勘違いだらけの人たち どうしてそんな幻想の中にいられるの?
この弁護士のマニュアルは大昔の人が、勝手に自分たちのやりやすいように作ったマニュアルなだけで、本当に良いマニュアルかどうか、正しいマニュアルかどうかも分からない。本当に皆のためになっているのだろうか? このマニュアルに従順に従うことが良いことだと刷り込まれているだけ。そんな事にも気づいていない弁護士たち。誰が作ったのかもわからない、本当にそれが正しいのかもわからない、今の時代に合っているのかもわからない、このマニュアル。でも、昔からこのマニュアルでやってきたのだから、みんなその通りにやっているのだから、そうするべき、それが正しいと信じてしまっている。何の疑いも持たないし、疑おうと思ったこともない。そして、それを代々受け継ぎ、上から教えられ、「そうやれ」と指示され、自分の頭も凝り固まっていく。そして後発の者にも同じように教えていく。怖いことです。すごい概念、観念、思い込み、習慣。
真実を捻じ曲げ,噓をつき、誤魔化し、嘘の推奨をする。依頼を受けたからには、どんな手を使っても犯罪者もほう助する。それって本来あるべき姿なのだろうか?
そうは思わない。まともな頭と心を持っている人ならそうは思わない。
簡単にわかるものを、わざわざ複雑化し、難しくするし。
わざと難しくすれば「あー、俺って有能。今日も難しい仕事をしてやったぜ。」って充実感が味わえるのだろうか? 証明、証明、証明って。わざと複雑化すれば自分が有能に感じられる? やった感が出る? だから、「ああでもない、こうでもない。」と時間をかけ、手間をかけ、充実感を出す。本当に出来る人なら、時間をかけず、サッサと仕事を終わらせる。本当にできる人なら、サッサと仕事が終わるはず。真実が何たるかがきちんと見えているから。それをやるだけ。
「証明をしなくちゃならない。」って。いいですよ。証明ならいくらでもできますけど。
では、そちらは歯を折っていない証明は、果たしてできるのでしょうか? カルテを改ざんしたって(もう当たり前にやっているだろう)、スタッフを丸め込んだって、悪徳弁護士に弁護を頼んだって、事実は変わらない。
こんなことを言うと必ず反発する人たちが出てくる。そっち側の人たち。同じようなことを考えている人たち。同じようなことをやっている人たち。顔も名前も出なければ、一人じゃ何もできないけれど、同じ反発する仲間がいれば攻撃してくる人たちがいる。そんなことしたって、自分が嫌な気分になるだけなのに。自分が損するだけ。全員にとって良くない。誰も得する人なんかいない。でも、面白がってやっている。
私は自分の中をクリアにしておこう。中にあるものは外にもある。時間もエネルギーも余っているのなら、自分の成長にために使う。自分の心がキラキラと輝くこと、自分の魂がキラキラ輝くことをする。そしてそれでもまだ暇で時間とエネルギーが有り余っているのなら自分の周りの人たちが笑顔になれること、喜んでもらえることをする。それでもまだ時間とエネルギーがあるのならボランティアをする。何か良いことをする。自分の心がキラキラと輝くようなことを。
知り合いにも、そういう話をしたら「あいにく、そういう人たちは、そっちの方向は向かないんだよ。みんなが正しい方向を向けば、世の中良くなるのにね。」だって。
でも、多分通じない。この人たちには理解もできない。まだ、低い次元での遊びを楽しみたいから。
あんまりうるさいことを言うと私が消されることになる。猪熊や近藤に。
事故に見せかけて、わからないように殺されることなんてよくある。この人たちだったら何でもやる。
近所のおまわりさんに言っておこう。「何か困ったことはありませんか? 何かあったら何でも言ってくださいね。」って言ってくれたから。
「私に何かあったら、この人たちを疑ってください。」って言っておこう。
周りの人たちもみんな知っているから、みんなも疑ってくれるだろう。きっとタダでは済まない。
この人たちが直接、手を下さなくても、別のフィクサーに依頼するかもね。
そして、またこう言うのだろう。「殺していませんよ。」弁護士さんはそう一言うだけで何もなかったことになるのだ。
これがこの世界。この逆転の世界。この三次元の世界。
でも、どちらにしろ全て幻想なのだから、どうでもいいか。何の問題もない。
でも、弁護士ってなんで、あんなに偉そうにしているのだろう? 弁護士って、そんなに偉いの? 意味不明?
いつからそんなに偉くなるんだろうね。試験に合格した、その瞬間?
弁護士だって、アルバイトだって、パートだって。同じだと思うのだけど。
職業によって、その素晴らしさは変わらない。
それより、どんな仕事でもプロフェッショナルな仕事をしている人の方が断然イケてる。ちゃんと自分の仕事の本質を理解していて、それをやりこなしている人達。真摯に自分のやるべきことをやっている人たち。
本当に素晴らしい人たちは確かに存在する。その人たちのどんなに美しいことか。
わかっているのと、わかったつもりって言うのも全然違うし。この弁護士たちみたいに、わかったつもりで何でもかんでも自由にされても困る。凄い勘違い。醜いったらありゃしない。自分たちが勘違いしているなんて思っていないことが一番の勘違い。凄い思い込み。だから正しい人たちが迷惑している。
弁護士だからって全員が全員、仕事ができるかっ?て言うと、答えは No!!
