魑魅魍魎6
これは人の仕業ではない。人ならざる者の仕業に違いない。
彼女はそう思った。だからそういうことの専門でもある私達に依頼した。
部屋を出ていく寸前、女将さんは最後に疲れ切ったような顔でお願いします、と頭を下げてきた。
どうか、この町を元のあるべき姿へと戻して欲しいと。
切実な願いが込められた声で。
勇気を振り絞って事の経緯を話してくれた彼女にお礼を言いながら、私は軽い情報収集のつもりだったのに、いきなりとんでもない大元を引き当ててしまったと思った。
まさかこんなにもすぐに町の状況が分かるとは思わなかったのだ。
トントン拍子で情報が簡単に集まり、私は今までにないくらいの早さで任が終りそうであることに、ブルリと身震いをする。
これだけではない。
きっとこの町には他の何かが隠されている…
ような気がするのだ。
直感的に、だが。
視線は自然とお稲荷さんへと向く。
すると膝の上にいたお稲荷さんが、突然こんなことを言い出した。
「辭、今晩はやめとけ。」
「え…?」
一瞬、何についてやめとけと言われているのかが分からなかった。
けれど、白が言わんとしていることが何なのかはすぐに分かった。
今晩祠に行くと言っていたことについてだ。
理由は何しろ、祠には今晩行かない方がいい…いや、行ってはいけない。
危険、忠告であることを。
「…分かりました。」
ここは素直に白の言うことを聞くべきなのだろう。
少しでも私が変な気を起こせば、このお膝の上にいる子狐は憤怒しそうだ。
私の膝から降りたお稲荷さんは、スタスタと廊下へ通じる襖に向かう。
ガシガシ、音を立てて襖を開けようとしている。
「くそ、猫みたいに爪が伸びてないから開かねぇ。」
黙って見守り続けた結果、辭は襖を開けてあげることにした。
襖を開けてあげた際、白が恨めしそうに見上げていたのは見なかったことにしよう。
出て行く子狐の背中に私は問いかけた。
「お稲荷さん、今からお出かけですか?」
「あぁ、ちょっとこの辺りの妖から情報収集してくる。
もうすぐ“逢魔が時”だろう?」
そう言われて時計を見ると、六時前ー。
確かにあともう少しで逢魔が時だ。
「気をつけてくださいね。」
「俺を誰だと思ってるんだよ。
白狐だぞ?雑魚共に殺られたりはしない。
三十分で戻るから部屋を出るな。」
それから…と私の方を振り返りながら白は言葉を紡ぐ。
「もし、俺が三十分経っても戻らなかった場合でも、絶対に部屋から出るな。
…分かったな。」
お稲荷さんはそう言い残すと小走りで部屋を出て行った。
最後に出るなという言葉の杭を打たれる。
あわよくば、お稲荷さんがいない隙に部屋から出て…などという思惑を断念せざるを得なかった。
これは推測だが、部屋にはお稲荷さんの結界が貼ってある。
一歩でも私が部屋を出れば…
その時は私の力により結界は揺れ、その見えない波動がお稲荷さんへと伝わり、一発で出たことが分かる。
…なんて厄介な物を貼って行ったのですか、あの白は。
許すまじお稲荷さん。
心の片隅でボソリと毒づいてみた。
物は試し、とも言うので試しに部屋を出てみようと思ったが、後から説教されたくもないので止める。
結局、白が約束した三十分になるまで私は部屋で本を読んで時間を潰すしかなかった。




