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砂漠の女神の愛し子と類稀な美貌の宰相令息  作者: 月森香苗


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後編

短編と同じです。

 夏の舞踏会に向けて、学院内ではそれよりも気楽なサマーパーティーが開催される。ここである程度空気に慣れる事で実際の舞踏会に参加となる為、パートナーは重要だった。

 婚約者同士であれば当たり前ながらペアとなるのだが、学院では常に仏頂面でもとんでもない美形のジェライアスに誘いを掛ける令嬢の多いこと多いこと。

 正式な婚約者のレスティアーナなど存在しないと言わんばかりに振る舞う令嬢達に怒ったのは、もちろんジェライアスであった。レスティアーナではない。


「婚約者がいる男に対してのその行動が醜い。何度も言っているが、俺とレスティの婚約は王家が介入している。お前達は反逆者か?」


 完全に据わった目で見下ろすジェライアスに漸く彼の怒りを理解したようだけど、遅い。

 レスティアーナは深く考えないのでお任せしている。ジェライアスがこの顔でいる限りどうせこう言ったことは無くならないのだから。

 ジェライアスの怒りがレスティアーナに向かったことはないが、誰かに向けられているのを見た事は何度もある。学院に入学してからはその回数が増え、つくづく己の婚約者は魅力的なのだなぁ、と感心していた。


「俺に婚約者がいるなど周知の事実だろう」

「婚約の段階だから挿げ替えが出来ると思っているのよ」

「馬鹿か……」

「まあ、仕方ないんじゃない?親が厳しく言わなきゃ分からないんだよ」

「常識が無さすぎだろう」


 サロンでぐったりとしているジェライアスにエランジェがお茶を出す。授業が終わったのだから給仕はしなくても、というのだけれど、エランジェは「レスティアーナ様の為に日々精進なので!」と笑顔で押し切った。


「ほんと大変そうだなぁ。オレとローレは平和で良かったな」

「ええ。だけど、リンデルグ基準ならシュナも魅力的なはずなのに何故かしら」


 北部のシュナウフェンとローレンナもサロンに集まっているが、この二人は特に囲まれることはない。

 どちらも儚げな見た目で魅力的なのは間違いないのだが――。


「はい!私、知ってます!お二人が最初に友好の証にと持ってきた雪狼の毛皮。頭付きだったからですよ」


 綺麗な所作で手を挙げたエランジェの言葉にシュナウフェンとローレンナを首を傾げる。綺麗に狩りが出来た証であるし、雪狼の顔は凛々しくてさぞ気に入ってもらえると自信満々だったのだが。


