魑魅魍魎5
温泉は湯気がたっているわりには、丁度いいくらいの温かさだった。
天然のお湯に癒された辭は、お稲荷さんと合流して部屋へと戻る。
赤い橋を渡り部屋に戻ったら、正にグッドタイミングで女将さんが食事を運んで来てくれた。
「失礼します。
お食事の準備をさせていただきますね。」
音も無くススッと襖を開けて入ってきた女将さんは、慣れた手つきでささっと食事の準備をしている。
この人は何か知らないだろうか。
最近祠にあった出来事とか。
女将さんの横顔を見ながら、そんな考えが頭を過る。
「準備ができましたので、どうぞお召し上がりください。」
「あ…ありがとうございます。」
それでは、と襖をまたもや音も無く開けて部屋を出て行こうとする彼女。
「あのっ…!」
「はい、いかがなさいましたか?」
を、私は引き止めてしまった。
えっと…と引き止めてしまったのにも関わらず、いきなり聞いてしまってもいいのだろうか。
つい勢い任せであったために、開きかけた口からは言葉が出ず、モゴモゴと吃ってしまった。
そんな私を女将さんは不思議そうに見ている。
引き止めてしまったのだから、やっぱり何でもないです、では済まされない。
私は二回深呼吸をすると、祠についての質問を彼女に投げかける。
「あの、町外れにある祠のことなんですけど…」
そう口に出すと同時に、口元にニコリと営業スマイルを浮かべた彼女の表情が引き攣ったのが分かった。
辭はそれを見てゾワリ…と鳥肌が立つ。
お稲荷さんも辭の膝の上で毛を逆立てている。
誰が見ても答えは同じ。女将さんの表情は、それくらい引き攣り強張っていたのだ。
「祠について、ですか?」
投げかけた質問は、表情と同様の硬い声で返ってきた。
まるで、この町の禁忌を覚悟を決めて口に出しているような。そんな声質。
「…はい。」
ゆっくりと私は返事をした。
「……楿様、悪いことは言いません。
あの祠のことについては、私以外の人に絶対お聞きしないでください。」
“私”以外には。
その言葉が妙に引っかかった。
いいえ、と否定してしまいそうになる。
だが今ここで否定してしまえば、もうこの人から祠について二度と聞けない気がした私は、彼女の言葉に素直に頷いた。
やがて女将さんは、信じられないかもしれないですが、と前置きにそう話すと祠のことについて教えてくれた。
***
話によるとその祠に異変が起こったのはつい一週間程前。
それは突然やってきたらしい。
この話を聞いた普通の人は、そんな馬鹿なことがあるかと疑い、決して信じようとはしないのだと。
でも、それが普通の反応。
私達術師ならば、それは妖の仕業と考え誠の話だと受け止める。
しかしその話は術師である私ですら聞き返してしまう…
耳を疑ってしまうような内容だった。
きっと誰もが首を傾げるに違いない。
何故なら町人が一人、掻き消えるという内容で。
フッと突然掻き消えるのだ。突風と共に。
更に不思議なことに掻き消えた町人のことは、女将さん以外は誰も覚えていない。
彼女が尋ねても、誰もが知らないと首を横に降るのだ。
そしてまた新たに町人が掻き消えると入れ替わりのように、それまで消えていた町人がフラリと戻ってくるのだとか。
戻ってきた町人は皆、魂が抜かれたかのような虚ろな表情で生活しているらしい。
そんなことが一週間前から続いているという。
不思議な現象はそれだけではなかった。
町人が一人掻き消えると同時に、女将さん以外の人は皆揃いも揃って町外れの祠へと足を運び、何か呼び出すのような呪を唱えていたのだ。
毎日、毎日。一日も欠かさず。
朝から晩まで、それは私が来る昨日まで起こっていたらしい。
しかし、私が来た時からは不思議な現象は収まっていると。




