プロローグ 「血塗られた世界のハッピーエンド」
「ごめんね、レン。……私、あなたの名前、ちゃんと呼べてたかな」
世界が、真っ赤に燃えていた。
かつて美しい木上都市だった街は崩壊し、夜空を焦らす黒炎がすべてを焼き尽くしている。
僕の腕の中で、赤髪の少女――アリアが、弱々しく微笑んでいた。
彼女の胸は深く抉られ、溢れ出る鮮血が僕の手を、服を、容赦なく汚していく。緑色の瞳からは、急速に命の光が失われようとしていた。
「いやだ……いやだ、アリア! 頼むから目を開けてくれ!!」
僕の叫びは、虚しく爆炎の音にかき消される。
これで、何度目だ。
右の道を選べば、仲間が全滅した。
左の道を選べば、彼女が暗殺された。
先回りをすれば罠に嵌まり、戦力を集めれば内通者に裏切られた。
普通の高校生だった僕が、この異世界に転移してから、一体何回、彼女たちの凄惨な死体を見ることになっただろう。
肉体は巻き戻っても、脳裏に焼き付いた「みんなが死ぬ瞬間の肉の弾ける音」や「血の匂い」は消えてくれない。僕の精神は、もうとっくに限界を迎えていた。僕の選択のすべてがバタフライエフェクトを引き起こし、大切な人たちを殺していく。
――僕が殺したんだ。僕が余計なことをしなければ、みんな死なわずに済んだのに。
強烈な罪悪感と自己嫌悪が、僕の心を真っ黒に塗りつぶす。
いっそ、このまま僕も死んで、すべてを終わりにできたらどれだけ楽だろう。
「……泣かないで、レン」
アリアの、血に汚れた冷たい指先が、僕の頬に触れた。
「理由は分からないけれど……あなたはいつも、一人で、誰も知らない場所で戦ってくれていたんでしょ? 傷だらけの目で、私たちを見てくれていたから……」
あぁ、そうか。
彼女には、ループの記憶なんてないはずなのに。
何度も死んで、狂気に取り憑かれながら奔走していた僕の孤独を、彼女の魂だけは、ずっと信じてくれていたんだ。
「ありがとう、蓮。私……あなたに会えて、良かった――」
ガク、と彼女の手から力が抜けた。
緑色の瞳が完全に濁り、世界で一番優しかった少女の呼吸が、静かに止まる。
「あ、あああ……ああああああああああああーーーッ!!!」
狂ったような咆哮が、僕の喉から迸った。
ボロボロと涙が溢れ、視界が滲む。
諦めてたまるか。終わらせてたまるか。
僕の心がどれだけ壊れようとも、この命が何度消え失せようとも、彼女が笑っていられる未来に辿り着くまでは、絶対に。
背後から、街を滅ぼした天災級の魔獣が、無数の目を不気味に光らせて迫ってくる。
僕はアリアの遺体を優しく横たわらせると、ゆっくりと立ち上がった。
戦闘力はゼロ。魔法も使えない。ただの現代人の高校生。
だけど、僕の魂の奥底には、血塗られた一冊の禁忌書物――『星蝕の魔導書』が脈打っ
ている。
そのページには、これまでに僕が味わった、すべての失敗、すべての死、すべての絶望のログが、鮮血の文字で刻まれていた。
「――仕込み(チャート)は、すべて終わった」
僕は懐から、異世界に転移したあの日から持ち続けている、画面のバグったスマートフォンを取り出した。
魔獣の動き、攻撃のタイミング、風向き、すべての因果のバグを僕はもう記憶している。
「おい、理不尽。……今度はお前を、完璧にハメ殺してやる」
僕は自ら、魔獣の牙に向かって飛び込んだ。
視界が凄惨に弾け、意識が暗転する。
【――条件達成。星蝕の魔導書により、ログを引き継ぎ時間を巻き戻します】
脳内に響く無機質な声を合図に、僕は再び、あの懐かしい『始まりの地獄』へと舞い戻る。
無限の絶望の果てに、ただ一つの奇跡を掴み取るための戦いが、ここから始まる。
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