第39話:出発
後半にやや性的な内容を含みます。
大分抑えて書いたので問題ないかとは思いますが、そういうのが嫌いな人は飛ばして下さい。内容は奴隷であるマリーンの話です。
一方思わぬ大金を手にした宗一郎は、王都へと行く前にやるべきことがあった。
食料品の買いだめとアリッサへのプレゼント探しである。
食料品の買いだめをアリッサに任せると、際限なく買いそうだったので宗一郎が担当することになった。その間にアリッサにはプレゼント探しをしてもらった。
食料品を売る商店は多々あったが、ドーンの紹介してくれた店に行った。
食料品を一括で扱っているスーパーなどはなく、個々に買い付けなければならなかった。そのため何店も回る必要があったが、必ずと言っていいほど、宗一郎が顔を出すとサインと握手を頼まれた。中には生まれた子供に名前を付けてくれなんてのもあったほどだ。
そうして店主の要望を聞いた後、買い物をしようとすると「英雄様から金はとれない」と言われて宗一郎は困惑することになった。「良いから良いから」と宗一郎が強引に金を払うと店主はしぶしぶ受け取ったが、そのお返しにと買った量より多いんじゃないかと思うくらいのお土産をくれた。
おまけに道行く人がお礼にと様々な物をくれるため、宗一郎の買い出しは遅々として進まず、3人分の食料の買い出しを終えたのは夕方になってからであった。
約束の場所に戻っていると、アリッサとリーザが飽きもせずにプレゼントを選んでいた。
「すまん。遅くなった」
「ソウイチロウお帰り。随分かかったわね」
「色々あってな。それで欲しいものは見つかったか?」
「うん。これが良いかな」
アリッサは首から下げるブレスレットを差し出してきた。英雄ダンが女性を抱きかかえているデザインであった。
「わかった。これにしよう」
宗一郎はブレスレットを受け取り、支払いを済ませて再度アリッサに送った。
アリッサはそれを受け取ると早速首から下げた。
「ど、どうかな?似合う」
「ああ似合っているぞ。アリッサ」
臆面もなく言う宗一郎にアリッサは顔を赤らめた。
「ヤダー。そんなはっきり言わないでよ。……それであれは買って来たの」
「勿論だ。リーザ」
先程までアリッサのブレスレット探しに付き合っていたリーザは何故自分が呼ばれたのかわからずキョトン顔をした。
「はい」
「リーザも俺を助けてくれたしな。プレゼントだ」
宗一郎は食料品の買い出しの合間を縫ってリーザへのプレゼントを探していた。絶対に自分からは言い出さないリーザにと、宗一郎とアリッサは事前に打ち合わせをしていた。
「リーザなどのために……」
「リーザ!」
自分を卑下しようとしたリーザを止めるべく強い口調で宗一郎はリーザの名前を呼んだ。その意図に気づいたリーザは素直にお礼を言い、プレゼントを受け取った。
「これは……」
「シャフタール家の奴隷でないとわかった時点で外しただろ。だけど、どうしても違和感があってな」
リーザは奴隷の鎖であるカチューシャを外していた。しかし宗一郎にとってはカチューシャを付けたリーザが普通であったので、何処か物足りない気分になっていた。
「嫌なら着けなくても良いが……」
「着けます……いえっソウイチロウさんが着けさせて下さい」
「えっ良いのか?」
「はい」
「なら……」
宗一郎はカチューシャをリーザの頭に着けた。
目をつぶったリーザの前髪に触れてカチューシャを着ける時の感情をなんて表現したら良いだろうか?嬉しいような、気恥ずかしいようなーーそんな気持ちを宗一郎は味わった。
リーザも、これでやっと宗一郎の正式な奴隷になれたという達成感で満たされていた。
