第69話
もう少し寝ていたいという思いと早く起きてベルカを手伝わなければと言う思いがせめぎ合った結果、、この男は前者を選んだ。
冒険者としてベルカへ借りたお金を返すべく奮闘するつもりが二日で謹慎処分となった身でありながら、もう少し寝るという大罪を犯してしまうのであった。
昨夜遅くまで不自然に(意図的に)残された食器類を一人で運び一人で洗い片づけたシバが眠りについたのはほんの一、二時間前だったので仕方がないと言えば仕方のないことなのかもしれないが現在の彼においては許されないのだ。
そして本来ベルカに起きるように言われた時間から一時間ほど経過しシバはベッドからはね起きた。
「シバさん、自分の立場を理解していないみたいですね。」
時計を見て慌てて一階に降りたシバを待ち受けていたのはもちろん優しく微笑むベルカだった。
今までは日中に食事屋として営業していなかった分ベルカ一人で朝食の準備等の業務が回ったが一人ではさすがに両方の準備は手が回らない。そこでシバやアイ、エイミーといった人材がやって来たのでお願いしているのだ。なおアイやエイミーはウエイトレスとしてシバはあらゆる雑用のためベルカと共に朝早くから仕込みをすることになっていたのだ。
「ごめんなさい、」
シバはその場で額を床に擦り付けるように頭を下げた。だが昨夜遅くまで片付けを一人でやっていたので仕方ないんじゃないかと内心思っていた。
「仕方ないと思ってますか?」
ベルカからシバの表情は見えないはずなのにベルカはそう言った。
「え"っ?」
図星を突かれシバは仁王立ちするベルカを恐る恐る見上げた。
「本来なら払うべき滞在費を一銭も払わず少しだけ使ってと言われ渡されたお金のほとんどを使い果たし、その借金を返済するべく冒険者として働くも二日で謹慎処分となった方が何を言うんですか?」
ベルカはにっこりと微笑み言った。今までで一番素敵な笑顔だった。それはすなわち過去最高に恐ろしいということを意味している。
ベルカの笑顔の圧力にシバは押さえつけられるような感覚になる。
「シバさんみたいな方を世間的になんと言うかご存じですか?」
「クソニートですっ!」
満面の笑みを浮かべてベルカは言った。
それからシバは働いた。それはもう必死に。あとから起きてきたエイミー、そしてアイまでもが引くレベルに。
そのおかげで何とか遅れた分を取り戻すには至ったがシバが朝食をとる暇もなく日中の食事屋の営業が始まった。
アイとエイミーがメイド服に着替えて準備を始めた。シバは厨房にて朝食で出た皿洗いの真っ最中である。
「ベルカお姉ちゃん、フォニア達もお手伝いしたいの、」
ベルカのもとへフォニアとアデルフィーがアイたちのメイド服姿を見ながらお願いした。
「お手伝いと言うかどっちかと言うとエイミーさんたちが着ている様なものが来てみたいんです。」
アデルフィーが白状したように照れた様子で言った。
そんな二人の幼女の姿に胸を打ち抜かれたベルカはものすごい勢いで二階に上がり再び戻ってきた。彼女の手には子供用サイズのメイド服が二着ある。
「実は二人の分も用意してあったんです。いつか着てほしいなって思っていたので。」
キャラが変わったように目の前の幼女がメイド姿をしているのを想像し悶絶しているベルカは二人にメイド服を渡した。
「エイミーさん、二人にこれを着させてあげてくだしゃい。」
近くを通りかかったエイミーにベルカはお願いした。
「あ、はい、」
(しゃい?それになんだろベルカさんよだれ垂れてたような、、)
ベルカの宿屋が日中は食事屋として営業し始めたということは別の形でこの都市に広まっていった。それはずばり”可愛いメイドがいる店”である。
その噂は一日で広まり現在テーブルは満席状態となっていた。そのためシバも自分で空いた皿を厨房に運んで洗っていた。
「なあ、お前はどっち派だ?」
「俺は断然ボインの方だな、意外と強気な感じがするし、」
「まじか、俺はあの無表情のクールな子だな、」
シバが皿をとりに行ったテーブルの近くの男性客二名がメイド服のアイとエイミーについて話しているのが聞こえてきた。
「でもやっぱり一番はベルカさんだよなー、おっとりとしていてあの優しい微笑み、最高すぎる、、」
「ばっか!お前、あのクールな子だろ、あのつつましい胸がさらに良い、」
なんて話をしているんだと呆れたようにシバは厨房に向かって行ったがよく見ると他の席でも男性客たちがメイド姿の女性たちについて密かに盛り上がってた。
「ま、まさか、これは、異世界人の本に書いてあった”メイド喫茶は最高”ということなのか!?」
(メイド喫茶、メイド姿のウエイトレスが客に対して自分が使用人のように振る舞う飲食店。メイド姿の女性にも様々な“属性”なるものが存在している。確か著者の異世界人はツンデレ妹属性(貧乳もしくは美乳なら尚良し)って書いてあったっけ。他にも無口無表情、セクシーお姉さん、清楚系、ギャル系、幼女、その他多数。でもどのメイド喫茶に共通して言えることがあるらしいんだよな。でもここはそれがない、だからここは完全なメイド喫茶ではない!)
