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しいていうなら(略  作者: たぴ岡New!
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うっかり出没編

 勇者と魔王は、やはり戦うさだめにあるのか。


勇者「…………」


 読めない。この子狸はどこまで知っていて、何を考えているのか。

 読心術を使うコニタの証言によれば、子狸さんの心を読んでもあまり意味がないらしい。これだと決めたことを直前になって取りやめたり、まったく別のことを考えているから、だそうだ。


 へたにツッコむべきではないのか? 判断がつかない。

 ……いや。勇者さんは決断を下した。守っていては勝てない。攻めなくては。


勇者「ボロボロだけど、どうしたの?」


子狸「…………」


 子狸さんは答えない。

 この無反応は勇者さんの行状を把握してのことなのか?……いや、そうではないようだ。

 自分に話し掛けているのだと気付かなかったのだろう。子狸さんは前足をぐっと伸ばして身体の凝りをほぐしている。


 勇者さんの話の切り出し方は唐突だ。

 子狸さんを何と呼んでいいのか決めかねているから、話し掛けてもたまに無視されることがある。


 勇者さんは、机をぽんぽんと叩いて子狸さんの注意を惹いた。


子狸「ん?」


 ようやくこっちを向いた子狸さんに、勇者さんは繰り返し言った。


勇者「ボロボロだけど、どうしたの?」


子狸「あ〜……」


 この頃、子狸さんはすでに治癒魔法を取り戻している。

 ただ、よほどのことがない限り使うなと、元担任教師の教官にキツく厳命されていた。

 自粛している最たる理由は、じっさい使ったら元クラスメイトの女子一同を泣かせてしまったことだが。なんだか悲しかったらしい。よくわからない。けど、泣かせてしまった……ので、自粛だ。


 子狸さんは照れくさそうに笑った。


子狸「ちょっと転んじゃって」


 転んだからといって服が焼け焦げるものだろうか……。

 大いに疑問が残る返答であったが、子狸さんは勇者さんに心配を掛けたくなかった。討伐戦争が終わって、学校に来るようになって、ようやく……。

 ようやく、ふつうの女の子みたいな生活を取り戻した勇者さんの邪魔をしたくなかったから。


山腹『お前ら、集合!』


 いつも勇者さんの近くにいる青いのが招集を命じた。

 今回の件に絡んだ魔物たちが一斉に駆け寄り、教室の片隅で机を囲む。


山腹『……敗因は何だ?』


 山腹のひとの沈痛な問い掛けに、魔物たちが気まずそうに顔を見合わせた。

 苦々しそうに口を開いたのは、終始に渡って好演技を披露してくれた海底のひとだ。


海底『言葉はキツイが……まず戦いになっていない。子供と大人だ……子狸さんまじ天使』


 早くも反省会をはじめてしまった。

 結果を見るまでもなく完全敗北を喫したみたいな感じになっているが……

 まだだ。まだ勇者さんの目は死んでいない。


 子狸さんが人知れず学園の平和を守るために戦ったと言うならば、これで互いに条件は五分と五分。

 勇者さんは無駄に高価そうなハンカチを取り出すと、子狸さんの薄汚れた頬を優しく拭いてあげた。


勇者「ばかね……。そんなこと気にしなくていいの。何かあったら報告しなさいと何度も言ってるでしょ」


子狸「…………」


 そしてこの疑惑の眼差しだ。いったいどういうことなのか。お前はわたしのことが好きなんじゃないのかと勇者さんはイラッとした。


 子狸さんの目が、空気を読むように素早く動いた。こきゅーとすの履歴をチェックするときに見られる動きだ。そうはさせじと勇者さんがハンカチで乱暴に子狸さんの顔面をぬぐう。そもそも計画段階でこの子狸も企画に参加し発案していたのだが、念には念をだ。


王都「ふっ……」


 いつも子狸さんの横にいる青いのが勝ち誇るように体表をなめらかに揺らしたが、今はそんなことに構っていられない。

 勇者さんは散歩の帰りにペットの足の裏を拭いてあげるように子狸さんの顔面をハンカチでわしゃわしゃとする。むずがる子狸さんとの静かな戦いを制し、水洗いした食器を仕上げにカラ布巾で磨くように、きゅっと。


 そのときだ。教室のドアがガラッと開き、担任教師のアイ先生が早歩きで入場してきた。

 教壇に向かいながら、習慣的に生徒たちの顔を見渡して、ぎょっとした。


先生「……!?」


 王立学校の担任教師は、体育と芸術を除いた全教科を受け持つ。つい先ほどまで輝くような毛並みをしていたバウマフくんが、この短時間で軽くローストされたかのような変貌を遂げていた。