カチューシャを着けた後、宗一郎とリーザはしばし見つめ合った。そんな状況を見て苦々しく思ったアリッサが宗一郎の耳を掴んで「イチャつき禁止」と注意した。
食料確保とリーザへのプレゼント探しに1日を費やした宗一郎は、明朝出発と決めて宿に泊まった。宿の店主は宗一郎の顔を知らず、昼間のような喧騒がなく宗一郎はホッとした。
日の出前に起きた宗一郎とアリッサが最近サボっていたラジオ体操をやっていると、リーザも起きて参加した。宗一郎との2人の時間を奪われたアリッサが渋い顔をしていた。
宿で朝食を済ませ、馬を2頭購入し南門へ向かった。宗一郎が名乗ると門番にお礼を言われた。宗一郎は照れながら入町税を受け取った。
「あれっ?そういえば入町税はラシルドに払って貰った気が……」
「貰っとけば?ラシルドなら大丈夫でしょう」
「そうだな。頂いておこうか」
宗一郎は布袋にお金を仕舞った。
「よし!行くぞ」
「おー」
「お、おー」
宗一郎の掛け声にリーザは遅れて返事をした。
「さあリーザ、後ろに乗れ」
「えっリーザは走るんじゃ?」
「いやいやいや。リーザが馬に乗れないから2頭しか買わなかったんだ。馬に乗れるようになったら1頭追加するから。ひとまず俺の後ろに」
そんな一幕もありながら、宗一郎は一路王都を目指して出発した。
道中は特にアクシデントもなく、日が中天に昇ったので昼食を取ることにした。
しかし昼食の席でおぞましい事件が起きたーー両者の認識の違いというありふれた原因で。
「飯にしよう」
宗一郎が馬から降りて空間魔法から3人分の昼食を取り出そうとすると、リーザが地面を見ながらうろつきまわっていた。
「何してんだリー」
宗一郎が声を掛けようするとリーザは地面に飛びついた。
「はい?」
立ち上がりクルッと振り向いたリーザの手には細長いサソリが握られていた。
「リーザ、そのサソリどうするんだ?」
「食べます」
「はっ?」
「昼食として食べます」
リーザは素早く爪と尻尾を落として、生のままサソリを口に入れてボリボリと食べた。宗一郎はリーザの行動に唖然とした。リーザは食いづらそうにしながらもサソリを咀嚼し飲み込んだ。
「……好物なのか?」
「いえっ好きではないです。でも近場に動物がいそうな森もないですし、これですまそうかと」
「リーザ、奴隷主として命じる。あそこの木までダッシュしてこい」
「はいっ」
リーザは猛スピードで約200m先の木までダッシュして帰ってきた。
「リーザ、疲れたか?」
「いいえ、全然です」
「では同じ行動を10回しろ」
「はいっ」
リーザはダッシュを10回繰り返したが、帰ってきたリーザは少しも息が上がっていなかった。
「……疲れてないの?」
「疲れてません」
ニコッと笑うリーザを見て、宗一郎は「あっこれわかってない」と思い説明した。
「今の命令はリーザへの罰だって気づいたか?」
「罰……リーザは何かしてしまいましたか?」
罰と聞いてもリーザに心当たりはなかった。
「俺が食事にするって言った時リーザはサソリを捕まえたよな。俺は奴隷として自分を卑下することは止めろと契約書に書かなかったか?」
「確かに書きましたけど、昼食を自分で用意することは奴隷の義務です」
「……なるほど、そうきたか。リーザの言いたいことはわかった。ではもう1つ詳細条件を出しても良いか?」
「はい、何なりとどうぞ」
「これからは何かする前に俺かアリッサに聞け。特にリーザが奴隷の義務だと思っているやつは必ず聞け。その義務は恐らく間違っている。少なくとも食事は俺達と同じのを食え」
「……はい、わかりました」
あいも変わらずリーザは奴隷根性丸出しであったため、宗一郎は更なる制限をつけることにした。
