第12話 深淵の探究者
俺たち三人はただ座っている。何故なら何をすべきか分からないから。いまの内に尋ねておこう。
「なあ。バカラスって知ってるか?」
「知ってるよ。黄金の守護者バカラス。あいつがどうしたの?」
「いや、喋り方が似てると思って」
「そりゃあそうだよ。友達だもん」
友達なのか。俺は謎の巨体を見上げる。もうどうでもよくなってきたな。
「それよりよく殺されなかったね」
ダンネが俺を指さす。
「殺されそうになったけどガウルがやっつけた」
「やっつけた? それはすごいね。でもそのあと普通に喋りかけてきたでしょ」
俺は頷く。
「バカラスは一度怒ると面倒くさいんだ。まあずっと黄金の果実の説明をしていたのに、皆話聞かないで取って行っちゃうから我慢の限界が来たんだろうね。あの世で界最高の品、黄金の果実が生まれそれを皆で後先考えて取っていく。だからバラカラスは世界そのものを壊したのさ」
ダンネが手を上げる。
「なんだいキツネちゃん?」
「じゃあバカラスはこの世界を壊そうと思えば壊せるの?」
巨体が笑い声をあげる。
「私たちにこの世は絶対に壊せないよ! 創の全てがこの世にあり、まあ言っても分からないから説明しない」
「私は知りたい!」
「お! 勉強熱心じゃないか! まあまずはこの状況をどうにかしないといけない。はい耳を塞いで」
俺たちは耳を塞ぐ。また強烈な閃光と轟音が流れて来る。謎の巨体が岩の手で俺たちを庇っているのでなんともない。俺たちは耳から手を離す。またダンネが手を上げる。
「私たち何していいか分からない!」
俺はついダンネに頷く。俺たちがどうこうできる状況にない。
「私も何していいか分からない!」
「あなたが分からないなら誰も分からないじゃない!」
「知らないわよ! 私にも分からないんだから! 逆になんかヒント頂戴!」
つまり誰も何をしていいのか分からないと。俺はついため息を小さく吐く。目を瞑って状況理解に努める。
「そもそもここに来たのはドロップ。お前のせいだ」
「僕?」
「そう僕。手すりに登って、この先にいるんだ。そんなこと言いながら笑顔で海に飛び込んだんだぞ」
「僕そんなことしてないよ!」
「したからこうなってるんだよ。それで俺がドロップに手を伸ばそうとしたら追って来たダンネが上手いこと俺を押し出す形になって、皆で仲良く海の中」
「私は押してない!」
俺はため息を吐く。
「そして私が君たちをここに引きずり込んだ。そうしないと溺れ死んじゃうからね」
俺は謎の巨体を見上げる。
「ここはどこなんだ?」
「深淵さ。死んだ魂が静かに落ちていく場所。私は暗いところが大好きだからここの探究をしているの。だからこそイヌ君の言った。この先にいるというのはありえないんだ。深淵の先は存在しない。最後に落ちる場所にして瞬時に次へと流れゆく。そもそも君たちおかしいんだよ。本来眠って夢を見ているはず。どうして平然と起きていられるんだい?」
そういえば前もそうだった。俺の村人たちが全員眠っていた俺たち三人とバカラスだけが動いていた。
「ダンネ。村であったこと全部説明してやれよ」
「私が?」
「お前は頭がいいんだ。全部覚えてるだろ?」
「うん私ちゃんと覚えてる」
ダンネが嬉しそうな顔をして村の出来事について謎の巨体、深淵の探究者に話す。
「なーるほどなるほどなるほどど。バカラスは原初の花を取りに来たけど、イヌ君の杖が原初の花を吸い込んで揉めてバカラスが負けたと」
俺たちは深淵の探究者を見上げて次を待つ。
「つまり、イヌ君の杖で原初の花を吸い込めばいいのさ」
俺とダンネはドロップに顔を向ける。ドロップは両手で杖を握って俺たちの顔を見る。
「木から白い花が光輝いて咲いたと思えば、枯れて落ちてズドーンてなるのが今。そしてまた落ちるから耳塞いで」
俺たちは耳を塞ぐ。再び閃光と轟音が襲って来るが、これは白い花が落ちた衝撃なのか。
ダンネがまた手をあげる。よくあげるな。
「なんだいキツネちゃん」
「あなたの手に守られながら近づけば大丈夫なんじゃない?」
ダンネの言ったことはかなり合っている。俺たちを岩の手で守っているんだ。
「残念。実は私かなり頑張って耐えているの。だからその……お願い助けて」
未知の存在に何故か助けを求められる。どちらにせよこの状況を打開しないことには帰れない。そもそも帰れるのか?
