビオ。
見ると、先ほどまで結界の向こう側にも森が見えていたのだが、結界の中に入ると木が無い直径二百メートルほどの開けた土地になっている。
その中心に、神殿の様な石造りの建物が建っていた。
レイナが説明する。
「これが転移魔法陣がある建物だ。結界の外からは見えないようになっている」
「厳かで、神殿みたいだわ」
ディアナが言った。
「エルフの国の建物は、みんなこんな感じさ」
「かなり昔からあるにしては、結構綺麗なままですね」
今度はエドモンド。
数百年の間ほとんど使われていない割には、建物は綺麗な状態に保たれていた。
「俺も、もっとボロボロの建物を想像していたな」
ファビオも感想を言った。
レイナが応える。
「今はほとんど誰もここを使わないが、維持の魔法が掛かっているからな」
維持の魔法とは、建物などの汚れや劣化、腐敗を防ぐ魔法だ。
レイナが建物へ歩みを進めると、皆は物珍し気に見回しながら彼女の後に続く。
建物に着いて、装飾された金属製と思われる扉を開けて中に入ると、魔法かなにかで自動的に明かりが灯ったようだった。
そして四人はそこにあった小部屋を通り、更に奥へと進む。
すると、その建物の中心は大きな部屋になっており、壁際には休憩できるような椅子がいくつか置いてあった。
レイナはそのまま部屋の中ほどまで進み、そこの床に描かれた大きな幾何学模様の中心に立つ。
転移魔法陣だ。
「さあ、コンフォーニまで転移するよ。皆ここに乗って」
皆がその魔法陣の上に乗ると、レイナが何かを言いながら足元の魔法陣に魔力を流し込む。
どうやら転移先をエルフ語で言ったようだ。
すると、一瞬まばたきをしたような感覚になる。
「さあ、コンフォーニに着いたよ」
と、レイナ。
「え? これで?」
ディアナがそう言って周りを見回した。
周りを見れば、先ほどのソリアーノ王国側にあった建物の中と変わらない。
「ああ。各地の建物の造りはほぼ一緒だからな。しかし、あそこにエルフ語で区別が書いてある」
そこには、よくわからない文字が壁に書いてあった。
「しかし、いまだに信じられない」
と、エドモンド。
「初めてこれで転移した者は皆そう言うな」
「それでは、ここで朝まで休憩ですね?」
今度はファビオが聞いた。
「そうしよう。この外の森は、さすがに夜歩くのはやめておいた方がいいだろう」
外はもう夜になるところで足元はよく見えないし、暗いところで魔物と戦うのはやめた方がいいだろう。
それに昼からずっと歩いてきたので、やはり休憩は必要だ。
その後エドモンドとファビオは、壁際の椅子に座って休憩しながら明日の段取りを話し合っている。
その間に、レイナはディアナに結界魔法を教えていた。
「もっとしっかりしたイメージで……そうそう」
「やっとできたわ」
「この魔法は難しいが、魔法の盾よりも強力で、全方位からの攻撃に耐えられる。もちろん人や物、魔法も通さない。慣れたら、この結界に認識阻害や迷いの機能も付けられるよ。もちろん、その分魔力も余計に消費するけどね」
「迷いって、どうなるの?」
ディアナは練習で自分の周りに張った結界を一度解除して、レイナの言葉に耳を傾ける。
「結界に近づいた生き物や魔物は方向が分からなくなって、いつのまにか違う方向へ逸れて行ってしまうんだ」
「へー? そういえば、この建物を取り囲んでいるのもこの結界魔法なの?」
「基本的には同じだが、この周りの結界は魔法陣と精霊で維持されている」
「そうなの?」
「複雑な結界を何年も維持するためには、一人の魔力では足りないからね」
「なるほどね」