閑話 戦場のプレゼント大作戦です!(後編)
三正面作戦を成立させるため、軍部は大規模な部隊運用を行ってきた。
しかしこれは、現場の兵士に対して極端な負荷となって跳ね返る。
劣悪な戦場と上層部からかかる無理難題によって、兵員の精神状態は極度に悪化。
魔王軍との決戦を前にして、限界を迎えつつあった。
これに対していち早く理解を示したのが、エイダと退役軍人会。
以前より、兵士への心理的療法を共同で提唱してきた二者だ。
早急なメンタルケアの必要性を認知したエイダは、ルーシー・ユーリズムを筆頭とした協力者の後ろ盾を得て上奏を行う。
軍上層部及びに宮廷へと行われたプレゼンの結果、エイダは戦場全域に対する精神的負荷緩和策を講じる責任者の立場を獲得。
その後、即座にプランニングを実施。
必要とされる物資や技術、専門職を割り出してみせる。
結果として、上層部からの正式な依頼という形で翼十字教会へと協力が要請され、ついに〝戦場のプレゼント大作戦〟と呼称された計画が実行に移され運びとなった。
そして、当日。
兵士達は歓呼の声を上げていた。
「替えの靴にゲートル、パンツにお守り。こんなにありがてぇものはない!」
ある戦場では、物資の補充が行われた。
塹壕では常に泥の中に足を取られ、衛生状態が劣悪になる。
脚部を守る靴下やブーツは、兵員達に大変喜ばれた。
「故郷の味だ……死ぬ前に食えるなんて……」
「うめぇ……うめぇ……」
別の戦場では、兵士達が食べ親しんだ郷土料理が配給。
銃後では当たり前に食べられる食事が、彼らにとってはなによりの御馳走だった。
「神よ、我らを仇敵の魔手より守り給え!」
「英霊よ、祖霊よ、百発百中の加護を!」
「いまこの瞬間、術式を紡ぐ時間を彼らに……!」
また異なる戦場では、高位の司祭による祝祷が行われた。
祈りとは、奇跡や魔術のような結果が必ず伴うものではない。
それでも兵の心を奮い立たせ、この一瞬を生きる活力を授けたのは願いの力だった。
この作戦の恩恵を受けたのは、最前線の兵士達だけではない。
彼らに随伴し、炊き出しや洗濯、雑用などの全てを請け負ってきた軍属たちにも、治療や恩給、暖かな衣服、アルコールに音楽が与えられた。
汎人類連合として、極めてギリギリの支出。
万が一をふまえて貯め込まれていた物資の吐き出し。
当然それは、いずれ未来で自分たちの首を絞める。
「それでも、絶対に必要なことなのです」
宮殿を説得するとき、エイダは語った。
「今なきものに、明日が訪れることはありません」
――と。
この方策は、事実として各部隊を大いに奮い立たせる。
聖歌隊が歌い、戦場料理人が腕前を振るい、新品の衣料が配られ。
兵士達は思うさまに酒を飲み、踊り、歌い、笑う。
たった一日。
ほんの僅かな時間だけ、彼らの精神は救われたのだ。
直後に地獄へ舞い戻ることになろうとも。
その瞬間に生じたぬくもりが、人間としての尊厳を守り、彼らに国を、愛するものを守る意志を授けた。
これは亜人達も変わらない。
彼らの故郷で行われる年の瀬の儀式や、捧げ物が届けられ、懐かしさに涙するものさえいたのだから。
223連隊においても、例外ではなかった。
連隊長であるレーアは、塹壕に潜む部下達へ向かって大声を張り上げる。
「これより、銃後から届いたプレゼントを分配する。呼ばれたものは応答するように。まずはク――ソ魔族ども、貴様らには魔術の雨がお似合いだな!」
折り悪く突撃をかけてきた魔族たちが、魔術の一斉射を受けて吹き飛ぶ。
連隊員の顔には怒りと勝ち気な笑み。
「邪魔すんな!」
「年越しぐらいは大人しくしてろ!」
「魔族かおまえら!」
「そら、魔族だろうよ」
違いないと笑声を上げる一団。
意気軒昂、彼らは敵を薙ぎ払う。
「連隊長、続きを」
「おっと、そうだった」
ハーフリングの副長に促され、レーアも目前へと迫った敵の頭部を魔術の矢で貫きつつ続ける。
「まずは貴様だ、クリシュ」
「はっ」
「手紙が届いてるぞ、ご母堂からな」
「……は? お袋から?」
普段は冷静沈着な副長がきょとんとするのを見届けて、レーアは大笑いしつつ〝プレゼント〟を彼へと押しつける。
小さな袋へぎゅうぎゅうに詰め込まれたドライフルーツを見たクリシュの眼は大きく開かれ、一滴の涙がこぼれ落ちる。
レーアは大きく頷くと、戦局を見定めながら、新たな部下の名を呼ぶのだった。
「次、イラギ上等兵!」
§§
軍と民間の物資運搬能力を総動員して行われた〝プレゼント大作戦〟は、意外な結果を残すとこととなる。
輸送路の拡大に伴い強制的に整備されたインフラは、各都市間へとバイパスを作り物流を活性化。
戦地への円滑な資材搬入を可能としたのだ。