「しかも、お二人が揃ってご自分で狩りをしたのだと仰ったので、皆様怖がったのです」

「えー。銀雪熊なら分かるけど、雪狼程度で?」

「二人とも見た目では狩りもしなさそうだからだと思うよ」


 レスティアーナですら、ジェライアスの美貌とは別方向で儚げなシュナウフェンを見た時は「精霊かな」と思ったものだ。実際は逞しい狩猟民族だったが。

 最初に強烈な印象を残した二人は最終的に北部に戻るので、王都貴族にとって狙う程でもないのだろう。

 その点でもジェライアスはまさに優良だからこそ諦められないのだろうが。


「ジェイは陛下から婚約の見直しと言われたら従うの?」

「は?」


 実に低い声だった。レスティアーナは、あ、流石にこれはまずかったかな、と思ったけれど、一度聞いてみたかったのだ。


「だって、もともと政略ありきでの婚約じゃない?私はジェイと仲良くなれたし好きだから見直せって言われたら嫌だけど、ジェイはどうなのかなって」

「レスティアーナ」

「ひぇ」


 普段ジェライアスはレスティアーナを愛称で呼ぶ。そんな彼が正しく名前を呼ぶ時はお叱りを受ける時だ。

 顔面に貼り付けた麗しい微笑みがどうしてか恐ろしくてたまらない。


「俺はレスティアーナに釣り合うように必死で努力して来た。仮に陛下から婚約の見直しなど言われたら……」

「い、言われたら……?」

「国を滅ぼして君を攫って二人きりの生活とか楽しそうだよね」

「ごめん!!もう二度と言わないから!」


 うわぁ、と眉を顰めて引いているシュナウフェンとローレンナはまともな感性をしているのだろう。それに対してエランジェは「そうなりますよねぇ」と同意している。

 ジェライアスから大事にされているし愛されているのはわかっていたけれど、その質量を見誤っていた。想像以上に濃密だった。

 カラッと陽気な南部気質で育ってきたレスティアーナに、じっとりと粘着的な愛情は手に余るが、悪い気はしなかった。

 ただ、二人きりの生活とか監禁を連想するので勘弁して欲しい。

 レスティアーナは二度とこの話題を口にすまいと結論を出した。とても怖かったので。

 そこからは話を何とか変えて、ジェライアスの機嫌も戻ったのでサマーパーティーのドレスの話や夏の舞踏会、北部のお酒などの話で盛り上がった。


 ジェライアスの怒りが伝わったのか、それからは特に煩く言われることもなく迎えたサマーパーティーは、学生主体で教師がチェックしながら注意事項やダンスの採点を細かくされた。

 レスティアーナは普段から公爵邸でジェライアスと共に踊っているので慣れているが、それでも少しばかり緊張したのは、レスティアーナのダンスがどちらかと言うとサンデミオ王国風に近かったせいだろうか。

 ジェライアスは努力していると自分で言うだけあり、サンデミオ王国風のステップにも慣れてくれたが、彼がレスティアーナに合わせるだけでなく、レスティアーナだってジェライアスに合わせるべきだと理解していた。

 ただ、慣れというのは恐ろしいもので、意識すればするほど上手くできない事に戸惑いが隠せなかった。

 それでも無難にやり過ごした後の疲労感は尋常ではなかった。


「コルセット嫌いだし、ステップも複雑だし……ジェイがパートナーで良かったぁ」

「俺以外をパートナーに選ぶのは許さないからな」

「えー。あ、サウラリオ陛下が誘って来たら?」

「う……無いとは、言えないな……レスティの家族とサウラリオ陛下は、例外、だ」

「ありがと!流石に私もサウラリオ陛下の誘いは断れないからさぁ」


 屋敷へ帰る途中の馬車の中。くたりと疲れ切った顔でジェライアスの肩に頭を乗せたレスティアーナは、赤のドレスを着ていた。着けているコルセットが苦しいのだろう、顔色は悪い。

