Case4-1 天童の建勲
Case4-1 天童の建勲
――山形県天童市・京都市北区に織田信長公を祀る『建勲神社』は、全国に二社しかない稀少な社だ。
天童市では「建勲」、京都では「建勲」と呼び名を変える。
『建勲』は明治の時代に織田信長へおくられた称号である。
縁の神社が何故天童市に在するのか。かつてここには、信長の分家である天童織田藩があったからだ。
鳥羽伏見に始まった、新政府軍と幕府の争い。その戦終幕である『戊辰戦争』で天童織田藩が手柄を立てて得たことが所以する。
日本平定を志した歴史上の人物は、子孫によって神という存在へ押し上げられた。
建勲神社のご利益は『大願成就』『開運』『難曲突破』。現状打破や災難よけ、産業指導の神として崇敬されている。
境内に植えられた一万株のつつじの花言葉は――
「節度・慎み・努力・敬虔」。かつての革命児は、今や正しき秩序の守護神としてこの地に鎮座している。
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「なるほど」
「おい。一夜漬けで神社の資料をまとめたのに、それだけか」
「こういったまとめ方はとても新鮮でして。普通神社が建立されて何年とか、誰が立てたとかそういう事を調べるものだと思っていました」
「今必要な情報をまとめたんだ。歴史は頭に入ってるけど、今回の主目的はそこじゃないし」
「……そうですね」
東京から新幹線で二時間二十二分という距離にある山形県は、県土の75パーセントが山地で占められている。さくらんぼを代表するフルーツ栽培が盛んな地で、出羽三山の山岳信仰や芋煮という独特の食文化が有名だ。
地理は蔵王連峰、飯豊朝日連峰に囲まれ、中央に最上川が流れる。盆地特有の『夏は暑く、冬は寒く、雪が多い』という厳しい環境が敷かれている。
これが良質な食物を育むが、人間の努力は必至だろう。
そんな山形へ向かう新幹線の車中、神々廻はおろしたての革靴の中で足先を何度か動かした。
今回の事件は完全に鬼一が教える側になる。足先に伝わるなんとも言えない違和感と窮屈さ。しかし新しい何かを感じて、心の中がくすぐったいような気がしている。それは今の現況と重なっていた。
彼はもう一度昨夜まとめた資料を読み返し、首を傾げる。
神社についての調査が何の役に立つのか、彼は一向に理解できていなかったのだ。
鬼一は資料をカバンにしまい、左近から渡された事件資料を取り出して眺めている。ふと、神々廻の視線に気づいて目線をあげた。
「もじもじしてないで、さっさと言ってください」
「ハイ。神社を調べろって言われたけど、今回の事件に関係あるのか?」
「ありますよ。私たちが担当するものは『ファンタジー』な事件ですから。土地の神様にはご挨拶が必須です」
「え、参拝するってことか?」
「はい」
「別にいいけど……警察が事件解決に出張して、神社参拝が必須なのか……」
「不可思議なものに関して、課長は素人ですからね。こう言ったものは一度経験されてからご意見ください」
「素人は黙っとれ、って言われた気がする」
「然り」
「むむむ……それなら、今回まとめた調べ物は何が必要な情報だったのか教えてくれよ。不満なんだろ」
「概ね目的は果たしていますよ。ただ、ここに欲しかったものがあるか?と言われると微妙なラインです」
「どういう事だ?」
ため息を落とし、鬼一は神々廻に向き直る。
「質問に答える前に、一つお聞きしてよろしいですか?
末尾にあるツツジの花言葉、私にとっては信長公への正しい形容詞とは思えません」
「え……そうかな?」
「彼の性格として伝えられている『破天荒』や、『革命児』と言った部類とは別物ではありませんか」
「彼は合理的なんだよ。『人々の生活』に関しては真摯に向き合ってインフラ整備めちゃくちゃしてただろ?」
「へぇ……そういう評価なんですね。確かに、信長公は道路を作った人としても有名です。物流を整えれば産業が発展しますから、合理的でしょう。
多くの規格を統一したのでしたね」
「そう。信長は色んなことに厳格だった。新しく秩序を作って様々なものの規格を統一して、人々が暮らしやすいようにって細部まで考えていたってことになる」
「ロマンチストではないんですね?」
「現実的に考えただけだよ、彼は戦がなければ起業家だっただろうし……信仰と言うなら、自分自身の力を信じていたんだろう。
それも、支配が目的じゃなかったと思う。無秩序なものを統一し、規格化して管理して。暮らしやすい世の中にしたかったんじゃないか」
「人のために、と」
「うん。指導者がアイコンにならなきゃ人が着いてこないから、やり方としては奇抜にならざるを得ない。破天荒だったとしても、やってる事が地道過ぎる。本来の気質はツツジの花言葉と同じじゃないかと思った」
「ではそうだと仮定して、組織が大きくなるにつれ、彼の気質が運営を混迷させた事は?」
「うぐ」