また、戦意昂揚した兵士達は、軍上層部が絵空事のように描いていた三正面作戦の配備を完璧にこなし、魔族を迎え撃つ構えを取る。
一時的な戦時費用の増大は懸念されていたとおりだったが、これを上回るメリットがもたらされたのだ。
三正面作戦に否定的であった一派さえ、これには或いは成功も……と、一抹の可能性を見いだす。
結果として、エイダ・エーデルワイスによる大規模作戦は起爆剤として機能し、汎人類生存圏に張り巡らされた動脈――運搬、産業基盤に、見事人員という血流を送り出したのである。
――では、このとき。
当のエイダ・エーデルワイスはなにをしていたのか。
普段にまして膨大な書類の山と格闘していたのであった。
〝プレゼント大作戦〟の事後処理にあたる決裁。
根回しを行った各種貴族、商業ギルドのお歴々、軍部へのお礼。
各地への遊説を行っていた間にたまっていた案件の整理。
その全ては、到底数日で片付く量ではなく、いかなるエイダであっても処理不全を起こす寸前、パンク間際という有様だった。
年の瀬であるというのに朝から深夜まで机に向かい、いよいよ意識が朦朧となって机へと突っ伏しかけたとき、執務室の扉が大きく開かれた。
「急患よ!」
飛び込んできたのはハーフエルフの従兵、パルメ・ラドクリフ。
急患という言葉を耳にして、エイダの意識が瞬時に覚醒する。
「向かいます。どこですか!」
椅子を蹴立て、救急箱をひっつかんだエイダを、パルメは速やかに案内。
「この先だから」
「しかし、ここは……」
「いいから行ってきなさい」
連れて行かれたのは衛生課の食堂。
切迫感がまるでない、優しいパルメの言葉に背を押され。
困惑しつつもエイダが中へ一歩足を踏み入れると、そこは真っ暗闇であり。
「……わっ」
次の瞬間、目映い光が瞬いた。
魔術によって紡がれる、七色の灯火が、まるで花火か星のように天井へと浮かび上がる。
それによって照らし出されたのは、ささやかながら飾り付けられた宴席。
「「「閣下、お疲れ様です……!」」」
周囲から、異口同音の労いが一斉に上がった。
同時に、部屋の奥からローソクが灯されたケーキが運ばれてくる。
「これは……いったい……?」
眼をぱちくりとするエイダへ。
一団をまとめていたザルクが直立不動になって答える。
「はっ。尽忠報国の徒たる閣下は、常日頃から多事多端。一切の余暇を返上し職務に邁進しておられましたので、せめて件の作戦完遂の折には我々だけでも労いの場を持てればと思い、誠に勝手ながら決行した所存!」
「皆さんが、私のために、ですか……?」
俯くエイダ。
その肩がブルブルと震える。
「……おい、雷が降るんじゃないか?」
「閣下は怒らせると恐いからな……」
「ザルクの旦那に全責任を被ってもらって……」
などとざわめく衛生課一同。
ザルクのこめかみをひと筋の汗が緊張とともに流れ落ちたとき。
白い乙女が、顔を上げた。
「ありがとうございます! とってもうれしいです!」
それは、満面の笑みだった。
仲間達が、自分のことを祝ってくれたのだという事実。
それがエイダには嬉しくてしかたがなかったのだ。
彼女の感じていた疲れは、もうどこにもなかった。
「では、早速御馳走をいただきましょう。ひとりではとても食べきれませんから、もちろん皆さんも一緒に」
歓声が上がる。
エイダを褒めそやす兵士達。
そして、飲めや歌えの大宴会が始まった。
「すこしは実感した? アンタがやってきたことの、その大きさを」
いつの間にか隣にやってきていたパルメが、ティーカップを差し出してくる。
これを受け取り、お茶の温かさを味わいながら、エイダは微笑んで頷くのだった。
「……はい。とても、勇気づけられるものだと」
「みんなが思っているの。そして感謝してるんだから、アンタに」
眼を細め、エイダははしゃぐ部下達の姿を眺める。
胸の内に灯る、温かなものを握りしめ、小さく、歌うように告げた。
「時は歳末。やがて日が昇り、新たな一年がはじまります」
そのときには、どうか。
どうかこの辛く苦しい戦いに終わりが来ますようにと、エイダは願う。
気のいい仲間達が、戦地で戦う勇敢なる兵士達が、一刻も早く安らぎに満ちた日常へと戻れるようにと。
「みなさん、よいお年を!」
エイダがカップを持ち上げれば。
全員がそれに習ってコップを打ち合わせる。
『『『よいお年を!』』』
かくして激動の一年が終わり、次なる季節がやってくる。
翌年に起きる事柄を、エイダたちは誰ひとりとして知らない。
けれどそれが、きっとよき方向に向かうと信じて。
いまこの瞬間だけは不安を振り払って。
杯を交わし、ささやかな御馳走へと舌鼓を打つのだった。
次回の更新は未定です
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