それから客足も減り一時休憩となった。その際にシバが皆を集めた。シバの雰囲気は重苦しくその表情は真剣そのものだった。
「今、この店に足りないもの、そう、”おかえりなさいご主人様”だっ!」
「「「、、、」」」
意味の分からないことを堂々と自信満々に高らかに言うシバに一同絶句した。
「いやー、メイド姿で接客するのが異世界の文化でもあるらしいんだよ。メイド喫茶って言うんだけど、でも俺たちのは完全なメイド喫茶じゃないんだ。」
「完全なメイド喫茶って何なの?」
マーニが足を組みながら聞いた。ちなみにマーニは別にメイド服で働いていたわけではない。先ほどギルド支部から帰ってきたところだ。
「異世界では客を家の主人として敬い来店する客に声を揃えてこう言うらしいんだ、、”おかえりなさい、ご主人様!”と。さらにメニューの品物を客に出す際に手でハートを作り”萌え萌えキュンキュン”といったおまじないをすることで客が喜ぶらしい!」
「「「、、、」」」
実際にシバが身振り手振りを交えて熱く説明するも誰もついていけず場が静まり返った。
そこに遅れてやって来たメイド姿のフォニアとアデルフィーがやって来た。
「幼女キターーーーーー!」
メイド姿のフォニア達を見てシバは叫んでしまった。これも異世界人の本に書いてあったことらしい。
「シバさん、そんな変なことはしませんからね。」
ベルカがしっかりとした面持ちで言った。
「でも、もっとお客さんも来ますよきっと!」
「だめです。」
最終的に絶対服従のベルカの微笑みによってシバは早々に折れたのだった。
それからまた営業を再開した。その後も客足が途絶えることはなく昼休憩まで大盛況だった。昼休憩でベルカは一応手伝ってくれたフォニアとアデルフィーに特別におやつを作ってあげた。
ベルカにもらったお菓子を嬉しそうに食べた二人だったがすぐにウトウトし始めた。
「二人とも頑張りましたからね、午後はお昼寝させてあげましょうか、」
ウトウトするフォニア達を見て声を小さくしてベルカが言った。
「そうですね、二人とも張り切ってましたから、」
エイミーも二人の頑張りを思い出すように褒めた。
「じゃあ、私が部屋まで連れてくよ、」
マーニはそう言うとウトウトする二人に優しく声をかけ手をつないで階段へと向かった。
マーニがにフォニアとアデルフィーを二階へ連れて行っている時カランと客が来たことを知らせるベルが鳴りドアが開いた。一同がドアの方に視線を向けた。
入り口にはきれいな銀髪の女性が立っていた。
「申し訳ありません、今の時間は営業しておりません、一時間ほどで再開いたしますので、」
ベルカが丁寧に来店した銀髪の女性に言った。
「いえ、食事ではなく、その、ここに銀髪の少女がいるというお話を耳にしたので参りました、」
その女性は自信なさげにそう言った。
「失礼ですがその少女とあなたのご関係は?」
ベルカが鋭く尋ねた。
「母親です。先日この都市ではぐれてしまい、ずっと探し回っていたんです、」
その女性は目に涙を浮かべながら言った。
「ねえ、あの人魔族だよね、アデルフィーちゃんも魔族なんでしょ?だったら本当にお母さんなんじゃないの、髪だって同じだし、」
エイミーがシバとアイに言った。
「、、、たまにはあなたもちゃんとしたことが言えるのね。」
「はあ!私はいつでもちゃんとしてるわよ!」
アイのちょっかいにエイミーは食って掛かった。そこへフォニア達を寝かしつけに行ったマーニが戻ってきた。
「あの人誰―?」
マーニがシバに尋ねた。
「アデルフィーの母親らしいです、」
「ふーん、」
「とりあえず本人確認ということで連れてきますね。」
そう言うとベルカは二階へ上がり眠っているアデルフィーを抱きながら戻った来た。
「さきほどまで店の手伝いをして昼食後眠ってしまいました、なかなか起きなくて、、」
スヤスヤと眠った状態のアデルフィーに優しく微笑みながらベルカは言った。
「間違いありません、この子、アデルフィーです、食にがめつい子です、」
アデルフィーを見て涙を流しながら我が子との再会を喜ぶ女性にベルカはアデルフィーを引き渡した。
「確かにこの子の食べっぷりには驚きました。」
ベルカは、そしてエイミーたちもアデルフィーの食い意地の悪さを思い出し苦笑して見せた。
「本当にありがとうございました。」
女性はアデルフィーを抱きかかえ深々と頭を下げて店を後にした。
「よかったねー、アデルフィーちゃん、お母さんと再会できて、」
マーニが言った。
「そうですね、ですが、少し寂しいです。それにフォニアちゃんに何も言わずにお別れになってしまいましたし、」
ベルカはやや暗い表情で言った。
それから午後の営業が再開した。午後は午前ほど多くの客がやって来たというわけではないがそこそこ繁盛した。途中でシバが何やら色々と提案していたがベルカによって却下された。
一通り客もいなくなったところでフォニアが二階から降りてきた。
「起きたらアデちゃんがいなかったの、」
寂しそうにフォニアは言った。
「アデルフィーちゃんならさっきお母さんが来ておうちに帰ったわ、」
エイミーが優しく言った。
「アデちゃんはお母さんじゃなくてお姉ちゃんと二人って言ってたのに?」
エイミーの言葉にフォニアは首をかしげて言った。




