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第二話:「00:01 再起動」

「利用規約を最後まで読まずに『同意』したことはありますか?」

――それが、あなたの『心臓』を差し出す契約だったとしても。

24時。スマホから聞き覚えのない「心電図の音」が流れ出したら、それが再起動の合図です。

【閲覧注意】あなたは、朝まで「心臓」を止めずにいられますか?

「……よし、これでいいか」


カイトに言われた通り、アキはスマホで同意書への入力を終えた。


最後の一押し――「同意して送信」のボタンをタップすると、画面がふっと暗転し、不自然なほど長い


「……」のローディング表示が出た後、奇妙なメッセージが浮かび上がった。



【登録が完了しました。再起動をお待ちください】



「……再起動? 変わったシステムだな」


アキはスマホをカウンターに放り出し、空いた腹をさすった。


さて、せっかくの土曜の朝だ。少し贅沢な朝食にしようか。


冷蔵庫を開け、卵を手に取る。


「スクランブルエッグにするか……それとも、フレンチトーストにするか」


甘い香りに包まれたい気分だが、牛乳の残りが心許ない。


そんな、どうでもいい日常の悩み。


そして、卵を割ろうとした、その時だった。


「……?」

背中に、冷たい針でなぞられたような鋭い「視線」を感じた。


振り返る。


そこには、いつも通りの散らかったワンルームがあるだけだ。


脱ぎっぱなしのパーカー、積み上がった大学の資料、そして窓の外から差し込む穏やかな陽光。


誰もいるはずがない。鍵だってかかっている。


「……気のせい、か」


そう自分に言い聞かせ、アキは結局スクランブルエッグを作ることにした。


だが、フライパンの上で固まっていく卵を見つめている間も、その視線は消えなかった。


まるで、部屋の隅の暗がりから。


あるいは、壁の向こう側から。


自分という「個体」がどう動くかを、じっと観察されているような――。


結局、その後の時間は驚くほど何事もなく過ぎていった。


適当に昼寝をし、YouTubeで流れてくるおすすめ動画をぼんやりと眺め、


時折カイトから送られてくる「楽しみだな!」というウザいメッセージに既読をつける。


いつの間にか、窓の外は不気味なほど静かな夜に包まれていた。


スマホの時計が23:00を回った。


――♪(クラクションの音)


階下から、聞き慣れたカイトの車の音が響く。


アキは重い腰を上げ、上着を掴んだ。


「よおアキ! 準備OKか?」


車に乗り込むと、カイトがハンドルを叩きながら笑った。


その目は、暗闇の中で妙にギラついて見える。


「ああ。……なあカイト、あのイベント、本当に大丈夫なんだろうな?」


「心配性だなあ! ほら、行くぜ。最高の『スリル』を味わいにな!」


車は夜の街を抜け、街灯が一つ、また一つと消えていく山道へと吸い込まれていく。


アキの胸ポケットで、スマホが「ドクン」と、心臓の鼓動に合わせて震え始めた。


数十分ほど道を進んで、ようやく廃工場についた。


カイトの車がライトを消すと、あたりは一気に濃い闇に包まれた。


目の前には、巨大な化け物の口のように開いた、錆びついた廃工場のゲート。


「……着いたな。一番乗りか?」


カイトが車を降りて周囲を見渡すと、ゲートの脇に、


長い髪を後ろで無造作に束ねた一人の男が立っているのが見えた。


男は鋭い眼差しで工場を見上げていたが、カイトたちの足音に気づくと、ゆっくりと振り返った。


カイトがいつもの調子で声をかける。


「……こんばんは。あなたも、あの通知を見てここに来たんですか?」


男は少し意外そうに目を瞬かせ、落ち着いたトーンで答えた。


「え……? あ、はい。そうです。やっぱり、他にも選ばれた人がいたんですね……」


「俺はカイト。こっちは親友のアキだ。……こんな不気味な場所で一人で待つの、落ち着かないだろ?

