表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影女といく異世界紀行  作者: ケイン島谷
死亡・天恵・転移
2/34

002.影女

 …………。

 えーっと。

 突然の抱擁に困惑し、ぎこちなくも幼子のように背中をさすり、頭を撫でてみた。セクハラで訴えられないだろうかと刹那よぎる。しゃくりあげ嗚咽する動作が、少しだけ緩慢になった。

 本当はもっと突っ込みたいことがある。あるのだが、女性が泣いてるのになんで俺をご主人様と呼んでるんだとか聞けない。


「いやー、まさか影女だったとはね。祝詞あげるとき、なんか違和感あるなーとはおもったんだけど」


 職員の男が頭を掻きながら言葉を掛けてくる。

 影女?


「影女ってのは男やもめの人間に憑く妖怪で、奥さんの代わりに世話をしてくれる。なんの見返りを求めることなく、炊事、洗濯、掃除。そしてその男に新しい女との恋が生まれると、身を引くように憑くのをやめる」

「妖怪って……いたんですね」


 死後の世界もあったのだ。世の中知らないことだらけである。


「蛤女房や、ブラウニーといった人間に益をなすタイプの妖怪だな。いや、最初掃除だの料理だの聞いたときピンとくるべきだったわ、すまんすまん」


 全く心のこもらない謝罪を繰り返す職員はさておき、別の疑問がある。

 男やもめって、寡夫のことだよな?


「俺、結婚した覚えないんだけど……」

「……影女の説明には、若干の誤りがあります」


 ようやく涙が止まったのか、まだ若干声を震わせながら、影女が俺を見上げてくる。どうでもいいが、そんな上目遣いをされると話に集中できない。この年で一目ぼれとかちょっと恥ずかしいんだが。


「影女が憑くのは、働くことに懸命過ぎて、まともに家事もできない、不器用な独身の男性です。たとえ結婚歴があったとしても、女性に暴力を振るう男や女遊びに惚ける男に、どうして女が靡きましょうか。一度家庭を持てばそういった男性は減る傾向にあるので、結果として男やもめの人に憑く妖怪として知られるようになったのです」


 なるほど。確かに、働くことだけなら人一倍真摯に向き合ってきたといえる。その結果として過労死とは笑えないが。

 一つ大きくため息を吐き、影女が一歩離れた。


「醜態をお許しください。改めまして、私は、影女。名を千影ちかげと申します」


 影女――千影が、ドレスの裾を掴みカーテシーをする。その所作も美しい。


「それで……ここは、どこなのでしょう? ご主人様は、お亡くなりになられたの、ですよね?」


 自分でいってて悲しくなったのか、また一瞬だけ涙が浮かぶ千影。


「ぶっちゃけ青山くんは死んだんだけど、生前の酷さのせい……おかげ? によって救済措置が入ったところ」


 職員の説明、ふわっとし過ぎである。


「そんで、異世界転移他自分の望みは特にないんだけど、しばらく前から世話になってる幽霊がいて、いや幽霊っていうか影女である君のことだったんだけど。その子の願いを叶えて成仏させてあげたいってんでんだわけ」

「そんな……私などのために、わざわざ?」


 驚愕と喜悦の混じった声の千影。しかしその顔はすぐに曇った。


「私の願いとしては、次もまたご主人様にお仕えしたい、というものですが……。どこに生まれるか、性別はどうかなどは、決められませんよね?」

「そうだね。そこは完全にランダムかな。魂が同じだから次も仕事熱心な人間として生まれやすくはあるけど、幼少期の過ごし方で結構変わっちゃうしね。そもそも女に生まれたら憑けないし」

「です……よね」


 そこは天恵ギフトでも曲げられないところらしい。というより、別世界にいくからこそ天恵ギフトをもらえる、というのが正しいのだろうか。


「では、私を連れて異世界にいく、というのは?」

「それもねー。天恵ギフトってあくまで天からの恵みだからね。もし君が幽霊だったらギリギリセーフだったかもしんないけど、妖怪って腐っても神の成れの果てとかだし。外来種持ち込んだら向こうも怒るだろうし」