何で弁護士にだけ、そんなに力を持たせるのだろう? だから、弁護士全員が勘違いする。自分たちはすごいんだって。(何がすごいのだかわからないけれど)やりたい放題にやるようになる。どうして弁護士は
“ノーリスク ハイターン” なんだろう。
“ハイリスク ハイリターン” だったらわかるけど。
だから、何でもかんでもやりたい放題。
そんなに力を持たせるのだったら、莫大なリスクも持たせるべき。嘘をついたらペナルティーを課すべき。
他人の人生を狂わせることをやっているのだから、そんなの当然でしょ。正しい方に損害を及ぼすことがあったら、その責任を弁護士が負うくらいのことを す・る・べ・き 。
まんまと犯罪者を逃がし、嘘をついて、正しい方に損害を出しているのだから、あ・な・た・た・ち・が。
その分を賠償しなさいよ。
正しい方に被害が及ぶことをしたら、そのように導いた、その責任を弁護士がとるべきだ。
依頼者だったら誰でも助けるなんておかしい。犯罪者まで ― お金のために ― 助けるなんて間違っている。もう一度言う、 間 違 っ て い る 。なぜ、助かるべきではない人が助かるのか? 「悪いことをしたなら、賠償しなさい。」って促すならわかるけど、弁護士自身が嘘をつき、ごまかし、隠し、正しい方を脅す。正しい方に損害を与える。それって本来の仕事からズレてない? ズレているどころではない。マジ それこそが犯罪である。そんなことやっているんだったら弁護士なんていらない。そんなことをやる弁護士は、全員辞めていい。っていうか、辞めてよ。私や、他に同じような思いをしている被害者さんたちに、治療費と賠償金、慰謝料、その他もろもろの諸経費を全部払うべきだ。返却するべきだ。そして、免許剝奪、悪事を働いて得た財産も全部没収。被害者さんたちに全額支払って残った分は、ユニセフや赤十字などの頑張っている団体に寄付をすればいい。だって、どっちにしろ、悪事を働いて得たお金でしょ。私の件以外にも必ずやっている。他の正しい人たちにもね。1つで終わるわけがない。1回やったなら何回もやっていると誰でもが思う。そんなお金は、彼らが手にするべきものではないし、手にできるはずがない。全く、どこまで図々しいのだろう? よくそこまで鈍感でいられる。
前例が必要なら、ほら、ここに良い前例となる人たちがいるじゃない。
近藤小介弁護士と、その子分たち。塩田&塩田コンビ。この人たちを前例にすれば良い。
絶好の前例になるんじゃない?
実際に、名前を出して、私に脅しの手紙を送ってきたのは、塩田&塩田コンビだから、彼らにも責任を取ってもらって、手下の失態は近藤親分? 近藤組長? の責任だから、タヌキおじさんにも、もっと重い責任があるはず。責任を取っていただきましょうね。
それと、私以外にも同じような目に合わせた人たちへの賠償もよろしくね。
ちゃんとした人たちが、みんなこのような嫌な目に合っている。この世界って逆転してしまっている。それを正そうとする人っていないわけ? 一人ぐらいいてもいいんじゃない?
今は逃げおおせても、いつかは責任を取らなければならない時が来る。その時になって泣かないでね。文句を言わないでね。「なんで俺だけが…」なんてセリフは吐かないでね。
こんな悪事をはたらいていたら、
猪熊さん、あなた、事故に遭って、両手を切断したり、使えなくなったりするかも。
近藤さん、あなたのセキュリティ対策万全のコンクリートのビルが爆発して、みーんな吹っ飛んじゃうかも。
強さの象徴と言っている動物の銅像も一緒に吹っ飛んじゃうかも。いいじゃない、今度は自分にそっくりな、でっぷりと太って、おなかの出っ張ったタヌキの銅像でも建てれば。タヌキは “ 騙すことのシンボル ”ですって。 “ ずる賢い人をさす ” ですって。ほら、近藤さんにぴったり。タヌキの銅像を建てればいい。もし、あなたが吹き飛んでいなければね。
こんなことは起きて当然。あなたたち、もっと悪いこと、これ以上にひどいことを沢山しているのだから。
人間の想像のできることは現実化する。本当に現実化してもおかしくはない。
でもそんな事、起きたって、起きなくたってどっちでもいい。そんなことが起きたって、私が得するわけじゃないし、どうだっていい。あなたたちの結末なんて知りたくもないし、本当どうだっていい。
どちらにせよ、この件に関して、私の手はすでに離れた。
フォーカスは悪い事(人)にではなく、良い事(人)人にする。
マザーテレサと同じく “ 反戦集会には行かないけど、平和集会には行くわ。” という主義。意識を向けたことを引き寄せてしまうから。悪い事(人)ではなく、良い事、幸せを感じることに目を向ける。こんな人たちに対立するつもりもない。対立は対立しか呼ばないから。こんな人たちを相手にしたって自分が損をするだけ。
おかしな人たちには関わらない、関わらない。その方が得。どんなに嫌な目にあっても。自分の波動、自分の周波数が下がるほど怖いことはない。この人たちと同じレベルまで下がりたくないし、下がれない。下がるつもりなどない。同じ土俵に上がるつもりなどない。同じ舞台に上がるつもりなどない。もうすべて放っておこう。
何も問題はない。全ては幻想なのだから。三次元の幻想なのだから。




