第40話:魔族
39話で200ポイントいきました。
目標としていた40話手前でいけて嬉しいです。
これからもよろしくおねがいします。
秋口の心地良さを感じながら昼食に入った。サソリという、「前菜」を食したリーザも食事をともにしている。
「ソウイチロウさん、そう言えばリーザは罰を受けてません」
「罰?何の話だ?」
「初めてソウイチロウさんやアリッサさんに食事を御馳走になった時、リーザはアリッサさんに食べ比べで負けました」
ロンベルクトの戦いの後の食事で宗一郎はリーザに対して「アリッサより食べないと罰を与える」と言っていた。
「……そんなことあったな。でもそれはリーザが遠慮して食べないから言っただけで罰を課す気なんてねーよ」
「しかし、約束は約束ですから」
ニコッとリーザは笑う。
「約束って……ん。わかった。ならリーザには罰として食後に実験に付き合って貰う」
「はいっ」
宗一郎は3人分の食事を用意したが、アリッサが「足りない」と言うのでもう1人分の食事を提供してからリーザとの実験を開始した。
「よし!リーザ、打ち込んでこい。全力でだ」
「はいっ」
リーザはあらん限りの力を込めて宗一郎へと剣を振り下ろす。その剣は宗一郎の結界魔法を1層破壊したが、2層目には跳ね返された。
「……1層だけか。操られていた時は2層破壊出来たのにな。やっぱり操られていると全力が引き出せるってやつなのかな?」
「すみません。全力でやっているのですが」
「リーザが謝る必要はないよ」
その後宗一郎は女神のナイフとアリッサから借りたナイフでもリーザに打ち込ませたが、どちらも剣と同様に宗一郎の結界を1層破るだけであった。
「こんなもんかな。リーザ、実験終了だ」
「はいっ、わかりました」
リーザは実験用として渡された武器を宗一郎に返すーー女神のナイフ、アリッサのナイフ、そして「何物も切り刻む剣」。
シャフタール家の家宝が宗一郎の手元にある理由は、ラシルドから「宗一郎が持っていてくれ」と言われたからである。「ロンに取り戻しに行かせるから」と。
ラシルドは幼少期より親の期待を一心に集めるロンベルクに嫉妬していた。奴隷に情けをかけるロンベルクのことを「偽善者」と呼んでいたが、奴隷に対する偏見を取り除いた今となっては、ロンベルクの態度が正しかったことを痛感した。そして嫉妬の目を除いてロンベルクのことを考えてみると、親の期待に答えよう、答えようとあがき続けていた立派な弟という人間像が見えてきた。
ロンベルクの見方を変えたラシルドは、ジリによって謹慎させられているであろうロンベルクを鍛え直し、宗一郎の下へ剣を取り戻しに行かせることに決めた。その目的がロンベルクの奮起を促す事を願っていた。リーザがシャフタール家の奴隷でなくなり、剣を取り戻す必要性がなくなったことも都合が良かった。
剣士として「何物も切り刻む剣」に惹かれなかったと言えば嘘になるが、ラシルドにとってはそれ以上にロンベルクの独り立ちを支援したかった。そのため「何者も切り刻む剣」は宗一郎に預けることにした。
アリッサは実験中に食事を終わらしており、早速馬に乗って王都を目指した。
「アリッサ、王都って後どれくらいだ?」
「結構かかるわ。馬を飛ばして1ヶ月ってところかしら?どれだけ道が繋がっているかにもよるけどね」
魔法の筒は王都を指し示しているが、その光を辿れば王都へと着ける訳ではなかった。空を飛ぶ手段を持たない宗一郎は危険な魔物が出現する場所や、深い谷などは迂回する必要があり、一直線に進むことは出来ない。それらの迂回路を加味して、算出したのが先ほどの「1ヶ月」という数字であった。
「そんなにかかるかー。馬上だと暇だな」
「確かに暇ねー。周囲の警戒は宗一郎の探知魔法で十分だし」
「なっ?こういう時ってどうやって暇つぶしてんだ?アリッサは長いこと逃亡していたんだろ?」
「勿論、周囲の警戒よ。誰もがソウイチロウみたいな広範囲を探知魔法でカバー出来るわけじゃないのよ。普通の旅は周囲の警戒して1日を終えるの。だから暇つぶしなんて考えたことないわ」
「そんなもんか」
「そんなもんよ」
「リーザはどうだ?」
「暇つぶしなんて考えたこともないです。移動中はずっと走ってましたし、お屋敷にいる頃は近くに食べ物がないかを探す毎日でした」
「……そうか、辛いこと聞いてごめん」
「いえいえ、今はソウイチロウさんの奴隷となれて幸せなので」
そんな会話をしてから1時間経った頃、宗一郎の探知魔法に反応があった。
「前方に何かいる……これは、ゴブリン?泣いている?」
宗一郎の探知魔法が捉えたのはうずくまって滂沱の涙を流す子供のゴブリンであった。
「ゴブリンですか?リーザがしとめて……痛い」
馬から降りようとするリーザを宗一郎はチョップして止めた。
「ちょっと待て、リーザ。行動する前に俺に聞けって言っただろ?」
「そうでした。忘れてました」
「次からは気をつけろよ。アリッサ、子供のゴブリンが1人で泣いているんだが」
「変ね。ゴブリンは群れで生活する生き物だし、1人で泣く話なんて聞いたことがないわ……もしかして魔族かしら?」