「なあ、この問題片づけたら帰れるのか?」
「元々そのつもりだったよ」
じゃあやるしかないのか。ただし問題があって、俺はドロップに顔を向ける。
「な、なに?」
「走れないよな?」
「うん、そこまで早く走れないと思う」
「じゃあガウルがドロップを背負って走れば」
ダンネの言葉に俺とドロップは顔を向ける。それだ。
つまり俺がドロップを背負って、さっき見た木まで駆けドロップの杖が白い花。原初の花を吸えばいい訳か。我ながら考えていて何ひとつ理解できない。仕方ないやるか。
「ダンネはここで待ってろ」
「分かった」
「ぼ、僕はどうしたらいいの?」
「ドロップは俺の背に乗って、白い花を吸えば良いんだよ」
「僕やり方知らないよ。バカラスのときだって勝手に」
「近づけばいいんじゃないか?」
「それで大丈夫かな?」
「俺が知るか。どの道、それしか手がない」
俺はドロップを背負って駆けるだけでいい。問題はそのドロップだ。大丈夫か? 俺はそっと立ち上がって岩の手の影から覗いてみる。明らかに木だ。人の形のように見えて木だ。暗闇のせいで距離感が分からない。近いのか遠いのか分からない。とりあえず元の場所へ戻る。
「ドロップ、ちょっと俺の背中に乗ってみろ」
「うん」
ドロップが俺の背中に乗る。俺は黙って立ちあがる。
「待ってよ落ちる」
「だよなあ」
背負うのは問題ない。問題なのがドロップは杖を片手に持っているということだ。つまり俺が駆けている間にドロップは片手で俺の肩を掴まなくちゃいけない。俺が全速力で駆けるとドロップが自分を支えられなくて落ちる可能性がある。
「しっかり肩を掴め肩」
「うん」
不安しかない。とりあえずドロップを降ろす。そしてまた座る。
「つまり、次の光と音が過ぎた瞬間にドロップを背負って俺が駆けると」
ドロップを背負うときに絶対もたつく気がする。ダンネが左手で自分の右肩を掴む。
「いっそのこと腕を首に回したら?」
それを見てドロップが真似をする。俺はさらに不安が増す。
「俺の首が絞まらないか?」
「ドロップは絶対にガウルの右肩、もう服を離さないで」
「分かった!」
絶対俺の首が絞まる気がする。
「いいか、絶対に俺の服から手を離すな」
「うん!」
「はいまた耳塞いでえ」
深淵の探究者が教えてくれるので俺たちは耳を塞ぐ。選考と音が終わった瞬間に、ドロップを背負って俺が駆けると。
閃光が消えた瞬間に俺はドロップに背を向ける、ドロップは俺に飛び乗るような形で背に乗り左腕を首に回して俺の右肩の服を掴む。俺はドロップの両足をしっかり手にする。地を蹴り一気に岩の手の影から出る。暗闇に見える枯れ木を目で捉え全速力で駆け始める。もうドロップは俺の右肩から手を離しそうになるが一生懸命に堪える。そして俺の不安は的中したドロップは左腕で俺の首を絞めるような形になる。とにかくドロップが白い花、原初の花を吸えばそれで終わりだ! 俺はそのままの体制で駆け続ける。そして近づくに連れ枯れ木の大きさに驚く。それは大木だった。枯れ木に白い花が無数に先始め全ての花が光輝いている。そして俺はひとつだけ枯れていく花を見つける。見つけたと言うよりどれか分かった。
「花が、花が落ちる」
ドロップの左腕が俺の首を絞めているので声が上手く出ない。なんとか枯れ木の足元まで近づきドロップはそっと俺の首を解放する。
「落ちるぞ!」
「どこ?」
俺は一生懸命指さす。ドロップはまだ見つけられていないらしい。
「あそこだよ! 枯れている花があるだろ!」
「分からないよ! どれ!」
「あるだろあそこに!」
枯れた花が光を纏まったまま地面にそっと落ちていく。花びらじゃないので真っすぐ落ちる。俺は無意識に飛び右手を伸ばす。そして右手に何か違和感がある。力強く握ると真っ黒な剣が俺の右手に現れる。その剣先を伸ばして枯れた花をなんとか地面に落とさずに済む。恐らくこれを落としたら大変なことになる。俺は開いてる左手を振ってドロップを呼ぶ。ドロップが杖を前にしながら近づいて来る。すると、枯れた白い花の光がドロップの杖に流れていく。どうやら上手くいったらしい。光が消えると枯れた花散り消え、枯れ木に咲く白い花も全て枯れ落ち、枯れ木は崩れ消えていく。光を漏らす巨大なヒビが音を立てずに消えていく。あたり一面真っ暗だ
どうやら成功したらしい。
「いやあ助かったよ。ありがとう」
振り返ると深淵の探究者が小さくなっている。巨大な枯れた種みたいなところから岩の腕が十本生え、種の背に蝙蝠の羽根が二枚。バカラスもそうだけど小さくなれるのか。
ダンネが深淵の探究者に目を輝かせている。
「さっきの話教えて!」
「さっきの話?」
「創の全てはこの世にあり!」
