どうして私が、問題児たちと!?
「単刀直入に言う。ジークレント王子が、このままでは……留年する…」
え…それって私になんの関係が??
突然の学園長の呼び出しに、冒頭のセリフ。困惑しかなかった…
◇
夏を間近に控えた王立魔法学園の空気は、どこか浮ついていた。
長期休暇には、多くの生徒がそれぞれの領地へ帰り、家族や旧友との再会を果たす。もちろん、私もその一人。ベルンシュタイン伯爵領で待つ両親や、幼い弟の顔を思い浮かべ、あと数日でこの喧騒から解放され、可愛い弟に会えるとウキウキの私だったが…
「――リリアーナ・ベルンシュタイン、アレクシス・グレイフィールド。至急、学園長室へ」
昼下がりの図書館に響いた、魔法による呼び出しの声。
私の名と共に呼ばれた完璧な婚約者の名前に、周囲の令嬢たちが囁き合うのが聞こえる。
アレクシス・グレイフィールド侯爵子息は眉目秀麗、品行方正、生徒会長と絵に描いたような理想の婚約者。当然、憧れる女子生徒も多く、私のようなその辺の伯爵令嬢が婚約者であることに、納得いかない令嬢は数知れず。
私自身、政略とはいえ「なぜ、私…」と思っているのだ。対応は紳士で穏やか、不快なことなど全くしない。例え、それが、通り一編の婚約者の態度だなと思っていても…私自身、愛や恋などと言うよりは、完璧婚約者に見合うように、学業やマナーなど学ぶことに必死なのだ。
そんな二人揃っての呼び出しとは…いやな予感しかない…
私はそっとため息をつき、読みかけの魔導書を閉じた。
◇
重厚な扉をノックし、入室を許可された学園長室は、すでにおかしな緊張感に満ちている。
ソファに腰掛けるよう勧められることもなく、立ったままの私たちを見回し、白髭をたくわえた温厚なはずの学園長が、こめかみをピクピクさせながら口を開いた。
「さて、全員揃ったようじゃな。単刀直入に言う。ジークレント王子が、このままでは……留年する…」
その言葉に、空気が凍った。
そんな中、そんな言葉なんぞ、意に介していない生徒が一人…
燃えるような赤髪に、金の瞳。制服を着崩し、口元に皮肉な笑みを浮かべ、窓際に置かれた学園長の執務机の前に、ふてぶてしい態度で立つ生徒。この国の第二王子、ジークレント・フォン・エルストレーム殿下、渦中の留年王子、その人だ。彼は鼻で笑うと、面倒臭そうに言った。
「だからなんだ。別に俺は、留年したって構わんぞ」
「そういうわけにはいかんのです! 王族の留年など、前代未聞の大問題! 我々の首が飛びます!」
「知るか、そんなこと」
あまりの不遜な態度。けれど、誰もそれを咎めることはできない。相手は、王子様なのだから。
学園長は深いため息をつくと、懇願するような目で私たち……王子以外のメンバーを見回した。
「そこで、じゃ。王家と学園で協議した結果、ジークレント殿下には、夏休みを返上して特別課題に取り組んでもらうことになった。そして、ここにいる諸君には、チームとしてその課題達成をサポートしてもらいたい」
その言葉に、それぞれの反応が交錯する。
「まあ!!」
公爵令嬢のイザベラ・フォン・ヴァレンティン様は、頬を薔薇色に染め、恍惚とした表情で王子を見つめている。
「ひっ!」
薬学科のエマ・シュミット男爵令嬢は、小さな体をさらに縮こまらせ、怯えた子兎のように震えている。
「はぁ…」
魔法研究科のカイ先輩は、どこ吹く風といった様子で、窓の外を飛ぶ鳥をぼんやりと眺めている。
「…」
王子の背後に影のように控える、護衛騎士見習いのレオンハルト・バルトラム様はいつも氷のような無表情を顔に貼り付けていた。
「はぁ?」
アレクシス様は、完璧なポーカーフェイスを保ちながらも、その眉間に刻まれた皺が、隠しきれない不満を物語っていた。
そして、私は、ただただ困惑していた。
(どうして、私が……?)
頭の中に、疑問符が渦巻く。
王子の護衛であるレオンハルト様が参加するのは当然だ。
生徒会長のアレクシス様や、古代魔法研究の第一人者であるカイ先輩が、その優秀さゆえに選ばれたのも理解できる。
古代語や魔法薬学の知識なら学園一と噂されるエマさんが選ばれたのも、百歩譲ってわからなくもない。
課題の内容は知らないけれど、攻撃魔法の実技なら右に出る者はいないイザベラ様が選ばれたのも、本人がやる気なのだから、まあ、千歩譲ってよしとしよう。
問題は、私だ!