 こうしたやり取りは気を紛らわせるものだと知っているから、他の男の名前が出てきても我慢している。


「王宮でならいざ知らず、学院でコルセットを緩めるのは出来ないからね」

「王宮なら……?」

「休憩室があるだろう?」


 男女が途中で密会する為にも使われる休憩室は、本来の使用用途通り休む為にも使われる。

 女性がコルセットで倒れるのは当たり前で、なのにどこまでも締め上げて細く見せようとする意味が分からない、と嘆くのはレスティアーナ。

 彼女が拒否したので控えめだが、本来はもっと締め上げるものだと知ったらどうなるのだろうか。

 屋敷に戻り、侍女に着替えさせてもらってやっと落ち着いたレスティアーナは、サマーパーティーの様子を思い返す。

 美しすぎるジェライアスを巡ってのあれやこれやは彼自身の手で排除していった。

 始まりはおそらく、男爵家の娘。男たちを籠絡し、第三王子まで毒牙に掛けたがジェライアスの怒りに触れて学院から姿を消した。

 レスティアーナに直接身を引けといった令嬢は学院を休学することになった。

 他にも幾つもの家にマルディトラ公爵家から注意喚起の手紙が送られたが、すべてレスティアーナが何もしていない間に終わっている。

 顔を見れば、にこにこと笑っていて、美しいと思う。こんな顔を外で見せないから、ほんのりとした優越感が芽生えるのだ。


「ジェイ。大好き」

「!俺もだ」


 レスティアーナからの愛の言葉を正確に受け取った際のジェライアスの微笑みは破壊力が大きすぎて、慣れたと思っていたレスティアーナが赤面するほどの威力を放っていた。

 とろりと蕩けるような眼差し。暗い車内なので分かりにくいけれどもしかしたら白い肌が頬を染めているのかもしれない。

 滴るような色気を前に、レスティアーナは己の婚約者のとんでもない威力に心を貫かれていた。


  ◇◇◇


 夏の舞踏会は学院生にとってデビュタントも兼ねている。

 初々しさを残す令嬢達は白のドレスを身につけ、エスコートは家族もしくは婚約者が行う。

 今年は兄夫婦が当番なのだが、娘のデビュタントともあって両親が昨年に引き続き今年も参加している。

 婚約者のジェライアスの衣装はレスティアーナと揃いで、周りとは異なっていた。

 今年は他国、それもサンデミオ王国から国王が来訪している。一部にしか知らされていない事だが、懇意にしているレスティアーナのデビュタントを見たいと望んだからである。

 それもあり、二人の衣装はリンデルグ王国とサンデミオ王国の二つを融合したようなデザインになっていた。

 基本が白であるならば形に規定はなく、胸の下で切り替えのある観劇の際にも着た型のドレスで、白蝶貝を加工して円形に薄く切り抜いた物を切り替え部の周りにくるりと並べて一周させた飾りをつけていた。

 サンデミオでは金で作られる飾りだが、デビュタントなのでできる限り白で纏めようとなり選ばれた貝は不思議な光沢を有していた。

 サンデミオではお腹を出しても問題は無い、どころか美しく引き締まったお腹を見せることが女性の美しさなのだが、流石にリンデルグでそのような事は出来ないことをレスティアーナも知っているので隠しているが、がちがちに堅いコルセットが無いだけでやはり楽である。

 髪型は他が綺麗に纏めあげて宝石などで飾り付けている中、レスティアーナは髪を下ろし、サークレットを着けていた。

 ジェライアスは白のシャツに黒のトラウザーズは他と同じだが、その上に羽織るのは黒の一枚布で、腰を幅広の布で留めている。それだけでなく、薄手の透ける布をその下に重ねており、端に金の刺繍がなされていて華やかさもあった。

 揃いの腕輪は、この日の為にジェライアスの元にサウラリオ国王陛下から贈られたのだ。レスティアーナと同じ『ルーベンシアス』が嵌め込まれた物で、レスティアーナは「お揃いだ」と喜んでいたが、ジェライアスの両親は絶句した。

 つまるところ、レスティアーナとジェライアスの二人が婚姻する事を彼の国王は望んでいるという証なのだ。


「ジェイ、とても素敵だわ」

「レスティの愛らしさを引き立てる役目を果たせそうか?」

「私が負けてるわよ」


 ぷぅ、と頬を膨らませるレスティアーナに顔を緩ませていると、二人の名を呼ぶ声に気付きそちらを見る。

 シュナウフェンがローレンナをエスコートして近付いてきた。


「わぁ!ローナ、すごく綺麗!」

「レーナも素敵!サンデミオ風も混じってて可愛い」


 すっかりと親友となったレスティアーナとローレンナは婚約者とは被らない愛称で呼び合うようになっていた。

 二人は北部特有の刺繍をふんだんに入れた衣装を着ていた。ローレンナはウエストを締めるリボンに、シュナウフェンはジャケットの前身頃全体に刺繍を入れていて、幻想的で緻密なデザインにレスティアーナの目は奪われた。


 通常であれば家の爵位が高い者は後から入場となるが、デビュタントはその逆で、家の爵位の高い者からとなる。

 女性側に合わせる慣例で、公爵家は居ないため、三名の侯爵家の令嬢の後にレスティアーナとジェライアスが入場し、シュナウフェンとローレンナはその後に続く。ローレンナは他国の令嬢だが、こちらの国に嫁ぐことは決まっている為、シュナウフェンと合わせて辺境伯家としての入場である。


 名を呼ばれてホールへと進むと、視線が一気に集まるのを感じる。美しいが笑み一つ浮かべないジェライアスと、王都ではあまり見られない褐色肌のレスティアーナの着る衣装は従来の伝統を踏襲しながらもあまりにも異なっている。

