幕間 天気という主人(一)
夜明け前に、女は畑の縁に立って、空を読む。
読むといっても、字を読むのとは違う。手のひらを立てて風の湿りを量り、山の肩に掛かる雲の厚みを見て、鳥の飛ぶ高さを確かめる。低く飛べば、昼から崩れる。高ければ、一日もつ。この読みを、女は畑と一緒に受け継いだ。誰に教わったというのでもない。畑に立つ者は、立っているうちに、空の読める体になる。ならなければ、この仕事は続かないのである。
ミグラは、港と畑の国である。
港のほうは、渡りの時分に船が着いて、人と荷であふれる。畑のほうは、同じ時分に実が入って、摘み手の要る日々が来る。町の者は港ばかりを国の顔だと思っているが、女に言わせれば、港が回るのは畑が食わせているからで、畑が回るのは空の機嫌がいいあいだだけである。国の本当の主人は、桟橋の帳場でも寄合の卓でもなく、今朝もあの山の肩に雲を掛けたり外したりしている、あれである。
畑で作っているのは、赤い実である。
生でも食えるが、値が立つのは干してからで、干した実は港から船に乗って、どこか遠くの国の菓子や薬になるのだという。どこの国のなんという菓子になるのかは、女は知らない。知らなくても商いは回る。回るが、摘みどきの見極めだけは、こちらの仕事である。早ければ酸が立ち、遅ければ雨に割られる。実の熟れと空の機嫌のあいだの、幅にして三日か四日の隙間に、ひと年の稼ぎのほとんどが詰まっている。だからこの畑の暮らしは、一年かけて支度をして、数日で勝負をして、残りの日々で後始末をする形をしている。
売りの控えの帳面は、一冊きりである。
実の目方と、売り先と、受け取った銭。書くのはそれだけで、書き方は、市の帳場の男に銭を払って半月習った。字というものを習ったのは、あとにも先にもその半月だけである。習ったとき、帳場の男に言われた。数と名前が書ければ、帳面は付く。それ以上は飾りだ。以来、女の帳面には数ばかりが並んでいる。名前の出番は、長いこと、売り先の商会の名だけだった。
今年の渡りの時分は、道を歩く人が多い。
船の着く数は毎年と変わらないのに、街道を歩いてくる者が増えた。どこかの国で戦の口が減ったとか、隊が畳まれたとか、市ではいろいろに言う。歩いてくる者が増えれば、摘み手の市も膨らむ。女は毎年、実の入りはじめに三人雇う。畑は連れ合いと二人のものだが、連れ合いは足を悪くしてから納屋の仕事が主で、摘みの盛りは、どうしても手が足りない。
◇
摘み手の市は、朝の広場に立つ。
雇いたい者が籠を置き、雇われたい者がその前に並ぶ。女は毎年、顔で選ぶ。腕の太さでは選ばない。摘みは力の仕事ではないからで、選ぶのは、目である。実の色の違いが分かりそうな目と、一日同じことを続けられそうな目。今年も、毎年来る渡りの女がふたり、女の籠の前に立ってくれた。三人目を探して並びを見ていくうち、端のほうで、妙な男に目が留まった。
手は、だめそうだった。
節が太く、指の腹に厚い皮が張っている。あれは道具を握り続けた手で、摘みの手ではない。帰り道の分の路銀もなさそうな風体で、それでも背筋だけは立っていた。だめそうな手の上に、目だけが良かった。並びの前を通る雇い手の一人ずつを、値踏みでも媚びでもなく、ただ正確に見ている目だった。女は、自分でもなぜだか分からないまま、その男の前で足を止めた。摘んだことは、と訊くと、ありません、と言った。正直なのが気に入って、雇った。
剣だこだと気づいたのは、初日の昼である。
男の摘んだ籠は、ひどかった。実の三つに一つが潰れていた。厚い皮の指は、実の熟れの加減が伝わらない。男は潰すたびに手を止めて、潰れた実を籠の外へ選り分けて、黙って続きをやった。言い訳をしない男だった。女は昼の休みに、男の手を取って、摘み方を変えさせた。指で摘むな。手首で摘め。実は引くな、傾けて、実のほうから落ちてくるのを受けろ。
男の覚えは、恐ろしく速かった。
