思ってた異世界転生と違う
「どうしても異世界転生するんだーーーっ!!!」
昼過ぎの近所の公園。桃は家庭科の課題である編み物をとかぎ針を手にやけくそ気味に叫んでいた、手元にあるそれはもう編み物ではなく毛玉と呼べるモノだった。
「こんなのもうできないよ〜蒼お母さん…教えて…」
毛玉をほどきまたやり直し…何度も何度もかぎ針と格闘していた。
「転生なんて縁起でもないこと言うんじゃないよ桃、そこは違う、こっちに針出して、後僕はお母さんじゃないから」
呆れ顔で桃に寄りそい手元を指示する幼馴染の蒼。
そしてサッカーボールを足元で転がしながらケラケラと桃の毛玉を笑い飛ばす同じく幼馴染の茜。
いつもの三人組の、いつもの日常の光景だった。
「お前が不器用なだけだろ、琥珀からかぎ針まで借りてるんだし頑張れ、オレですらその課題ヨユーだったぜ?適当にやってもできるだろ」
ポーンとボールを高く蹴り上げながら桃を笑う茜。
「不器用じゃないもん!琥珀の学校は終わるの遅いなぁ ……あ、また絡まったー!!」
桃が編み針と格闘していた、その時だった。
ゴロロロ……ッ、ドカンッ!!
突然、雲ひとつないはずの空が大きく揺れ、耳をつんざくような激しい雷鳴が轟いた。
「キャッ!?」
「うわっ、こりゃ降るぞ! 家まで競走!!!」
——川は増水していた。
泥濘む足元もどうでもいい、桃は走り出していた。
自分が汚れようと構わない。
バシャン、冷たい、重い、苦しい…汚い、チクリ、
ワタシ…?ワタシハ………
「おい、起きろって」
聞き覚えのある二人の声に揺らされる。
う、体が痛い……寒い……落ちて……消毒液のにおい……?
目をこすりながら見上げた先にいたのは、やっぱり「いつもの二人」だった。
「……蒼? 茜……?」
しかし、何か様子がおかしい。
周囲を見渡すと、そこは公園でも病院でもなく、絵本に出てくるような重厚な木製書棚と見たこともない薬品瓶が並ぶ、まるで魔法の国の図書館……いや、よく見ると医務室のような場所だった。
さらに、自分の格好を見下ろして桃は絶句する。普段の服ではなく、見たこともないデザインの制服を着ていた。
あわてて近くにあった鏡にしがみつき、映った自分を凝視して――息が詰まる。
着ているのは見知らぬ学校の制服なのに、そこに映っている顔も身体も、さっきまで公園にいた『自分』のままだった。一ミリたりとも変わっていない。
「濡れてない……? えっ……!? 嘘、どこ…!?」
目を輝かせて二人の顔を交互に見つめ、思わず叫んだ。
「蒼! 茜! 私たち、本当に!異世界……に…?」
桃は言葉を詰まらせた、二人を見ると蒼と茜は心底不安そうに眉を寄せている。
「……あおい? あかね?」
「はぁ…」
メガネの少年が呆れたようにため息をつく。
「頭を強く打ったとは聞いていたけれど、いよいよ本格的に可笑しくなったのかい、ローズ?」
「そうだぞ、ローズ! 俺はルビーだし、こいつはサファイアだろ! 寝すぎとは言え何寝ぼけたこと言ってんだよ!」
「えっ……? ローズ……? ルビー……サファイア……!?」
名指しされた「サファイア」と「ルビー」は、心配と呆れが混ざったような顔で自分を見つめている。
頭を打ったから変なことを言っているんじゃないか、三日も寝ていたからまだ寝ぼけているんじゃないか、やはり医師を呼ぶかなど、二人はぶつぶつと言い合っていた。
自分の手と服をまじまじと見つめ直す桃。
名前も……場所も……服も違う。本当に異世界に来て……!?
「入学して早々に問題起こすなよな……。ローズらしいけど、無茶だけはしないでくれよ」
ルビーが呆れ顔で肩をすくめ、サファイアも「まったく一理あるよ。君が無事だったから良かったものの」と溜め息をつく。
桃は苦笑いしながらも、体を起こして医務室の窓辺へと歩み寄った。
「はいはい〜歩けるなら君は授業に行きなさい、君達しっかり幼馴染を見ておくんだよ〜」
そうして半ば乱暴に医務室から追い出される。
そして、開け放たれた窓から外の景色を見渡した瞬間——桃の目は輝かんばかりに丸くなった。
「うわぁぁぁ……っ!!」
見渡す限り、学校はファンタジーのそれだった。
中庭を歩く生徒たちは、とんがり帽子に豪華な刺繍の入ったローブを羽織っている。手にした杖をひと振りして、空中に小さな光の輪を描いて遊んでいる生徒までいる。
「す、すごーい……! ほんとに魔法の学校なんだ……!」
自分の着ている制服を見下ろし、桃は胸を躍らせた。
ってことは、私もあんな風に杖を振って魔法が使えちゃうの!? 編み物の網目も魔法で一瞬で直したりできちゃうのかな!?
「ねぇねぇ! いつ魔法の授業できるのかな!? 魔法の杖ってどこで貰えるの!?」
期待に満ちた目で振り向く桃。
しかし——ルビーとサファイアは、ポカンとした顔で桃を見つめ返した。
「は? 何言ってるんだよ。俺たちは魔力もたいしてない普通科だから無いぞ」
「え……?」
桃の動きがピタリと止まる。
「え……? ふ、普通科……? 魔力がない……?」
「当たり前だろ? オレもお前も技術専攻だし、サファイアだって計算学だろ?」
とルビーが言い、サファイアが眼鏡の位置を直しながら言った。
「ここは魔法革命学園だけど、僕たちは魔力が少ない生徒が集まる普通科のクラスだ。魔法の授業なんてあるわけないじゃないか」
「えええぇぇぇ〜〜〜っ!?」
絶叫する桃。
魔法が使えないの!? 異世界転生したのに!? 主人公補正もチート能力も一切なし!?