 更に続くのが北部辺境伯家のシュナウフェンとその婚約者のローレンナ。

 学院生達の中でも異質な二組は他の者たちへの注目すら全て奪い尽くしていた。

 大人は初めて公の場に姿を見せたレスティアーナに注目していた。態々サンデミオ国王が来訪までするほど気にする少女を。

 王都の周辺で褐色肌は南部から出てきた者になるが、そもそも南部の者はあまり王都に行こうとしない。気質が合わないし、気候も合わないからだ。

 赤髪となるとノルスタイン一族のものと決まっている。赤金はその中でもノルスタイン本家の色で、砂漠の女神の寵愛と言われているくらいに特別な色なのだが、豊穣の女神の信者にとっては異物になり、教会所属のものか政治に携わる者、ノルスタイン家に関わる以外の者には理解して貰えない部分がある。

 見事な赤金のうねる髪の毛を持ち、褐色肌、さらにエメラルドグリーンの目を持つレスティアーナは砂漠の女神の愛し子なのだと、理解ある者は感嘆の眼差しで見ていたし、成程、だからサウラリオ国王の目に止まったのかと納得した。


「ねえ、ジェイ。すごく見られてる気がする」

「見られてるな。これが普通になる」

「えー面倒」


 横並びで歩きながら小声で交わされる会話。幸いにして周囲はざわめいているので二人の会話を聞き取れた者は居なかった。

 学院生が全員入場したところで、国王と王妃が椅子から立ち上がり、あと二年弱もすれば社交界に本格的に参加することになる若者へ祝福の言葉を掛ける。

 そして一組ずつ国王と王妃の前に向かうと、女の子は王妃から白い花を受け取る。

 その花は祝福であり、パートナーの手で髪の毛に飾るのが慣例であった。


「ジェライアス・マルディトラ、レスティアーナ・ノルスタイン。そなた達はこれより先、サンデミオ王国などの多くの国との架け橋となることを望まれておる。多くの困難に相見える事もあろうが、二人で乗り越えてくれ。これは余からの祝福である」


 ジェライアスとレスティアーナの番になり花を受け取るだけのはずが、それよりも前に国王から声を掛けられた。そんな話を聞いていなかったレスティアーナは驚くが、ジェライアスは直ぐにその意味を理解し胸に手を当て頭を下げた。


「国王陛下より結ばれたこの縁を大切に二人で共に国の為に邁進していきます」

「同じく、わたくしもリンデルグ王国の為に務めます」

「レスティアーナ嬢。貴方に砂漠の女神とその娘の豊穣の女神の祝福があらんことを」


 王妃からも声を掛けられ花を手渡されたレスティアーナはジェライアスの隣に戻ると美しいカーテシーをする。

 学院内でジェライアスとレスティアーナを何とかして引き離そうとする者たちへの牽制なのだと、流石のレスティアーナも理解した。

 王家が取り持った上、祝福までしたのだ。更に、豊穣の女神とは異なる砂漠の女神の信者を異端者だと言っていた者への痛烈な批判でもある。

 砂漠の女神と雪の男神の娘が豊穣の女神。親神を異端だと言われて果たして娘神は許すと思うのか、という意味が込められていた。


「緊張したぁ」

「予想外だったな」

「でも、これで大人しくなってくれるなら良いんだけど」


 ホールの端に移動した二人はまだ始まってもいないのに既に疲れていた。

 国王と王妃への挨拶の前はぎらぎらとジェライアスを狙っている者がいたのだが、その大半はすっかりと顔を青ざめさせている。

 これでなおジェライアスを狙うのだとしたら、最早個人の問題ではなく国が出て来てお家存続にまで繋がることは間違いない。

 ジェライアスはレスティアーナが手に持つ花を受け取る。八重咲きのペチュニアの花は花弁が重なり合って白色であっても華やかで美しい。サークレットの側頭部部分に掛かるように差し込めば、赤金の髪の毛をより引き立てていた。