昼食後アリッサとリーザの「サソリって美味しくないよね」「そうなんですよ。アリッサさんも食べた事あるんですか?」「ちょっとね」という会話が宗一郎の耳に入ることはなかった。
◇
刻は遡る。
宗一郎が書類に悪戦苦闘している折、アリッサはラシルドに呼び出されて事情を説明した。
アリッサは「えっ?」と悲鳴をあげる宗一郎を一人で残すのが気の毒に思ったが、ラシルドにも時間がないらしく、呆然とした表情の宗一郎を強い心で見捨てた。ラシルドはアリッサの事情を理解した上で協力を申し出た。「恩に報いるためにも全力で当たらせてもらう」と断言したラシルドは、前後策を競技する前にドーンに呼ばれて中座した。
後に残ったのは、コバンザメのようにラシルドについて回るマリーンとアリッサである。ドーンに呼ばれたラシルドにも付いて行こうとしたマリーンは、ラシルドに拒絶されていた。不満顔をしてこの部屋に残ったマリーンだが、そこはやはり年頃(?)の女の子。自然とアリッサとの会話に花が咲いていた。21歳(嘘)のマリーンと18歳のアリッサの会話は多岐に渡ったが、徐々に恋愛トークへと移った。
「マリーンさんって恋愛経験はどれくらいですか?」
「生まれてこの方ラシルド以外に恋したことはないよ」
「失礼ですがお幾つですか?」
「うーん、生まれたのが半世紀……って違う。私はまだ21歳。ラシルドと同じ年齢」
マリーンの年齢を垣間見たアリッサは、決してそのことに対して触れないことを誓った。
「やっぱり、同い年って良いですよね?」
「そうだねー。乙女の憧れだよね」
恋する2人が同い年に憧れるのには理由がある。
全土で爆発的に流行っているお伽話ーーサンとルルの冒険記が原因である。
その話は王子と庶民の娘が駆け落ちして、行く先々で困難が降り注ぐが2人の愛の力でどうにかするという、テンプレ丸出しの冒険記である。この世界に存在する人間の殆どは子供の頃からサンとルルの冒険記を聞かされて育ってきた。そこには王族や奴隷も関係ない。文字が読める読めないも関係ない。石を投げれば冒険記の内容を丸暗記している人に当たる、なんて笑い話が巷間に持ち上がる程に有名なのである。
そして「私達も同い年との結婚を」と熱望するのだ。
だがマリーンは奴隷で、アリッサは皇族で、同い年との結婚など望むべくない立場だった。奴隷は奴隷主、皇族は皇帝の決めた相手と結婚しなければならない。彼女らは自分もそうなるんだろうなーと朧気に感じていた。
「子供の時はルルになりたい、なりたいって駄々をこねていたわ。でもカタリーナお姉様に『私がルルになるのですわ』って言われて、喧嘩したわ」
「微笑ましい思い出だね」
うんうんと遠い目をしながらマリーンは聞いている。彼女がそんな無邪気な会話をしたのは、半世紀以上も前であり懐かしいものだった。彼女は生まれながら奴隷だったが、母親の役目上屋敷の中にいることが多く、使用人達に可愛がられていた。その使用人達はとうの昔に亡くなっている。
「マリーンさん?」
「ん?ごめん。考え事していて聞いてなかったわ」
「その……突っ込んだことを聞いても良いですか?」
「いいよん」
「マリーンさんはラシルドの側室なんですよね?」
「そうよん。ラシルドは認めたがらないけどね」
「その、その……」
恥ずかしくて口に出せないアリッサはマリーンの耳元に近づき呟いた。
「何だって?お姉さん聞こえないなー。アリッサちゃん、もっと大きい声でどうぞ」
「……何で急に親父キャラになったんですか?」
「いやいやごめん。アリッサが可愛くてね」
うふふとマリーンは微笑む。
「そうだね。質問への答えは難しいけど、正確に言えば『ない』かな?」
「ないんですか?」