伯爵令嬢リリアーナ・ベルンシュタイン。座学の成績こそ、必死の努力で常に五位以内を維持しているけれど、決して首席を取れるような秀才ではない。
そして何より、魔法の実技が、壊滅的なのだ。
魔力量そのものが低いわけではない。けれど、私には致命的な欠陥があった。魔法を発動する際、魔力を大きく放出することができないのだ。
たとえるなら、巨大な水瓶に満たされた水を、ボール大の穴から一気に放出して相手を攻撃しなければならないのに、私にできるのは、針でつついた程度の小さな穴から、か細い水流をちょろちょろと流すことだけ。
攻撃魔法はもちろん、大規模な防御魔法や補助魔法も使えない。そんな私が、王子の留年回避という国家プロジェクト(と言っても過言ではないだろう)に、何の役に立てるというのだろう。
そして、何より、私自身にやる気もメリットも何もない!
「あの、学園長先生。僭越ながら、申し上げます!」
私は、震える声で一歩前に出た。アレクシス様の驚いたような視線を感じる。普段、私が人前で自分の意見を言うことなど、滅多にないからだ。
「メンバーの人選についてですが、私では、力不足かと存じます。もっと他に、ふさわしい方がいらっしゃるのでは……」
私の言葉に、学園長は困り果てたように眉を下げた。
「うむ……リリアーナ嬢の言うこともわかる。わかるのじゃが……」
学園長は一度言葉を切り、部屋にいる全員の顔をゆっくりと見回した。
「今回の件は、学園からのお願いではない。王族からの、たってのお願いなのじゃ」
王族からの、お願い。
それは、「お願い」という名の、絶対に拒否することのできない「王命」。
それはもう、「お願い」ではなく「強制」と言うのでは?
逆らえば、ベルンシュタイン家そのものが不敬罪に問われかねない。
私の足から、すっと力が抜けてい気、目の前が、真っ暗になった気がした。
かくして、私の夏休みは、開始される前に終わりを告げたのだった。
あー!私の…夏休み…
◇
「ここが、君たちが一ヶ月間、生活する『星見の寮』だ」
学園の敷地の最も奥、忘れ去られたように静まり返った湖のほとりに、その寮は建っていた。
蔦の絡まる石造りの壁、色褪せた屋根瓦、そして、長い間、人の手が入っていないことを示す、埃っぽい空気。馬車を降りた瞬間、私の頭の中に鳴り響いたのは、絶望の鐘の音だった。
すごい…古い…というか…ボロい…
同行した学園の職員が、事務的な口調で説明を続ける。
「ここは数十年前まで使われていた旧寮でな。最低限の魔法設備は生きているが、なにぶん古い。掃除も行き届いておらん。身の回りのことは、すべて自分たちでやってもらうことになる」
その言葉が、惨劇の引き金だった。
「こ、こんな場所で生活するなんて……ありえないわ! 侍女もいないのに、誰が掃除や洗濯をするっていうのよ!」
最初に悲鳴を上げたのは、イザベラ様だった。彼女の金切り声に、エマさんがびくりと肩を揺らす。
「うるさいぞ、女。ぎゃあぎゃあ喚くな」
心底うんざりしたように言ったのは、ジークレント王子だ。彼は腕を組み、仁王立ちになると、ふんぞり返って言い放った。
「だいたい、俺は王子だぞ。掃除や洗濯など、俺がするはずもなかろう」
「お待ちください、殿下」
その言葉を、冷静な声が遮った。アレクシス様だ。彼はすっと王子の前に進み出ると、少しも臆することなく言い切った。
「ここでは、我々は皆、一つの課題に取り組むチームです。王子であろうと、例外は認められません。規則通り、全員で当番を決めて、公平に分担すべきです」
「ほう? この俺に、指図するか。侯爵家の嫡男ごときが」
ジークレント王子の瞳に、危険な光が宿る。
そんな、一触即発の空気の中、
「ほう!これは古い建物だな…蔵書もかなり古い文献が揃っているようだ!なかなかいいぞ!」
勝手に、寮の中を探索しまくり、気の抜けるような声をあげる、カイ先輩…
ああ、もう嫌だ…家に帰りたい!
チームワークは、共同生活が始まる前に、早くも崩壊の危機…
結局、その場はアレクシス様が半ば強引に場を収め、一つのルールが決められた。
「力仕事である掃除は男性陣、食事の支度は女性陣、洗濯は各自で行う。これでよろしいですね?」
誰からも異論は出なかった。というより、これ以上、王子と生徒会長の睨み合いを見たくなかった、というのが全員の本音だろう。
さらに、アレクシス様は続けた。
「王子の留年阻止が目的ならば、課題とは別に、殿下自身の学力向上も必須です。午前中は、私とリリアーナで、殿下の座学の勉強を見させていただきます」
「は……はいぃ!?」
突然、話を振られた私は、素っ頓狂な声を上げてしまった。
私が、あのジークレント王子に、勉強を教える? 無理だ、絶対に無理!