 よかったら、ゲートが開くまで一緒にいないか?」


「……あ、ありがとうございます。僕は、締旗来雨しめはたくるうといいます」


締旗の声には、アキたちと同じような、隠しきれない不安が混じっていた。


三人が少しずつ打ち解け始めたその時、背後の暗がりから、衣擦れの音と共に消え入りそうな声が響いた。


「あ、あの………わ…私も、混ぜてもらっていいですか? 怖くて、さっきから足の震えが止まらなく  

 て……」


カイトが「もちろんだよ」と快く応じる。


見ると、そこには長い前髪で顔を半分隠した、暗い雰囲気の女性が立っていた。


「ところで君の名前は?」


「えっと……私の名前はクラ……光暗こうあんクラといいます……」


「クラさんね! 足元、瓦礫とかガラスの破片が多いから気をつけて。……俺、昔から友達の世話を焼くのが 

 癖でさ。絆創膏とかも持ってるから、もしどこか引っかいたりしたらすぐ言って」


「あ……ありがとうございます……」


その直後だった。


「……ねぇ。あんらも合格シートで呼ばれたわけ?」


鋭い声が響き、四人は一斉に振り返った。そこには、腕を組み、


不機嫌そうにゲートを見つめる一人の女性が立っていた。少し派手な格好をした彼女は、


どこか周囲を威嚇するような空気を纏っている。


カイトが「そうだよ。俺はカイト。あんたもか?」と応じる。


「見ればわかるでしょ。……あたしはレナ。……てか、あんた。さっきから門の錆びとかチェックして何な 

 の? 業者かなんか?」


レナはカイトの細かな気配り――ゲートの周囲を確認する仕草――が鼻につくのか、


馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「いや、ただの学生だよ。……ただ、暗いし危ないと思って。鉄条網に服とか引っ掛けると厄介だろ。もし