魔族。
彼らは魔物だが人語を操れるため魔族と呼ばれている。魔族は基本的には温和な性格をしており、魔物とは違い戦いを好まない。人間と交流する魔族や正体を隠して人里で暮らしている魔族もいるほどである。しかし中には人間に迫害され、人間を激しく憎んでいる魔族もいる。そのため魔族との接触には慎重さが求められた。魔族とひと括りで呼ばれて入るが、その中にはゴブリンやホープ、ワイバーン、ケンタウロスなど宗一郎が今まで見てきた魔物達も入っており、多種多様な構成となっている。
「とりあえず近づいてみるか」
宗一郎はゴブリンを目視出来る距離に近づき反幻覚魔法を発動させ、泣いているゴブリンがネリーではないことを確かめた。それから下馬して、ゴブリンに近づいた。
「わっ人間!」
泣きじゃくっているゴブリンは顔を上げて宗一郎を見ると、足をもつれさて逃走したが、小石に躓いて転び、更に大声で泣いた。
「あーあー、全く」
宗一郎はダンの町で買った布を取り出して、ゴブリンの顔を拭いた。
「坊主、名前は?」
「…………」
「名前だよ。名前」
「…………」
「おっとこれは済まなかった。こっちが先に名乗るべきだったな。俺の名前は宗一郎。犬耳なのがリーザで、もう一人はアリッサって名前だ。よろしく」
「…………」
「で、名前は?」
「……さない」
「ん?」
「人間には話さない。獣人も同じだ。おっとうとおっかあからそう教わったんだ」
そう言ったきり、ゴブリンの男の子はだんまりを決め込んだ。
宗一郎はゴブリンが喋った事実に驚きながらも再度名前を聞いたが、反応はなかった。リーザとアリッサが話しかけても同じだった。
「仕方ないわね。ソウイチロウ、あっち見てて。リーザ、宗一郎がこっち見てないか確認して」
アリッサが両手で宗一郎の顔を明後日の方向に向けた。リーザはその指示に従い、アリッサの様に宗一郎の顔を手で挟んだ。ゴソゴソとアリッサが準備をしている。
「君は人間には話しちゃいけないって言われたんだよね。なら……これならどうかな?」
「ふぇ?……羽?お姉ちゃん人間じゃないの?」
(羽……だと?)
宗一郎は振り向こうとしたが、宗一郎の頭はリーザによってホールドされて1mmも動かせなかった。
「リーザ、俺は見たいんだが」
「すみません。アリッサさんの言いつけですので」
「リーザの主人は俺だろ?」
「こういう時はアリッサさんの言うことを聞けと言われました」
「誰に?」
「ラシルドさん、マリーンさん、ドーンさん、アリッサさん、シンさんからです」
リーザの口から出てきた人名は宗一郎の想像以上に多かった。しかもダンの奴隷術師であるシンからも言われていたのだ。
宗一郎が書類と悪戦苦闘している時に、リーザはドーンに呼ばれて中座していた。その時にシンと会って奴隷としての心構えの様なモノを聞いていたのだ。
その中でも重要な助言が「アリッサと宗一郎の命令がかち合った場合は、アリッサの言うことを聞いておけ」と言うものであった。シンは長年妻の尻に敷かれていて、女性の意見を尊重すれば家庭円満になることを経験で知っていた。そのため旅路でも女性の意見を優先すれば、結果として上手く行くと考え、リーザに助言したのである。見当違いとも思える助言だが、リーザが実行に移した事により宗一郎の羽を見たいという欲望はここでも果たされることはなかった。
アリッサと仲良くなったゴブリンの男の子は宗一郎とリーザの下に来てお辞儀をした。
「僕の名前はルッツと言います。よろしくお願いします。ソウイチロウさん、リーザさん」
笑顔を見せたゴブリンの男の子は、ダンを襲ってきたゴブリンとは違って醜悪さの欠片もなかった。
ルッツに事情を聞くと、親にプレゼントの花をあげるために、外に出ては行けないと言われた柵を乗り越え人間に捕まり、怖くて震えていたら、突然この荒野に放されたそうだ。この土地には見覚えがなく、帰る道もわからないため泣いていたら、宗一郎と出くわしたのである。
何ともありふれた話だが、少し気になる点があるため、宗一郎はアリッサを呼び寄せた。
「アリッサ、ゴブリンの子供を攫う人間はいるのか?」
「……好事家と、子供に魔物を倒す方法を教えるために貴族が買うくらいかな?」
「そんな奴らがいるのか……腐ってるな」
「貴族ってそんなのばっかりよ」
「攫われたゴブリンが途中で解放されることなんてあるのか?」
「トラブルがなければ考えられないわ。ダンで聞いたけど、この国では魔族を攫ったら死刑だって。ガルドビアでは銀貨数枚の罪なのにね。それなのに解放したってことは何かあったのよ。……でも」
「ああ、そうだ。全く争った様子がない」
宗一郎が気になったのはそこだった。
もしトラブルがあったのなら、周囲に血や衣服の欠片が落ちていて、地面が削り取られていてもおかしくはない。だが周囲に異変はなかった。
「そうね。ルッツは怖くて泣いていて、放された位置からは動いてないって。おまけに話し声とかも聞いてないって」
「変だな」
「変ね」
生ぬるい風が宗一郎の頬を撫でた。