 おい、結構制約がめんどくさいぞ天恵ギフト

 いよいよ顔をゆがめ、涙腺が崩壊しそうになった千影に職員の男は流石に気まずくなったのか視線をさ迷わせると、


「例えば、青山君が召喚術の才能を天恵ギフトとしてもらって、君と契約を結んでから異世界に飛べば、なんとか許容範囲に収まる、かも?」


 本籍を変えずに住所変更するみたいな話だろうか。違うか。

 職員曰く、千影は俺が異世界で喚ぶだけで、この世界から抜けるわけではない、と。屁理屈じゃないのかそれ。千影は光明を見出したかのように嬉しそうだが。

 いやまあ、それはそれとしてだ。

 異世界に行く話、もうほぼ決定してないか? 今更いやだとか言いにくいんだが。俺としては今までのお礼に成仏してもらって、さっさと転生しようと思っていたのだが。

 千影ほどの女性が俺に憑いてくるのは、嬉しい。三十を越えた冴えない男にまさかの転機だ。そこまでは良い。召喚術とやらのおかげで異世界でも千影を見ることはできるだろう。

 しかし、異世界である。

 現世との振れ幅が大きいほど、その生活は苛酷になるだろう。

 耐えられるだろうか、自分に。

 一般人に過ぎない、自分に。

 …………。

 わかってる、こんなのは時間稼ぎだ。

 どうにかして、自分を納得させようと理由を求めているに過ぎない。

 答えはもうでているのに。


「それで、天恵ギフトってのはどうやればいい」

「お、なんだか調子でてきたんじゃないの、さっきはあんなに天恵ギフトなんていらないって言ってたのに」


 いらないわけじゃない。そういう器じゃないと思っていただけだ。

 しかし、千影はこんな俺のために涙し、来世にも憑いてきてくれるというのだ。これで応えられないほど、男を捨ててはいない。


「じゃあほい」


 職員が指を弾く。


「次に契約だけど」

「おいおいおいおい。ちょっと、ちょっと待ってくれるか」


 いくらなんでも簡単過ぎやしないだろうか。確かに指パッチンしたとき薄い光が体中を巡ったのを感じはしたが。あまりにもありがたみがない。さっきの祝詞はなんだったんだ。


「いいんだよこんなのどうやったって変わんないんだから。天恵ギフトって祝福がパッケージ化されてるから楽に行使できるようになってんの。こっから専用にカスタマイズしていくと途端にめんどくなってさ、この前なんて」

「次進めてもらっていいですか」


 話が長くなりそうなのでぶった切ると、不服そうに俺を少し睨み、「……召喚契約に移るね」とテンション低めで進行する。


「普通召喚術ってのは相手を屈服させてから自分の配下にするんだけど、今の時点で影女ちゃんは青山くんを主と崇めてるじゃない? だから、契約の言葉に同意してもらって、改めて主従として契ってもらいたいんだけど。いいかな?」

「はい、それで大丈夫です」


 肯定するだけなら簡単そうだ。

 職員が一つ咳ばらいをして、背筋を伸ばした。


「汝、人間の青山和樹。あなたは今妖怪、千影さんを召喚獣とし、神の導きによって主従になろうとしています。汝健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、喜びのときも悲しきときも、これを愛し、敬い、慰め、共に助け合い永久とわに真心を尽くすことを誓いますか?」

「っ! 誓いま、す」


 なんで結婚式っぽくなってるんだ。

 思わず噛んでしまった。


「汝、影女の千影。あなたは今人間、青山和樹さんの召喚獣となり、神の導きによって主従になろうとしています。汝健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、喜びのときも悲しきときも、これを愛し、敬い、慰め、共に助け合い永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」


 俺と対照的に、楚々とした千影。


「では誓いの口づ」


 職員が言い終わる前に、俺は千影に唇を奪われていた。普通逆じゃないのかとか、唇やわらけぇなとか、考えてみればこれが初めてとかそっち方面でも灰色かとか、取りとめのないことが去来する。


「あー……口づけっていっても手でよかったんだけどね、人間型じゃない召喚獣とかもいるわけだし」


 職員の声が遠く聞こえる。

 十秒ほどが経ち、重なっていた唇が離れた。知らず、自分の唇を舐めると、ほんのわずか甘酸っぱい。


「レモンの味がするリップを付けておきましたので。淑女の嗜みです」


 千影が胸元からリップクリームをだす。淑女すげぇな。

少しでも気に入ってもらえれば幸いです。

感想・レビュー・ブクマ等作者のやる気に直結します。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