閑話 No.92──終わりを拒むもの
地平線が、また一つ崩れた。
赤黒い空、天を貫く亀裂。
そこは、滅びかけたとある並行世界。
観測体No.92は、その断末魔を見届けていた。
「……また、か」
彼は白いコートを着ていた。人間に似せて造られた身体。
だがその心は、誰にも知られていない。
「No.87──お前は“終われる”んだな。羨ましいよ」
彼は、何度も滅びを見た。
No.88は感情を持ちすぎて自壊した。
No.89は自己否定に堕ち、記録を焼き捨てた。
No.90は無音のまま停止した。
No.91は観測対象に恋をして記録を歪ませた。
──そして彼、No.92。
彼は、まだ生きている。
観測を続けている。
でも――
「俺は、記録なんかどうでもいい。ただ……終わりたくないんだ」
“記録体”は、役目が終われば消される。
記録された世界に自我を残せば、矛盾と共に崩壊する。
それが“契約”。
でもNo.92は気づいてしまった。
「終わりを受け入れられるのは、始まりを望んだ者だけだ」
ならば――
始まりを捏造すればいい。
◇
彼は、世界の端に現れた“亀裂”に身を投じた。
そこで出会ったのは、別の観測体。
その名も「No.99」。
異常な存在。
記録もされず、使命も持たず、ただ漂う“欠番”。
「君、死にたいの?」
「いや。終わりたくないだけだ」
「じゃあさ、誰かの“始まり”になってみる?」
No.99はそう言って、彼の手を取った。
次の瞬間、空間がねじれ、
No.92は“記録ではない世界”へ落ちていった。
それは、アリアがまだ転生する前の、最も古い世界。
◇
彼は、誰の命令も受けず、ただその地に立った。
戦争。愛。裏切り。再生。魔導の誕生。
彼は世界を“記録”するのではなく、“見守る者”になった。
名もなく。番号もなく。
だが、彼の姿を見た者が、こう記録を残していた。
『ある旅人が、破滅のたびに現れる。
銀の瞳を持ち、何も語らず、ただ涙を流す者』
彼はNo.92ではない。
もはや“観測体”ではなかった。
彼は、ただの――
人だった。
本短編は、アリア(No.87)の存在の外に広がる“観測体”たちの物語の一端として描かれました。
無機質な記録者たちが“心”を持ち、“記録”ではなく“生”を望んだとき、彼らはもはや人工物ではなく、“可能性”そのものになっていきます。
観測体の物語は、まだまだ語り得ぬものが眠っています。