 国王と王妃への挨拶が終わると、学院生達がホールの中央に集まりダンスを行う。本来であれば同じ歳の第三王子が婚約者候補と先に踊るはずなのだが、彼は再教育中で翌年に持ち越しとなり、全員で踊る事となっていた。


「いこうか、レスティアーナ」

「はい、ジェライアス様」


 差し出された手に手を重ね、気負いなく歩く二人は、サマーパーティーの時と変わらない。ジェライアスのリードに身を委ね、宮廷音楽家の奏でる音に合わせてステップを踏む。

 ジェライアスのリードは体幹がしっかりしているので安定していて、レスティアーナに不安を抱かせない。

 南部の音楽は軽快な物が多いが、重厚感のある優雅な音楽もまた良いものだとレスティアーナは楽しくなる。途中から少しだけ曲調が変化するのに合わせて次第にレスティアーナの動きがより大きくなり、ジェライアスはそれに合わせる。

 レスティアーナのドレスは一見すると膨らみもないが、スカート部分は幾層にも重なり、ターンをする度に広がりを見せ華やかになる。


「ああ、楽しい」


 陶酔したように笑みを浮かべるレスティアーナに、ジェライアスは心からの笑みを向ける。それはこれまで一度も公の場で見せたことの無い表情で、それを見てしまった周りの人々はまだ未成年の彼に魅了されてしまった。

 それでも終わりは来るもので、曲の終演と共に動きは止まり、向かい合わせになった二人は礼をする。

 通常ならば二曲目も許されるが、デビュタントは一曲のみと決まっている。

 ホールから移動するとここからは大人達が踊る番で、学院生達は家族と合流することになっていた。


「レスティア!」

「お父様、お母様!」

「素晴らしかったわ」

「ジェライアス君、いつもありがとうな」

「いえ、こちらこそお世話になっております」


 赤金の髪が華やかな父と赤茶の髪の毛の母はどちらもレスティアーナと同じ褐色の肌を持っている。ノルスタイン家の二人が来たすぐ後、マルディトラ公爵と夫人のソラリアが来て、場は一気に華やかになった。


「レミレシア様、ごきげんよう」

「ソラリア様、ご機嫌麗しく存じ上げますわ」


 夫人達は型通りの挨拶をした後、直ぐに相好を崩す。つい昨日も顔を合わせたばかりだ。幾度となく会っているのですっかりと二人は意気投合している。

 さらにシュナウフェンとローレンナ、その家族も集まり、その一帯は独特の空気が生まれていた。

 そこに現れたのは、豪奢な衣装を身に纏った二人。サンデミオ国王サウラリオと王妃ネーデラリアである。

 その場にいたもの達が一斉に頭を下げる中、サウラリオは「頭を上げよ」と命じた。


「今宵の我はレスティアーナのデビュタントを見に来たのだ。妃も同じくな」

「ええ。とても素晴らしかったわ。陛下は酷うございますのよ。わたくしが何度もレスティアーナ嬢に会いたいと頼んでいるのに一人で国境まで行くのですもの」

「仕方あるまい。レスティアーナはリンデルグの民だ。王宮に招くには手続きが必要故な」

「分かっております。何年ぶりかしら。可愛らしい女神の愛し子」

「ネーデラリア妃殿下にご挨拶申し上げます。三年ぶりにございますね」

「そんなに経っていたのね。子供が成長するのは早いわ。ふふ。ジェライアス殿も同じね」

「はい。再びお目にかかれて光栄に存じます」


 燃えるような赤い髪の毛に深い森の緑の目をした褐色肌のサウラリオとサウラリオよりも暗いが濃い赤髪に金目のネーデラリアはリンデルグ王国の国王夫妻から離れて態々レスティアーナの元に近寄る。