型で覚える体なのである。一度手首の角度が入ると、翌日には潰しがなくなり、三日目には渡りの女たちに並んだ。長いこと、体で型を覚える暮らしをしてきた者の覚え方だった。何の型だったのかは、訊かない。摘み手の市で拾った人の来し方を訊かないのは、この国の畑の古い作法である。渡りの民は、置いてきたものがあるから渡っている。置いてきたものの話をさせるのは、荷をほどかせて中を検めるのと同じである。
渡りの女ふたりは、もう五年来る顔である。
手が速いだけではない。摘みながら、途切れなく何かをしゃべっている。しゃべりながら手が遅れないのが渡りの摘み手の芸で、話の中身は、よその国の市の値だの、どこの峠の茶屋の饅頭が小さくなっただの、聞くともなしに聞いているだけで、大陸の景気がだいたい分かる。畑の昼飯は、握り飯と汁で、これはうちが出す。落ちた実は拾って食っていい。枝から摘んで食うのは盗みで、落ちたのを食うのは掃除である。この線引きも、誰が決めたのでもなく、畑というものに昔からある決まりだった。
男は、はじめの幾日か、落ちた実にも手を出さなかった。
渡りの女たちが面白がって、拾って食うところをわざわざ見せてやると、男はようやく一粒拾い、断ってから食い、うまい、と言った。うまい、のひと言を言うまでに、拾ってから随分かかった。褒めるということに慣れていない男らしかった。それからは昼になると三人で並んで座り、落ちた実を行儀よく食うようになった。畑の昼というのは、こういう眺めのためにあるようなところがある。
給金は、日暮れに、手のひらへ渡す。
日決めの雇いは、その日のうちに、本人の手へ。これも畑の古い決まりで、誰に習ったのでもない。渡りの民は明日この土地にいるかどうか分からないのだから、日を跨いだ銭は、渡しそこねる銭である。渡りの女たちに言わせると、よその国には、半月ためて紙切れで払う畑だの、銭の代わりに実で払おうとする畑だのがあるそうで、実で払われた年は往生したよ、売るのはこっちの手間なんだから、と笑っていた。銭で、その日に、本人の手へ。この三つを守っているかぎり、うちの畑は揉めたことがない。決まりというほどのものでもない。ただ、そうしないと、次の年から人が来なくなるだけのことである。
◇
ひとつだけ、この男には困った癖があった。
休まないのである。昼の休みに座らせても、座ったまま畑を見ている。もういいから木陰で伸びろと言うと、立ち上がって伸びたまま、次の指図を待つ。休めと言われて休めない者を、女ははじめて見た。渡りの女のひとりが、見かねて男に言った。おまえさんが休まないと、こっちが休みにくいんだよ。男は、それでようやく腰を下ろすことを覚えた。人のために休む、という順でしか休めない男らしかった。
◇
半月もすると、男の妙な取り柄が知れてきた。
空の変わり目に、女より先に気づくのである。摘みの手を止めずに、風が変わりました、と言う。言われて手のひらを立てると、たしかに湿りが変わっている。雨の匂いに気づくのが、女より半日早い日もあった。畑の者でもないのに、と思って、どこで覚えたと訊きかけて、やめた。訊かない作法を思い出したからである。男のほうが、訊かれる前に、少しだけ言った。夜の見張りを、長くやりました。空の変わり目を見落とすと、というところで言葉が止まって、それきりになった。
見落とすと、どうなったのかは、聞かなかった。
聞かなくても、その先に何があったのかは、手の皮の厚さが言っている。同じ空読みでも、こちらの空読みは実を守るためで、あちらの空読みは命を守るためだったのだろう。守るものが変わっただけで、覚えた芸は同じように役に立つ。芸は正直である。何のために覚えたかを、芸のほうは覚えていない。いまは女の畑で、男の空読みは実を守っている。それでいいと、女は思った。
その空読みに、一度、畑ごと救われた。