「ラシルドはあれで結構堅物でさ。正室が決まるまでは絶対に手を出さんって」
「へー」
「でも側室になる前に使われたことはあるわよ」
「使われた?」
「私は性奴隷だったからね。お母様と同じで」
貴族の世界では婚前交渉は厳禁でる。
特に女性は顕著であり、初夜の後で破瓜の血を確認する係がいる程である。だが婚姻前に不貞を働いた花嫁が、偽装のために鳥の血袋をもって初夜を迎えるという事件が発生したため、裸を確認する係も追加された。
それに引き換え男には一定の自由があり、初夜の際に何も知らない花嫁をリードするため、奴隷で経験を重ねておくのが貴族の習わしであった。奴隷は道具であり、不貞には当たらなかったのである。そのためアルエットの王族の血を引く人物との婚姻が決まっていたラシルドも、例に漏れずマリーンを使って経験を積んでいた。
「タージフの王都への向かう時のラシルドは荒れててね。毎晩のように私を求めてきたわ。お屋敷でするよりもずっと激しかったわ。でもね、これは絶対にラシルドに話さないでね、ラシルドは事が終わった後絶対私の上で泣くのよ。俺は死ぬんだって。私は黙って目線を合わせないようにしていたわ。でも毎晩毎晩泣くのよ?飽きもせずに。流石に情が移ったわ。そうしてある時泣いているラシルドを抱きしめたら、更に泣き出してね。ああ貴族でもこんな風に泣くんだって思ったのよ。それからかな?私がラシルドを見る目が変わったのが」
「…………」
「それで王都に着いて、私は王宮で暮らしていたんだけど、何もすることがなくてさ。シャフタール家では、昼は屋敷の仕事、夜はさかりのついた貴族の相手で、休んでいる暇なんてなかったからね。手持ち無沙汰な状況に慣れてなくて、王宮の仕事を手伝おうとしたんだけど、使用人に断られて。仕方なくぼーっとしてたんだけど、次第にラシルドのことを考えるようになったんだ。ラシルドったら強いんだよ。王都への旅路で盗賊に襲われたんだけど、単身でラシルドが乗り込んでいって盗賊団頭を斬ったんだ。その勇姿と私の上で泣いている姿のギャップが凄くて」
盗賊に襲われたラシルドは、どうせ王都で死ぬのだしここで死んでも一緒だと考え、無謀な突撃をした結果、狼狽した盗賊団の頭を斬り伏せたのである。その後に妙な寂寥感に襲われたーー例え盗賊を壊滅させた所で自分の運命は決まっている、自分がやっている事に意味があるのかと。
「そうしたら、あれよあれよという間にラシルドと同居することになってさ。ラシルドはほんとになんも出来なかったんだよ。料理も洗濯も掃除も。当然貴族の仕事じゃないし、男の仕事でもないんだけど、積極的に参加してくれて、また新しいラシルドの新しい一面を見た気がして嬉しかったんだ。そうやって私はラシルドを好きになったんだよ」
「…………」
「アリッサの反応がないなー。聞いてなかったの?お姉さん、悲しくて泣いちゃうよ」
「……重い話をそんな軽い口調で言われたことにびっくりしてます……ごめんなさい。突っ込みすぎました」
「いいよいいよ。私には良い思い出だし。で?どうなの?」
「はい?どうとは?」
「そりゃ決まってるよ。私がこんだけ赤裸々に告白したんだから、アリッサも告白するべきじゃない?ソウイチロウとは何処までいってるのよ?」
「何で私とソウイチロウが?」
「隠さない隠さない。アリッサの行動を見れば宗一郎にベタ惚れなのはわかるわ」
「……バレバレですか?」
「バレバレだよ。それで?それで?」
ラシルドがドーンとの話し合いを終えてこの部屋に戻ってくるまで、2人の笑い声が絶えることはなかった。
宗一郎が書類の山を何とかスリ減らそうとしている中で、マリーンとの恋話に夢中となるアリッサであった。
明日も投稿します