 呼び寄せるのではなく態々足を運ぶという行為だけでどれだけレスティアーナが二人にとって重要な存在かが証明された。


「ゲンデダルオ。そなたの娘を一曲借りるぞ」

「無茶はしないでくださいよ。全く」

「全くですわ。自由すぎて申し訳ないわね、レミレシア」

「いえ、ネーデラリア妃殿下」


 レスティアーナの父ゲンデダルオに声を掛けて許しを得るサウラリオと、母レミレシアに対して己の夫の自由さを詫びるネーデラリアの間には気安さがある。

 宰相でありマルディトラ公爵でもあるヴァージルは周囲の視線が集まっていることを理解していた。国王からは決して不興を買わないようにと言い含められている。

 サンデミオ王国は豊かな金鉱脈や鉱山を有した裕福な国だが、その本質は「略奪」である。大陸でも有数の軍事力を有し、リンデルグには友好的な態度を見せているが、それとは異なる国に対しては苛烈な姿を見せることも厭わない。

 砂漠の女神には二つの性質がある。

 一つが母神としての慈愛、そしてもう一つが残酷な殺戮である。

 砂漠は決して優しい場所ではない。寧ろ過酷でどれだけの人々の命が奪われてきたか。その砂に染み込むのは命と血である。

 砂漠の民は血族を、仲間を大事にする。一度身の内に入れたならば同胞として守る。

 レスティアーナは砂漠の女神の色を持ち産まれた子供で、サウラリオを始めとしたサンデミオ王国の者はその色を持つ者は同胞とみなしている。

 だからこそ敵対しないでいた関係から友好へと変化した。

 ノルスタイン家の者はサンデミオ王国に好かれる。国が異なれど仲間と考えているからだ。いや、実際にそうだった。

 どれだけ昔のことか。ノルスタイン家のある土地はサンデミオ王国のものであった。リンデルグ王国が興って間もない頃で、ノルスタイン家も一部族に過ぎなかった。

 そこから様々な出来事が起こり、ノルスタインの地はリンデルグ王国に組み込まれた。リンデルグの歴史書には載っていないようだが、サンデミオは忘れていない。

 ノルスタインは同胞なのだと。


「レスティアーナ。女神の愛し子。我と踊ってくれるか?」

「はい、サウラリオ陛下」


 父が許したならばその手を取らない理由はない。婚約者の許しも得ているのだから笑顔で父よりも少し年上の一国の王の手に手を重ねた。

 サウラリオがレスティアーナを見たのは彼女が一歳の時で、お忍びでやって来たノルスタインの市場を散策するゲンデダルオの腕の中にいたレスティアーナの色に驚いた。

 一国の王に対してでもゲンデダルオは敬いはするが過剰に恐れることはなく、陽気な性格でサウラリオを歓待した。

 その彼の膝の上で笑うレスティアーナの笑顔が愛しく、「小さな我が友人」となるのはすぐだった。

 外に出さないからこそ希少性を高めていた『ルーベンシアス』の嵌め込まれた腕輪の作成を命じた時、大臣達は反対したものの、実際にレスティアーナの顔を見て来いと送り出し、戻ってきた時には「最高品質の石を選別せねばならない」と意見を変えていた。

 どれだけ色合いが近くともレスティアーナほど砂漠の女神の色を忠実に体現したものは居なかった。


 サンデミオ王国の国王がホールに出た為、貴族達は一斉にホールの外に出た。

 中央に立った二人は向かい合う。

 鳴り始めた音はサンデミオ王国が好む明るく軽やかな音楽。態々この時の為に入れてくれたらしい。


「悔しいな」

「何がですか?」

「レスティアーナには我の息子と結婚してもらいたかったのに」

「ごめんなさい。私、ジェイが大好きなの」

「分かっておる。ただ悔しいだけだ」


 始まりはまだ話す余裕があるからか、サウラリオの拗ねた声での不満にレスティアーナは笑ってしまう。


「サウラリオ陛下。私ね、サンデミオも好きですよ。でもね、ジェイは宰相になる予定で出て行けないでしょ?だから私も行かないの」

「はぁ。良い。そなたは女神の愛し子。束縛は出来ぬ」

「ふふ。でもほら、外交とかになったら会いに行けますから。ね?」

「我が生きている間に必ず来い。王宮ではそなたの来訪をずっと待っている者が多い」

「ええ。あ、でも、今回で周知されたし、旅行の許可は出るかも。ジェイと遊びに行きますね」

「待っておるからな」

「はい」


 曲は次第にテンポが早くなり、それに合わせてステップも早くなる。ゆったりと大きく見せるリンデルグのダンスと異なり、サンデミオのダンスは如何に速い動きを情熱的に見せるかが求められる。ホールを縦横無尽に移動するそれに合わせられるサウラリオは年齢を感じさせない。