実の盛りの、いちばん大事な三日のうちのことである。朝は晴れていた。山の肩の雲も薄く、鳥も高かった。女の読みでは、一日もつ空だった。昼前、男が摘みの手を止めずに言った。通り雨が来ます。それも、早い。女は手のひらを立てた。湿りは、まだ女の手には届いていなかった。届いていなかったが、女は迷わなかった。読みというものは、悪いほうの読みに合わせるのが畑の知恵である。熟れの進んだ列だけを先に摘む。四人がかりで、昼飯を後ろへずらして、籠の運びの順まで組み替えた。
通り雨は、男の言ったとおりに来た。
それも、女の見たことのない速さで来た。山の向こうが暗くなってから畑に降りだすまで、いつもの半分もなかった。摘み残した列の実は、いくらか割られた。先に摘んだ列は、納屋で無事だった。夜、銭の勘定をしながら、女は思った。今日の稼ぎの半分は、あの男の半日である。日当は、いつもと変わらないのに、である。帳面には目方と銭しか書けないから、あの半日は、どこにも書かれずに終わる。書かれないものの多い仕事だと、いまさらのように思った。
実の頂は、満月の晩に来た。
熟れというものは、待ってくれない。頂の実は、朝まで置けば頂を過ぎる。月のいい晩は、畑が青白く明るくて、実の赤だけが黒く沈んで見える。色で摘めない代わりに、指の腹が頼りになる。こういう晩の摘みは、昔から、月夜の勝手と呼ばれて、やるもやらぬも畑の勝手である。刻の掟が来ない場所の、これが良いところでもあり、際限のないところでもある。女は三人に、無理にとは言わない、と先に言った。渡りの女ふたりは、日当がつくなら月夜は稼ぎどきさ、と笑って残った。男は、何も言わずに籠を取った。
夜の畑には、夜の畑の静けさがある。
渡りの女たちの歌が、昼より低く、ゆっくりになる。男は歌わない。歌わないが、手の拍子だけは歌に揃っていた。夜の見張りを長くやった者は、夜の仕事の息の継ぎ方を知っているのである。月が山へ傾くころ、頂の列は摘み終わった。女は納屋で湯を沸かし、白湯に蜜を垂らして三人へ回した。夜なべの締めの一杯というものは、どこの仕事でも、なぜだか同じ味がする。
市に下りると、このごろは神官の噂で持ちきりである。
白い衣の神官が、この国に掟を置いていったという。働き口が切れた者に、次の口までの銭の橋が架かる掟だそうで、港の界隈では、その話ばかりしている。女も、豆売りの女から一通り聞いた。聞き終わって、それで、畑はどうなるのだね、と訊いた。豆売りは、少し言いにくそうにして、それから言った。畑には、届かないらしいよ。刻の掟も、休みの掟も、畑と海は別なんだと。
女は、怒らなかった。
豆売りのほうが、怒らないのを不思議がった。女は、籠を担ぎ直して答えた。当たり前だろう。畑の主人は、はじめから天気だもの。雨が降れば、刻の掟が何と言おうと摘みは止まる。実が熟れれば、休みの掟が何と言おうと摘まねばならない。天気の言うことのほうが、掟より先で、掟より強い。そういう場所で暮らしてきたのだから、掟が畑を素通りするのは、別段、悔しいことでもない。
悔しくはない。ないが、帰りの坂道で、女は少しだけ考えた。
掟の届かない場所で働く者のことを、では、誰が数えているのだろう。港の男たちは、これからは帳面に載るのだという。呼ばれた日が残り、切られた日が残り、橋の銭が残る。畑の三人は、どこにも載らない。載らないことを、三人が気にしている様子もない。気にしていないことを、なぜだか自分が気にしはじめている。それが、坂道の考えごとだった。
もうひとつだけ、女が自分の足で聞きに行った話がある。
■前の話の一問一答・答え合わせ
【問】倒産・解雇等により離職した特定受給資格者は、離職の日以前1年間に被保険者期間が通算して6か月以上あれば、基本手当の受給資格を有する。(◯か✕か)
【答】◯ 受給資格は原則として離職の日以前2年間に被保険者期間が通算12か月以上必要だが、特定受給資格者(及び特定理由離職者)は離職の日以前1年間に通算6か月以上で足りる(雇保法13条1項・2項)。
※本試験で繰り返し問われる論点をもとにした、本作オリジナルの問題です(過去問の文をそのまま載せたものではありません)。




