魑魅魍魎19
黒い光が徐々に収まっていく。
収まった光の中には黒い犬が鎮座していた。
犬の双眼は血のように赤く、真っ直ぐに敵を見据えている。
闇縛鎖術。
古来ではよく使われていた術だが、あまりにもリスクが大きいために現代ではほとんど使われなくなった禁術。
楿家はこういう禁じられた術を大いに活用することがある。
この闇縛鎖術とは、地獄の門番とされる闇犬を呼び出し敵を捕縛、滅することが出来るのだ。
だが、先程にも言ったように効力の高い術にはそれなりのリスクが付き物。
リスクは術を使用した時間に応じて違う。
三十分以内ならリスクなし。
三十分以上から二時間は二日は安静が必要。
二時間以上、もしくはそれ以上使用し続けた場合、命を落とすと言われている。
私もあまりこの術は使わないのだが、相手が相手ならば致し方ない。
三十分以内には決着はつく。
『グルルル…』
お稲荷さんが、魍魎へと斬りかかった。
いつの間にか変化している。
白の攻撃はまんまと避けられた。
が、そこを見計らっていたかのように闇犬は私が合図を出すまでもなく、バッと魍魎へと襲いかかる。
そして黒き鎖となり、魍魎をあっという間に捕縛してしまった。
「ぐっ…!」
がくんと膝をつく。
力も吸い取られているようだ。
魍魎は驚きはしつつも、何とか脱出を試みようとする。
が、この術を破るには相手側にそれ以上の力がなければ、絶対に破ることはできない。
いわば、不破の鎖。
この鎖に捕らわれたら最後、逃げられない。
「これで決着ですね。」
私がそう言うと魍魎、女将さんは悔しそうな顔をすることもなく私を見上げていた。
チクリと胸が痛んだのは、気のせいではないと思う。
これが最後…
伝えたいこと、たくさんあるのに。
隣にはお稲荷さんが来ていて、私の肩に手を置く。
私が合図を出さない限り、鎖はトドメを刺さない。
伝えるのなら、今だということも分かっている。
「女将さん、貴女は本当は…
こんなことするような人じゃないはずです。
なのに、どうしてこんなことを…?」
こんな、人を傷つけて楽しむような人じゃない。
フッと、女将さんは瞳を閉じて口元に笑みを浮かべた。
それは自嘲じみていて…
「私はね、元々人だったの。
昔はあちらこちらで戦ばかりでね…
私はその戦火に巻き込まれて命を落とした。
次に目が醒めたら、この姿になっていたわ。
幼児の姿に。
それは最初はすごく驚いたわ。
どうしてこんなことになっているのか、分からなかったもの。」
彼女は続ける。
全て話して、未練を無くすのだろう。
きっと誰かに聞いてほしかったに違いない。
そう思って、静かに耳を傾けた。
「色々整理しているうちに思い出した。
私は生まれ変わったら妖になりたいと願ったことがあったの。
この姿がそのせいだと言うことは理解できたわ。
それと同時に誰にも姿が見えないという悲しさを虚しさを知った。
たくさんの人に声を掛けても、誰も私に気づいてなんてくれなかった…」
"そこで初めて寂しさと孤独感を味わった。
だから、その腹いせに人魂を喰らっていた。
私はいつしか止められなくなっていた。
寂しかった、悲しかった…
誰でもいいから、私に気づいてほしくて…
喰らうことでその全てを忘れられた。"
だからあの町に宿を開いた。
生前の姿に化けて、人と接しその裏で人魂を喰らっていた。
妖になって初めて分かった寂しさと孤独。
長い時間。
それを一人で生きるのはあまりにも酷で、悲しくて辛い。
寂しさを埋めようとして人魂を喰らい始めたが、それはだんだんとエスカレートしていき町は滅んだ。
だから力を使い、何度も時を戻しては繰り返して…
彼女は堕ちるとこまで堕ちていた。
もう戻れなかった。
妖に生まれ変わったことを後悔した。
「でも、もう後悔はない…」
そう言って女将さんは微笑んだ。
私と女将さんの瞳が交差する。
「貴女という見える人に出会えたから。」
彼女の瞳から涙が零れ落ちた。
綺麗な透明な雫。
「また生まれ変われるなら、今度は人間がいいわ…
その前に、私は私の罪を償わなくてはいけないけど。」