 怪我でもしたら危ないしさ」


カイトが事も無げに言うと、レナは少し面食らったように沈黙し、それからフンと視線を逸らした。


「……ふーん。親切っていうか、お節介っていうか。……まぁ、いいけど。もうすぐ中入れるんでしょ? 迷

 子になりたくないから、あんたの後ろ適当についていくわ。勝手に親切にしてくれるなら、利用させても

 らうし」


「……ああ。離れないようにしてくれれば、構わないよ」


カイトは怒るふうでもなく、穏やかに頷いた。


アキはそんな二人のやり取りを見ながら、妙な胸騒ぎを感じていた。カイトの優しさは本物だ。だが、この


状況でその「親切」が、果たして報われるものなのだろうか。


五人は3分ほど待っていた。その時だった。


暗闇の中から、パチ、パチ、と場違いなほど乾いた拍手の音が響いた。


「は〜い、みなさん揃いましたね〜!」


現れたのは、派手なユニフォームに身を包み、張り付いたような笑顔を浮かべた女性だった。


「私はガイドのエルです。そろそろゲートが開くので、私についてきてくださいね。それと――危険なもの

 には、絶対に触れないようにしてください」


エルのあまりに事務的で明るいトーンに、場に冷たい空気が流れる。


その沈黙を破ったのは、長い髪を揺らした締旗だった。


「あの……」


締旗は周囲の深い闇に目を向け、それからエルを真っ直ぐに見据えて問いかけた。


「他に、参加者はいないんですか?」


ここにいるのは自分たち5人だけなのか。それとも、あの不気味な「同意書」を書かされた人が他にもいるのか。


エルは小首を傾げ、歌うような声で答えた。


「他に参加者はいますが、A班、B班、C班に分かれて行動することになってます。みなさんは『A班』。特に

 期待されているグループなんですよ」

「なるほど……」


締旗が独り言のように呟き、顎に手を当てた。


「エル:では早速、中に入りましょう! 扉の向こうには、皆さんの想像を絶する『再起動』が待っています

 から」


エルの先導で、重い鉄の扉がゆっくりと、地響きを立てて開き始めた。


六人はカビ臭い通路を進んでいく。壁の至る所から配管が剥き出しになり、


まるで見捨てられた巨大な生物の体内を歩いているようだ。


「まず、皆さんの横側に見えるものが警備室です。そしてその横に見えるものが……昔、人気だったアニマ

 トロニクスです。昔、この工場の横には遊園地がありました。そこで使われていたものです。この工場で

 は、アニマトロニクスを生産、保管しています。今はすべて電源が切れていて動かないので安心してくだ

 さいね。では、次は奥の部屋に進みましょう」


エルのランタンが、暗がりに鎮座する「それ」を照らし出した。


それは、巨大なパンダの機械人形だった。


表面の毛皮は汚れ、錆びつき、顔の右半分は無残に裂けて中の金属フレームが剥き出しになっている。


虚ろな眼窩には何も宿っていないはずだった。


「(……趣味悪いな)」


アキが通り過ぎざま、ふと振り返ったその時。


パンダの裂けたガワの奥で、鈍い赤色の光が、パチリと瞬いた気がした。


「ッ……!?」


心臓が跳ね上がる。だが、二度目に見た時、パンダは相変わらず死んだように動かないままだった。


やがて一行は、窓一つない無機質な個室へと案内された。


全員が部屋に入ったのを見届けると、エルは入り口に立ち、これまでで一番深い笑みを浮かべた。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございました」


その声から、先ほどまでの「ガイド」としての営業スマイルが消える。


「……ちょうどお時間のようです。これより、当施設は再起動されます。これに伴い、皆様の『人間として

 の登録』を順次解除し、『新しいパーツ』としての再構築を開始いたします」


「……ああ、心配しないでください。……痛みは、ほんの数秒のデータ処理に過ぎませんから」



――キーン、コーン、カーン、コーン……。



終業を告げるような、どこか懐かしく、そしてひどく場違いなチャイムの音が響き渡る。


「それでは皆様……良い夜を」


エルがそう言い残し、闇に溶けるように姿を消した。


「は……? え、今の何? プロジェクションマッピングか何か?」


レナが震える声を隠すように、大げさに肩をすくめて笑った。


「……っていうか、今のセリフ、『パーツ』って言った? ウケるんだけど、悪趣味すぎでしょ。ねえ、いつ

 までこんな茶番続けるのよ」


だが、誰もレナの言葉に同調しなかった。


「……待て。様子がおかしい」


カイトが険しい顔で周囲を警戒する。「『人間としての登録を解除する』って、それ、どういう意味だ……?


冗談にしては、空気が冷たすぎる……それに……」


「……合格メールにも、『予備パーツ』って書いてあったしな」


アキが、震える手でスマホを見つめながら呟いた。


その瞬間、部屋の温度が数度下がったかのような錯覚に陥る。


――ギギギ、ギチィッ……!!


背後から、重い鉄が軋むような音が響く。


振り返ると、出口のシャッターが完全に閉まり、その前に、『それ』が立っていた。


顔の皮が半分裂け、剥き出しの金属フレームから火花を散らすパンダのアニマトロニクス。


その巨大な両腕には、禍々しい『圧縮装置』のような物が握られていた。


装置の隙間には、赤黒い血と、熱で焼かれ焦げ付いた”なにかの”肉片がびっしりと付着している。


それが何を『圧縮』するための物なのか、考えるまでもない。


さっきまで死んでいたはずのその瞳には、血のようにどす黒い赤光が灯り、


アキたちをじっと見据えている。


「あ……あ……」


クラが声にならない悲鳴を上げる。


パンダが、一歩、踏み出した。


ガシャン、という重々しい音と共に、床のコンクリートに亀裂が走る。


カイトが叫ぶ。


「逃げるぞ!!」


(第2話 完)

最後まで読んでいただきありがとうございます。

何気なく押した「同意」ボタン。

これがどんな惨劇を招くのか……。

少しでも「ゾクッとした」「続きが気になる!」と思っていただけたら、

下の【☆☆☆☆☆】で評価やブックマークをいただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!


クレジット


締旗来雨 このキャラは@aisu1452さんに作ってもらいました!!

光暗クラ このキャラは@banirakokoaさんに作ってもらいました!!


お二人ともありがとうございました!!

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