 体の大きなサウラリオは脚も長いので一歩が大きい。レスティアーナは持ち前の体力と慣れで乗り切り、最後の一音が鳴り響いた後、誰からともなく大きな拍手が打ち鳴らされた。


「ありがとう、レスティアーナ。そしてデビュタントおめでとう」

「ありがとうございます、サウラリオ陛下」


 サウラリオに導かれ元の場所に戻ったレスティアーナは、ジェライアスに渡される。

 それからは自由な時間で、大人達は踊ったり歓談の為に用意されたソファに移動していき、子供達もまたある程度知人達と固まったりしていた。


「お疲れ、レスティ」

「うん。でも楽しかったー!」

「すげぇな!やっぱ南部は音楽からして違うな」

「素敵だったよ、レーナ」


 シュナウフェンとローレンナも興奮した様子で、四人は揃って食事が並ぶコーナーへと向かう。ここでいくつか見繕った後、休憩の出来るスペースへ移動する話になっていた。

 レスティアーナをエスコートするジェライアスは普段よりも表情が緩んでいて、学院で共に学ぶ者たちはいやでも見せつけられた。

 ジェライアスの特別はレスティアーナなのだと。

 そして下に見ていたレスティアーナは自分たちよりも遥かに価値があるのだと大人達が認めていたのだと。



◇◇◇



 二年の学院の学院生活を終えたレスティアーナとジェライアスだが、その生活はやはり穏やかにとは行かなかった。

 彼らが二年目になり、新たに入学してきた中にはジェライアスに一目惚れした側室腹の王女がいて、二人の仲を引き裂こうとした。

 側室は王妃になりたいと狙っていた女性で、娘を利用しようとしていたが、母娘諸共破滅した。

 ジェライアスはげんなりとした表情で、王家では情報共有が出来ていないのか、と文句を言っていたが、恋をして周りの声を聞かなくなっていたそうだ。

 そもそも、わがままが酷すぎてあまり好かれても居なかったらしい。

 側室は密かに毒杯を飲まされ、側室の生家は爵位を落とされた上でそれから数年もしない内に没落した。

 王女はサウラリオ国王からの申し出でサンデミオ国内の一部族の族長の孫が娶ったが、長くは生きられなかったようだ。

 リンデルグ王国の環境に慣れている者がサンデミオ王国の苛烈な気候に適応出来ないのも無理は無い。

 レスティアーナはレスティアーナで珍しい外見やその人脈から、他国よりやって来た王子に惚れられてしまったが全く相手にしなかった。

 王都でもぎりぎりやっと慣れて来た気温なのに、それよりも寒い地域に行くつもりは無いし、信仰する神も違う。そんな場所に魅力はなかった。

 そんな波乱もありながら、どうにか卒業をする頃にはレスティアーナの交友関係も広がっていた。


 卒業して半年後、二人は盛大な式を挙げて結婚した。

 サンデミオ王国からは拳大の大きさの『ルーベンシアス』が贈られ、それはマルディトラ公爵家の家宝となった。


 ジェライアスは歳を重ねるごとにその美貌に磨きがかかり、家族以外の前では笑顔を見せない冷徹な宰相として周辺諸国にも知れ渡ったが、その隣で多くの言語を多彩に操る明るいレスティアーナ夫人のお陰で辣腕を恐れられても人として恐れられることは無かった。


「ジェイ、あなたって本当に何歳になっても綺麗だよね」

「俺はレスティの方が綺麗で可愛いと思う」

「あなたに綺麗と言われるのは納得出来ないわ」


 二人は子供が産まれ、孫が産まれてもずっと仲睦まじかったと子孫は記録を残していた

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