魑魅魍魎17
「辭。」
「何ですか、お稲荷さん。」
時刻は午後四時半。
私は女将さんにお願いして、夕食を多めに作ってもらった。
お昼を少なめ、夕食は多めに。
後に始まる闘いに向けて活力を蓄えておく。
モグモグとお稲荷さんと二人で食べる、女将さんの最後の食事。
すごく美味しくて、優しい味がするのに。
彼女は退治せねばならない妖だった。
そんなことを考えながら、白ダシで作ったお味噌汁を啜った。
「…覚悟は出来ているか?」
白に言われた最後の選択。
そんなこと聞かれなくても、私の中では答えは出ている。
いつもの彼の最後の質問だ。
もう一口、とお味噌汁を味わうように啜った後、私は瞳を閉じた。
「……はい。」
「…そうか。」
白のその言葉をしかと聞いた私は、瞳を開いた。
決意をその双眼に宿して。
食事を終えた私は、いつもの装束へと着替えた。
キュッと髪を結わえる。
まるで、全ての決意を結わえつけるかのように。
時計を見ると、五時を少し過ぎた辺り。
私は準備が出来たことをしっかりと確認し、すぐに宿を出た。
林の中へと入っていく。
もう夕暮れで木々をオレンジ色の光が優しく照らし出している。
幻想的な風景の中を私は黙々と歩いた。
肩口にいるお稲荷さんも一言も話さない。
祠へと着いた。
昨夜とは変わり映えのしない祠。
静かにそこに鎮座している。
後もう少しで逢魔が時。
妖達が蠢き出す時間、昼と夜の境。
祠の前に立ったまま、私はその時を待つ。
やがて夕暮れからゆっくりと夜の帳が空にかかり始めた頃。
逢魔が時がやってきた。
私は瞳を閉じた。ふわりと風が吹く。
ただひたすらに待った。
ザァ…
という風のざわめきの中、確かに聞こえた物音。
カランコロン…
それは昨夜聞いた下駄の音そのもの。
来た…
私は瞳を開いた。
カランコロンと下駄の音は近づいてくる。
自然と高鳴る鼓動、少し荒くなる息遣い。
ガサ…と音が背後で聞こえる。
カラン…と鳴った音は途中で途切れた。
理由は簡単だ。相手が歩みを止めたから。
確かに感じる妖の気配。
私は背後を振り返ることもなく、魍魎へと口を開いた。
「女将さん…」
例え返ってこなくても。
「貴女を、払いに来ましたよ…」
私は私の仕事をするだけだから。
キンッと甲高い音が響く。
彼女の持っていた刀が鞘から抜かれた音。
そこからは早かった。
彼女は私へと斬りかかり、私はそれを避けて蹴りを繰り出す。
そして彼女はそれを避け、また斬りかかってくる。
私はそれを避ける。
あっという間に、攻防戦という闘いが繰り広げられていた。
彼女の攻撃は中々鋭く、たまに掠るか掠らないかのギリギリでかわした。
が、チリッと頬を僅かに刀先が掠め、じわりと血が滲んだ。