 いったいこの子狸に何が。


 ひとまず学級委員長の号令に従い、ぺこりとお辞儀し合ってから、アイ先生はバウマフくんを問い質した。


先生「……バウマフくん、どうしたの?」


子狸「どう……?」


 子狸さんは首を傾げる。質問の意図を量りかねていた。オリジナルとアナザーの間に、明確な情報共有はないのだ。どう答えるべきか……。

 子狸さんは首をひねって勘案し、せめて誠実でありたいと自白することにした。


子狸「よく気がついたな。……そうさ。このおれが魔王だ」


勇者「わたしが魔法の件で相談したら急に実演しはじめたから止めたの。怪我はないわ」


 すかさず勇者さんがフォローした。


 なるほど、とアイ先生が頷く。

 転入生のアレイシアンさんは、あまり魔法が得意ではない。あまりと言うか、ほとんどまったく魔法が使えない。

 クラスで孤立している点は心配だったが、バウマフくんとはなぜか仲が良いようだ。

 正直……貴族との接し方なんてわからないから、バウマフくんには助けられているな、と感じている。


先生「そうなのですか。バウマフくん、教室で攻撃魔法を使ってはいけませんよ。けど、クラスメイトを大切にするのは良いことです」


子狸「お任せを。クリスタルは守ります」


 クリスタルの話はしていなかったし、そもそもクリスタルとは何なのかもよくわからなったが、アイ先生はにっこりと微笑んで頷いた。

 先任教師のコトちゃん先生から、会話が成立しないことがまれによくあるが、ひとまず流せと教えて貰っているのだ。

 焦ることはない。少しずつ歩み寄って行こう。


 さて。アイ先生はこほんと咳払いし、職員会議で伝達があった連絡事項について話しはじめる。


先生「みなさん、今日は校内に居残り厳禁です。寄り道をせず、まっすぐ帰宅すること。絶対にですよ?」


 生徒を預かる学校側としては、魔物の侵入を許したなど認められることではなかった。

 だが、隠し通せるようなものでもない。まして当事者の勇者さんは大貴族だ。彼女の顔に泥を塗るという選択肢は存在しない。

 生徒たちが反応を示すよりも早く、アイ先生は続けた。


先生「すでに解決しましたが、近隣に魔物が出没しました。現在、詳細を調査中です」


 その魔物が教室の片隅で机を囲み、反省会を実施しているわけだが、倒した魔物は仲間にできるので不思議なことではなかった。

 ただし戦闘に連れて行くことはできないので注意が必要だ。具体的には子供が生まれる前から夫婦で可愛がっている長女ポジションの飼い猫として扱ってほしい。食事は家族と同じグレードを保つこと。夫婦喧嘩などあったときには仲裁に入ってくれるし、気が向けば子供の面倒も見てくれる。


 もたらされた魔物侵入の報に、生徒たちがざわついた。

 解決済みの問題を学校側が隠ぺいしなかったことに、何か大きな闇を感じたのだ。

 本当に解決したのか? じつは魔物ではなく人的な問題ではないのか? さまざまな憶測が飛び交う。

 中でも勘の良い生徒は、朝から勇者さんがチラ見せした不審な動きとの関連性を疑っているようだ。

 どこか納得したような、尊敬の入り混じった吐息に、勇者さんの耳がぴんと立つ。


 計画通りだ。しかし……


勇者「…………」


子狸「…………」


 なんだろう。子狸さんが凄くこっちを見ている。


 ……ひるんだら負けだ。勇者さんは鉄壁のポーカーフェイスを崩さない。

 疑念、不安を押しつぶし、何事にも動じないクールな自分を演出する。


 勇者さんは、ごく近距離において他者の心を操る力を持つ。

 至近距離、すなわち自分自身に対してもっとも有効に作用するこの力を、変域統合と言う。


 勇者さんの清冽な感情こそが、変域統合にとっての最高の餌場だ。

 だから強力な異能を備えたアリア家の狐ですら、彼女の心を支配することはできない。


 心を閉ざした勇者さんに死角はない。

 雑多な感情は排除され、澄み切った意識が最適、最善の選択肢を選びとる。


 勇者さんは、手のひらを大きく打ち鳴らした。


 しん、となった教室に、勇者さんの涼しげな声が染み入る。


勇者「先生の言う通りになさい」


 子狸さんに考える時間を与えてはならない。ここは押し切るべきと判断してのことだ。

 勇者さんは冷静だった。

 しかし彼女に付き従っている五人姉妹は、子狸さんのポテンシャルを恐れた。


子狸「殿下さんだと……?」


 五人姉妹は、事が露見するよりも早く、子狸さんを説得し味方につける道を選んだのだ。

 余計なことを、と勇者さんは考えない。

 勇者さんと魔物たちが裏で通じている件に関して、姉妹たちはあいまいにしか知らないのだ。


 そして、やろうと思えば他者を洗脳できるほどの力を持つ姉妹たちの異能にも穴はある。

 上位種の制御系には通用しないという点もそうだが、姿を隠しているものを探るためには、そうと意識しなければならないのだ。

 

 子狸さんが言った。


子狸「……何を言ってるんだ? 殿下さんなら、さっきからそこに居るぞ」


勇者「!?」


 するりと、教室のドアが開いた。


 そこに立っていたのは、勇者さんと少し似た女性だ。

 美貌の魔剣士、アテレシア・アジェステ・アリア。

 勇者さんのお姉さんだった。


 アリア家の歴史において屈指の天才剣士と名高い彼女は、第一王女の護衛だってこなせる。

 どこからともなく、声が聞こえた。


殿下「ファンクラブとやらは、どこかのぅ……」


 ほほほ……。


 ヤツだ!


 勇者さんの面差しに、サッと緊張が走った。


 ヤツが、来た……!


 まさか直接、乗り込んでくるとは……。

 あなどっていた。

 ぼっちの、執念とやらを。


(どうする?)


 勇者さんの頬を、つ、と冷や汗が伝った……。



 〜fin〜


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