「あああの話ね。私は元々この世の存在じゃないの」
見れば分かる。と言うのは駄目だろうな。
「こことは別の世界の地中で静かに寝ていたの。明るいところ大嫌いだから。地表だと皆本当に平和に暮らしていたんだ。でもある日、光がそのときを終えてしまったの。あなたたちで言うところの太陽ね。だから地表は一瞬で凍てつく死の大地になった。だから人々は地中に掘って暖を取ろうとしたの。掘りに掘り続けまさかの私のところまでたどり着いた。光が消えたのだから後は皆死ぬだけだよと伝えたけど、可哀想だし暗黒の宙を全ての魂抱えて飛んだ訳。もちろん暗闇なんだから目的地なんて無いの。とりえず光を求めて飛んだものの、どこにも光は無いの黒一色。流石に困った私はそこで翼を止めたけど、そのときにあるお方が助けてくれてね! 全ての魂をそこに置いて私は深淵の探究を始めたという訳!」
何を言っているのかがさっぱり分からない。
「それってつまりどういうことですか!」
ダンネが真面目に尋ねる。
「この世はね、創の世つくりし者、理をもて魂与え。みたいな世界なんだあ。だから私はいま私を作ってくれた人の世界にお邪魔してるんだあ! そんな私がこの世を破壊できる訳ないじゃない! 恩を仇で返したら逆に消されちゃうよ!」
深淵の探究者は笑い声を上げるが口はない。俺は垂れさがっている岩の手を纏めて撫で始める。しっかり岩だ。
「私たち意外にも世界があるの?」
ダンネはまた尋ねる。すごいなよくついていけるな。ドロップは無表情でたぶん俺と同じ様に混乱しているのだろう。
「たぶんあると思うけど私は知らない。ひとりひと世みたいなもんだしねえ。そして私の腕で遊ぶなあ」
岩の手十本が一斉に俺を掴む。俺は流石に驚く。
「悪かった離して!」
俺は解放される。その内の一本が俺を指さす。
「ところで君だ、君がおかしいんだ」
「俺?」
「そう俺だ。本来ここは人の入る余地なし、私は海に落ちた人を見つけては、その人の欲する夢を見させて程よくして海辺に返す。みたいなことをしてるけど。あなたたちは眼をしっかりと覚ましている。そして私が見せる夢が実態になった。そうなると駄目なことがひとつある。思った人、亡くなった人の夢を見るとそれが実態になって存在しない魂の複製みたいなものが、さっきの枯れた木という訳」
なるほど。俺は両腕を組む。
「その顔は理解していないね?」
俺はしっかりと頷く。ダンネがまた手をあげる。
「なんだいキツネちゃん?」
「つまり、ガウルは無意識に誰のことを思い、それが亡くなっている人で枯れ木の異形となって現れたと言うこと?」
「そうだね!」
俺はダンネを真っすぐに見る。こいつすごいな、この話にしっかりついて行ってるのか。もうダンネに全部任せよう。俺は村の傍にある枯れ木で握った手を思い出す。俺はその人のことを知らない……あれは人なのか? 何も分からない。
「そう言えばバカラスが何か言ってたな」
全員が俺に顔を向ける。ダンネが「あ」と声を漏らす。
「縛りの契約、呪いによる保護」
それだっけ? 俺はもう覚えていない、難しいことが分からない。
「そもそもあのバカは君たちに何をした?」
「バカラスは私たちを襲ったけど何もしてないの。ドロップが……星空に流れて落ちてきて、それを見に行ったガウルが辺り一面の炎に囲まれて、枯れ木から伸びる黒い腕を手にしただっけ?」
ダンネが俺に正解か尋ねてくるが、なんとくなくそうだなと頷く。
「もしかしてバカは君たちに黄金のりんご飴を食べさせた?」
俺たち全員頷く。
「八咫の輝き食して守るか。あの馬鹿め、自分だけ楽しんで帰ったな」
俺はバカラスの言葉を思い出す。
「北へとりあえず行けと。何か言ってたなあ……彼の地は近く遠く」
「なるほどなるほどなるほどど。ここにいてもしょうがないか。諸君、とりあえずこれを食べなさい」
深淵の探究者は三本の岩の手を前に出し、手には薄くて真っ黒な何かが見える。
「なんだこれ?」
「深淵の塩昆布。ちょっとしたお守り」
俺たちは三人それぞれ手にして口にする。塩味がこりこりした食感が美味しい。
「あ、これ美味しい」
「念のため伝えておこうかかな。私の名前は深淵の探究者ヒキコウモリ。無理に覚えなくていいよ。本来人が私に会えることがおかしいのだから。じゃあね」
ヒキコウモリが岩の手を二回叩く。
外が見える船の中。船は揺れてるけどさっきほど酷くない。俺が船酔いでグッタリして、ドロップが杖を手に床で倒れ、ダンネが壁に寄っかかってグッタリしている。
たぶん……たぶん僕は帰ってきたんだと思う。
そこにポチとハチがやってくる。
「お前らこんなところで寝るな」
ポチとハチが僕たちを連れて船室に戻っていく。