私の内心の叫びなど露知らず、王子は面白そうに私を一瞥すると、「好きにしろ」とだけ呟いた。こうして、私の胃が痛くなる毎日が、正式に決定したのだった。
◇
その日の午後、寮の談話室に集められた私たちに、学園から正式な課題が記された羊皮紙が届けられた。
アレクシス様が代表してそれを受け取り、全員の前で広げる。そこに書かれていた文字に、部屋にいた全員が――ただ一人を除いて――息を呑んだ。
『課題:失われた古代魔法の再現。及び、夏休み明けの「魔法研究発表会」において、最優秀賞を獲得すること』
しん、と談話室が静まり返る。
失われた、古代魔法。
それは、数千年も前に失われたとされる、伝説級の魔法のことだ。魔法史の教科書にすら、ほんの数行、その存在が示唆されているだけ。解読されている文献など、一つもないはずだ。
そんなものを、たった一ヶ月で再現しろ、と? しかも、発表会で最優秀賞を取れるレベルで?
「む、むりですわ……そんなの、絶対に……」
イザベラ様の震える声が、全員の気持ちを代弁していた。
そうだ、無理だ!研究の途中で発表などすれば、最優秀賞どころか、笑いものになるのがオチだ。これは、留年回避どころか、私たち全員の恥を晒せと言っているようなものではないか。
え、なんだろうこれは…は!私たちを嵌めるための、悪い組織の陰謀とか?
全力で、現実逃避する私…
その、重苦しい沈黙を破ったのは、予想外の人物だった。
「――これは……面白いことになってきた」
今まで、まるで、お化け屋敷の探索にきた子供のように、寮内をフラフラしていたカイ先輩が、羊皮紙を覗き込み、その瞳を輝かせたのだ。その目は、まるで最高級の玩具を見つけた子供のように、好奇心と探究心で爛々と輝いていた。
どちらにしても、子供のようであることは変わらないが…
「この紋様……間違いない。『星詠みのアルカナ』だ。まさか、現存するとは……!」
私たちには意味の分からない言葉を呟き、彼はアレクシス様の手からひったくるように羊皮紙を奪うと、食い入るように見つめ始めた。
彼のその姿は、あまりにも研究バカ丸出しの変人だったけれど、不思議と私たちの心に小さな火を灯した。
そうだ。無理だと、不可能だと、諦めている場合ではない。
私たちの夏休みと、そして何より、ジークレント王子の進級がかかっているのだ。
不本意ながらも、私たちは、この絶望的な課題に、共に立ち向かうしか道はないのだった。
◇
「では、改めて役割分担を決定しよう。」
その日の夜、夕食を終えた談話室で、アレクシス様の仕切りのもと、作戦会議が開かれた。彼の指揮は的確で、混乱していた私たちの頭を冷静に整理させてくれる。
「まず、課題の核心である古代魔法の文献調査。これは、古代語に精通し、魔法理論に明るい者が担当すべきだ。カイ先輩、エマさん、そして座学を得意とするリリアーナ、君たちに任せる」
「まかせろ!」と元気よく返事をしたのは、カイ先輩だけだった。私とエマさんは、ただ小さく頷くだけ。
「次に、魔法を発動させるための魔法陣の構築。これは、精密さと高い魔力技術を要する。私と、攻撃魔法の制御に長けたイザベラ嬢で担当しよう」
「わ、私とアレクシス様が……! はい、お任せください!」
イザベラ様が、頬を染めて胸を張り、私の方をみてドヤ顔をした。この方、噂ではジークレント様のことをお好きだったのでは?顔がよければ誰でも良いのかしら…
「そして、魔法の動力源となる、魔力供給の核。これは、この中で最も強大な魔力を持つ、ジークレント殿下にお願いするしかない」
「……まあ、それくらいなら、やってやらんこともない」
王子は、不満そうながらも、自分の最も得意な分野であることに異論はないようだった。
いやいや、あなたのために全員、ここにいるのですが??
「最後に、レオンハルト殿。君には、我々が作業に集中できるよう、寮の周辺警護と、資材の運搬などの雑務をお願いしたい」
「承知いたしました」
レオンハルト様は、短く、そう答えた。
こうして、私たちの役割は決まった。
それぞれが自分の役目を再確認する中、私はふと、視線を感じた。
顔を上げると、部屋の隅に立つレオンハルト様と、目が合った。彼は、ジークレント王子の背後から、じっと私を見ていた。
すぐに逸らされたけれど、その瞳に宿っていた感情が、私には読み取れなかった。
時折、学園の廊下ですれ違う時に感じていた、あの視線。遠くから、何かを確かめるように、私を見つめるあの視線だ。
(何?どうして、私を……?)
憂鬱な場をもっと憂鬱にさせないでほしい…
ただでさえ、これから始まる一ヶ月の合宿生活は、決して平穏なものにはならないだろう予感しか無いのだから…
こうして、落ちこぼれの伯爵令嬢である私と、王子様と、婚約者と、個性豊かな仲間たちとの、波乱に満ちた夏が、静かに幕を開けたのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩
次回、リリアーナ怒る!
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