第15話 殺意の眼
俺はどうしたらいいか分からない。ただ何かを考えているトゥビラを待つしか出来ない。
「そうだね、君を待たすのも悪い」
また俺の心を読まれたのか、どこまで読めるんだ?
「全てさ、人の思考なんてものはひと目見れば分かる程度の代物。ただ僕でも君の一部が読み取れない。これが不思議でしょうがない」
俺はどっちで尋ねようか困る。口か思考か。
「好きな方でいいよ」
「じゃあ……その読み取れない一部ってのは?」
「単純明快に見えないのさ。僕の眼を持ってしても見えないのさ。逆にそれは普通の感覚だと思っていい。人の表面に人の心は映らない」
たぶん俺が考えたところで答えはでないろう。だろ?
「そうだね」
そうなるとバカラスやヒキコウモリが言っていた難しいことを伝えるべきなのかもしれない。覚えていないんだよなあ、半信半疑で聞いていたから。仕方ないダンネを起こしに行くか。
俺が足を動かせばダンネの部屋がどこなのか分かる。昔から同じ家に住んでいたかのようにダンネの部屋の前で止まる。扉をノックしても返事が無いので俺はそっと扉を開ける。部屋は至って普通の部屋だ。椅子机窓から差し込む月明り、ベッドではダンネがふたつのキツネ人形に挟まれて眠っている。俺はダンネをそっと揺する。するとダンネが目を開けて飛び起きる。
「なに?」
「ちょっと話してもらいたい相手がいる」
ダンネと一緒に部屋を出るとダンネがトゥビラを見た瞬間、俺の背後に咄嗟に隠れる。俺はトゥビラを指さす。
「あいつにバカラスやヒキコウモリが言っていたことを伝えて欲しいんだ」
「う、うん」
ダンネは本当に記憶力がいい。落ちてきた流れ星、枯れ木から伸びた黒い手、縛りの契約、呪いによる保護、枯れた世界、目を覚まさない村人。それは全てが反対になった矛盾であること。バカラスと原初の花を巡って戦ったこと、黄金のりんご飴をくれたこと。北へ向かえと言われたこと。ヒキコウモリですら分からない存在が現れたこと、八咫の輝き食して守ると言ったこと、深淵の塩昆布をくれたこと。ダンネは全て覚えている。
「君は素晴らしい記憶力を持っているね。大事にしなさい」
「あ、ありがとう」
ダンネが素直に喜んでいいのか迷っている。
「しかしバカラスを倒したというのは面白い。その真っ黒な剣を出せるかい?」
俺は右手を振ってみる。自分で出そうと思って出せたことはない。
「バカラスが怒りを見せたということは、君を殺そうと思ったということだな。それが正しければ僕を君を手にかければそれが見れるということだ」
俺の立っている床が一枚の扉になり開く。俺とダンネが落ちそうになるが、ダンネは何かに押されたように後ろへ下がる。俺は中へ落ち暗闇にひとり残される。上を見上げれば扉はない真っ暗だ。周囲の暗闇から無数の赤黒い眼が大小様々で俺をしっかり捉える。頭痛が始まり頭を少し抑える。両手足が痺れ始めそれが痛みとなって激痛となる。強烈な腹痛に耐えられなくなり俺は地面に倒れ込む。胸が痛みだし息が苦しくなる。何かが俺を蝕んでいるのか? 急に寒さを感じ始める、今まで味わったことのない寒さだ。激痛と寒さで体を丸めても体温は戻って来ない。思考がちらつきそっと目を閉じる。
誰かに呼ばれた気がした。
俺から黒い稲妻が走り赤黒い全ての眼を潰していく。潰された赤黒い眼から血が流れだしていく。巨大なガラスが割れたように空間が悲鳴を上げて崩れる。気づけば落とされた廊下だ。俺は手を動かそうとするが指だけかろうじて動かせる。その手を誰かがそっと握った。
「ガウル!」
ダンネが俺に駆け寄ってくる。
「ねえ大丈夫なの!」
俺はそっとダンネに顔を向ける。
「だ、駄目かもしれない」
そう言いつつも徐々に痛みが引いていく体温が戻ってくるのを感じる。そのまま眠ってしまいそうに暖かさを感じる。
「あいつは……あいつどうなった?」
「それが」
ゆっくりと体を動かすと、トゥビラが着ていた黒い布が穴だらけになっている。曲がりくねった杖が置き去りにされ、着ていたトゥビラの姿はない。そして近くの扉がゆっくりと開きはじめる。
「素晴らしい。これは見事だね」
開かれた扉からトゥビラが姿を見せる。黒い布を身に纏い深く被った黒いフード、そして右手には曲がりくねった杖だ。
ダンネが俺を引きずって逃げようとする。
「逃げる必要はないよ。バカラスを倒したのだから、この結果は見えていた。どうやら君を窮地に陥れないと縛りの契約、呪いの保護は発動しないらしい」
俺はダンネの腕を力強く握って足を止めさせる。
「俺をこうまで弱らせたんだ……分かりやすく説明してくれ」
「当然だ。まずは驚かせたことを謝るよ。ただし分かったことがる。君は死ぬと蘇るように出来ている」
さっそく分からないことを説明された。
「なにそこまで難しいことはない。君の体が死を実感すると、縛りの契約が自己防衛機能として働き呪いの保護となる。ここがすごいかな、本来この呪いは人を殺すために用いるもの、無数の眼を黒い稲妻が全て潰したろう? あれが本来の呪いの力であると同時に、君はその呪いに何故か守られている。つまり君は確実に呪われている」