思い描いていた「キラキラ魔法使い生活」が、音を立てて崩れ去っていく。
「思ってた異世界転生と……違うぅぅぅ……!!」
頭を抱えてがっくりと肩を落とす桃を見て、ルビーとサファイアは「やっぱり頭の打ち所が悪かったんじゃないか……」と真剣な顔で顔を見合わせるのだった。
「……おいローズ。さっきから 周りの目が痛いんだが」
ルビーが呆れ顔で眼鏡の位置を直すサファイアと顔を見合わせる。
「だって! ここ『魔法革命学園』??でしょ!? 魔法の授業は!? キラキラした魔法でドカンと大逆転とかそういうのは!?」
「あるわけないだろ。何度も言わせんなアウトサイダークラスだぞ」
自分で言ってて悲しくなるとルビーは頭を抱えた。
「あ、アウトサイダークラス………」
頭を抱えて机に突っ伏した桃に、サファイアが苦笑いを浮かべながら教科書を差し出した。
「ほら、頭を打って記憶が怪しいのは分かったから、おとなしく開いて。今日の歴史は『魔法革命』の章だから」
「……ん? あれ?」
桃は差し出されたページを二度見した文字が読める、書ける。
(これ……語学チートだけはちゃんと機能してるやつ!?)
ホッと胸を撫でおろしたのも束の間、隣からルビーが容赦なくノートを覗き込んできた。
「安心してる場合か? 魔法革命なんて小学生レベルじゃんか」
「魔法革命??魔法で色々な機械を動かしてたくさんの物と人が働く…?なんか産業革命とそっくりだなぁ?あ、だからこの魔法具ってのも魔法石?が最初から組み込まれてて誰でも水道もコンロも使えるのかぁ
」
元の世界の産業革命を思い出し魔道具のすごさに関心する桃。
「えっ?何言ってるんだローズ?今日の数学が嫌すぎて現実逃避か?円周率を延々と計算させられる地獄の時間が待ってるぞ?」
「……ねえ、なんで異世界にまで数学があるのーーーーっ!?」
数学はいつも赤点ギリギリで、元の世界ではいつも茜と蒼、そして「琥珀」に助けてもらっていたのだ。
琥珀は、元の世界での桃の唯一の親友だ。
家庭科の編み物の課題で頭を抱えていた時も、「アンティークでとてもかわいいでしょ?」と言って、自分が愛用している大切なかぎ針を貸してくれた。
成績優秀で、お家も大きなお金持ちの跡取り娘なのに、そんな鼻にかけたところを少しも感じさせない、本当にとてもいい子なのだ。
琥珀……今頃どうしてるかな。琥珀が貸してくれたかぎ針、返すこともできないままになっちゃった……。
ノートに書かれた終わりのない数字の列を見つめながら、桃は遠い目をして、心の中でそっと溜め息をつくのだった。
「あの……次の時間は魔法科の授業ですので、退いてくださる……?」
凛とした声にハッと目が覚めた。
頭の中にはまだ「3.14159……」と永遠に続く円周率がぐるぐると渦巻いていて、数字の絶望にうなされているうちに、どうやらそのまま寝てしまっていたらしい。
重い瞼を開けると、すぐ目の前にキリッとした美しいつり目の顔が覗き込んでいた。
その瞳には、どこか自信なさげな優しさが混ざっている。
——琥珀だ!
いつもの親友の顔を見つけた瞬間、胸いっぱいに安心感が広がった。
「琥珀〜〜〜っっ!!」
桃は勢いよく飛び起きると、涙目になりながら目の前の琥珀に全力で抱きついた。
やった……! よかったぁぁぁ! やっぱり異世界転生なんて夢だったんだ! 琥珀が起こしに来てくれたんだ!
——バシッ!!
「……ッ!?」
喜びも束の間、桃の手は容赦なく力強い手で払いのけられた。
「ちょっと、気やすく触らないでいただけますか!?」
見上げると、琥珀のすぐ後ろに控えていた魔法科の生徒が、侮蔑を込めた目で桃を睨みつけていた。
取り巻きのひとりが、眉をひそめながら琥珀に問いかける。
「トパーズ様……お知り合いですか?」
「……えっ」
桃は期待に満ちた目で琥珀を見つめた。
打破された静寂の中で返ってきたのは——あまりにも冷たく、寂しい言葉だった。
「……いいえ、存じません。どなた様かとお間違えではありませんか?」
琥珀——トパーズは、すっと目をそらしながら、どこかぎこちない声でそう呟いた。
嘘でしょ……? 琥珀……私のこと、覚えてないの……!?
夢から覚めたと思ったのに、ここはやっぱり異世界で。
しかも、一番の親友に「知らない」と言われてしまったショックで、桃はその場に呆然と立ち尽くすしかなかった。
ご覧いただきありがとうございます。
知っているはずの親友に「知らない」と拒絶された桃。
憧れの異世界転生……のはずが、頼れる魔法も知識もなく「普通科」からのスタート。
このお話は、理不尽な状況の中でも諦めず、子どもたちが自分の足で立ち、仲間と一緒に手探りで泥臭く前へ進んでいく物語です。
桃たちがこの世界で何を見つけ、どんな選択をしていくのか――。
全140話完結しておりますので、ぜひ最後まで見守っていただけると嬉しいです。
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