「戦国時代ですから、優秀な人が亡くなるのは仕方ないでしょう。ですが、非道にも多数の武将をクビにしてます。例えば佐久間信盛とか」
「んぐぐ……」
「彼は殿をよく務め『退き佐久間』と呼ばれ、『名将』と評価されていました」
「たしかに、能力は高かった人だな」
「ええ。ですから、私が持った織田信長の印象は、能力があったとしても『上手くいかせていないのでは?』と言うものです。ワンマン社長の、ブラックベンチャー企業の様です。方針が良くてもついていけませんよ」
「……まぁ、たしかにすぐクビになっちまうしな。佐久間は立ち回りが下手だったんだろう」
「他の武将の台頭もありましたからね。優秀な下官を上に挙げ、時代が急速に進んだ。
内外政に戦にと器用にこなす佐久間も、凡庸に流されつつありました。利根坂の戦の言い訳、石山本願寺での放置プレイが不信感になったんでしょう」
「うん。会社でも言い訳ばっかのやつは良くないだろ?」
「それはそうでしょうね。でも、人材不足で仕事を山ほど任されて内政に奔走し、その上50代で戦場最前線に立たされた明智光秀については?」
「うぐぅ」
「ブラック企業は際限なく人を消費しなければならない。無理やりにでも前進し続けなければ斃れるからです。
徳川家康と比べると、方針がやや破壊的ではありませんか」
「時代の革命を起こすに必要だとは、思う。今までの秩序を壊さなきゃならんし」
「それについては同意です、信長の治世を研究した徳川の安定という結果もあるでしょうし。お二人の気質もあると思いますけど。
本質を見定める、といった部分では『ツツジ』に対してやや希望感が強いのではありませんか?」
「ハイ……」
やり込められた神々廻は、鬼一が視線を逸らさずにいると気づき再び首を傾げた。彼女はややあって僅かに目線を落とし、彼に聞こえないよう二つ目のため息を落とす。
「…………またガッカリされた」
「聞こえましたか」
「耳はいいんだ」
「イジケには突っ込みませんよ。課長は聞き分けが良すぎます。私は、もう少し言い返して欲しかっただけです」
「鬼一ならわかってると思って」
「そういう所、嫌いです」
「……ごめん」
完全にしょぼくれてしまった彼は、鬼一と同じように事件の資料を眺めている。歴史上の人物がいかな人であったかを知ろうとした時、それは残された資料や文献を漁るしかない。
神々廻は人の善性を信じた上で、信長公を真面目な人だと判断している。希望的観測もあるが、そう思えても不思議では無い逸話がないとも言いきれない。
結果がどちらに転んでもおかしくない先程のやり取りは〝神々廻がどんなプロセスでそう思い至ったのか〟を聞きたい鬼一が仕掛けた問答だった。答えきらぬまま、神々廻は彼女が全てを知っていて、考えを否定しているわけではないと感じ口を閉じたのだ。
(そういう所が危ういんですよ。山神に騙されたのも人の良さが招いたのでしょう。……でも、そういう所は嫌いじゃないです)
彼女は上がりそうになる口端を抑え、やや憮然として口を開く。
「神社の歴史や成り立ちを調べるのは、不可思議なものへ立ち向かう余力を得るため。神社参拝は、御祭神のお力を借りる目的もあります。
しかし、本当の目標は……土地に根ざす人々が、どんな気持ちでそれを打ち立てたのかを知ること。神社は歴史を背負っている、その背景は社歴から伺える。社歴は土地の人の心が見えるものなので」
「そうか、それで調べろって言ったんだな。今回は土地の因習が原因の事件だもんな」
「はい。因習というものは、同じく人が作ったものである、だからこそ原初を知る必要があります。何の目的で忌むべき風習を良しとするのか知らねば、追求できません」
「確かにそうだ。……挽回のチャンス、あるか?」
「私は今、課長が『ご自身の考えを発露するのが下手くそだ』と申し上げています。貴方が上官である以上、部下の信頼を得るための発言や指示は、明確にお願いします」
「ぐぅ……わかりました」
眉間を揉んだ神々廻は、ややあって背筋を正す。窓から差し込む陽の光を受けて黒の瞳を輝かせた。純粋無垢な彼は、柔らかく笑みを浮かべている。
「人のために『うつけ』を演じた人が、ただのブラックな社長には思えなかった。誰かの為に戦って、働いて、全部を良くしてやろうと頑張っていた彼は、『節度・慎み・努力・敬虔』を持っていなかったとして……後世の人がそれを感じたから、ツツジが植えられたんだって思ったんだ」
「なんだ、最初からそれを言ってくださいよ。納得しました」
「………………ハイ」
僅かに笑む鬼一を眺め、神々廻の笑みが深まる。欲しかった答えがこれなのだと知って、彼はメモを取った。
「鬼一は、優しい。と」
「おべっか使わないで貰えますか?メモするなら口に出さないでください」
「ハイ」
静かに走る車内で、再び沈黙が訪れる。二人は心地よい静けさの中でもう一度資料に目を通し始めた。
その冊子には、「天童違法埋葬事件」と書かれていた――