駄目だ。俺の頭が追いついていけない。
「これだけ覚えておいてくれれば大丈夫だ。君は誰かに呪いをかけられた」
そうか、俺は誰かに呪いをかけられたのか。
「なんで?」
トゥビラが小さく笑う。
「そこは僕でも分からない。それが君の分からない一部だろう。ここからは僕の推測さ、世間話をするつもりで気軽に聞いて欲しい」
俺はダンネを支えにして立ちあがろうとする。ダンネがそれに気づいて俺に手を貸してくれる。
「君とドロップはもしかして無関係じゃないかな?」
俺とダンネはトゥビラに顔を向ける。向けたところで何を言っていいか分からない。
「当然さ、ここから先は僕も間違っているかもしれない。ただどうも辻妻が合わないことがある。ガウルは呪いにかけられている。ドロップは杖で原初の花を吸い上げる。このふたつは実はまったく別の事柄なのさ。ただ偶然、そう偶然にガウルとドロップが出会っただけの可能性もある。そして一見普通にそこで怯えているダンネもおかしい」
「私?」
「僕の眼はなんでも見透かす。君は本当に勉強が出来て運動が出来る素晴らしい人だ。逆に言えば出来すぎている。世に天才という存在はいるがそれはゼロから産み出す者、イチから発想を展開させる者。ここには必ず基礎という土台がある。ダンネ、君の記憶力は素晴らしい。家でする前日に食べた夕飯は?」
「き、きつねうどん」
「正解だ。その記憶力は常人のそれを越えている。ガウルとドロップとダンネ。君たち三人は偶然にして偶然じゃないかもしれない。君たち三人がそこで合うように仕組まれた可能性もある。推測の域が出ないけどね」
トゥビラはいまダンネの記憶を見通しt。じゃあドロップの記憶喪失も分かるのか?
「残念ながらドロップは記憶喪失じゃない。記憶がないんだ」
「記憶がない?」
「そう、記憶がない。喪失したのでわない空白なんだ。ただし、このことはドロップに絶対言わないでくれ。彼はこの事実に耐えられない」
俺とダンネは頷く。
「さて僕が推測するとなると厄介なことになる。ガウルの呪いは理すら跳ねのける。つまり君は偶然世界を滅ぼす力を手にしている。言わば僕たちの敵になりうる存在。しかしそれを何故あのふたりは見逃した? 君が悪い子じゃないのを知っているからさ。しかして手を貸す訳には行かず。この世の理は我々ではない」
俺はただトゥビラを眺める。何も分からない。
「そうだよダンネ、僕はこの世の存在じゃない」
俺はダンネに顔を向ける。トゥビラがダンネの思考を読んだのだろう。
「おー、こんな感じになるのか」
「なに? どういうこと?」
俺はトゥビラを指さす。
「あいつ俺たちの思考も読むぞ」
「そういうの早く言ってよ!」
またトゥビラが小さく笑う。
「ごめんね、これでも頑張ってるほうなんだ」
「じゃあこの世の理って誰なの?」
ダンネが尋ねてもトゥビラは答えない。今まで散々喋っていた男が初めて口を閉ざした。
「それは知らない方がいい」
「創の全てがこの世にあり。ヒキコウモリがそう言ってた」
「そうだね。詳しく説明できるけど、下手すると君たちの頭が許容量を超えかねない。申し訳ないが答えられない。さて立ち話はここまでにしよう。お詫びとしてはなんだけど、少しはおもてなしさせてくれ」
とある扉が開いて中からドロップが杖を手にして目を擦っている。
「誰、僕を呼んだの?」
「僕だよ」
ドロップが寝ぼけ眼でトゥビラを見て慌てて俺とダンネの傍に駆ける。
「さあこっちだよ。これはもういらないな」
床に落ちている黒い衣と曲がりくねった杖、トゥビラが手に持つ杖をそっと振ると砂のように消えていく。そしてトゥビラは廊下の先を歩いていく。俺はその背を追いかけようとしてダンネに腕を掴まれる。
「付いて行っていいの?」
状況が理解できていないドロップが俺をダンネを交互に見る。
「付いていくしかないだろ」
トゥビラがひとりで先へ進んでいく。
「ほら」
俺はトゥビラを追いかけふたりも俺に続く。俺はトゥビラの背を見上げる。なんというか静かだ。あとこれもトゥビラに聞かれてるんだろ?
「そうだね、慣れというのは怖いね」
ダンネが俺の服を引っ張る
「なに考えたの?」
「いやトゥビラが静かだなと思って」
でも本当に静かだな。足音ひとつ出ていない。俺たち三人はと言えば小さいながらも足音は出るし、注意して聞けば床ですら軋む音を鳴らしている。
「トゥビラは静かなんだな」
トゥビラが小さく笑う。
「そうだね、昔から物静かとは言われてたね。大きい音は嫌いじゃないから」
「へえ、俺と一緒だ。大きい音が嫌いなんだ」
「そうなんだね。克服できるといいね」
「うん」
俺は素直にそう答えた。俺はどうして大きい音が嫌いになったんだ?
「ここだよ」
トゥビラが案内した場所は普通の扉が一枚ある。




