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13 名探偵夏凛ちゃん行動開始?



 ピピピピッ

 軽快な電子音が鳴ったのを合図に、脇の下に挟んでおいた体温計を取り出してみる。

 36.1℃――平熱だ。


「オッケ、問題なしっと」


 あたしは体温計をケースにしまい込むと、こちらをまだ心配そうに見ているお母さんに問題なしと報告する。それから、ゆっくりと朝食を平らげた。

 雨に濡れまくったせいで崩した体調も、昨日一日ベッドと仲良しになっていたおかげで無事回復できたらしい。せっかく気分一新って感じでやる気を取り戻せたんだから、これ以上足踏みしたままでいられないあたしにはいいことだ。


 後はどうやって始音の――沓掛さんのことを調べるかだけど、さてどうしようかな?

 なんて考えながらも、あたしはいつものように登校準備を済ませ家を出て、いつもより一本遅い電車で学校に向かう。

 普段よりも数が増えた臙脂色の制服の群れに混じりながら登校して、ちょうど校門をくぐったところでばったり見知った顔と行き当たった。


「ぁ…………」

「…………っ」


 芸術品のように整った顔が、あたしを見てかすかに歪む。それでもなにも言うことなく沓掛さんは――長い髪を振り乱すように――顔を背けると、そのまま足早に校舎に向かっていった。

 頑なな態度を見せた元クラスメイトを見送ったあたしは、どうりで入学してから一度も彼女を見かけたことがなかったわけだと、腑に落ちた。通学時間が違ってクラスも違えば、部活に入ってない限りなかなか接点は見つからないものだから、と。


 そんな風に納得を覚えながら、憧れの人の相変わらずの冷たい態度に少し痛んだ心を抱えつつ、あたしは階段を三階まで上がって我が1-Aの教室に向かう。


「おっはよー、みんな元気!? あたしみたいに風邪引いて寝込んじゃったバカはいねーか!?」


 教室に入るなり、あたしは元気よく朝の挨拶を叫んでみた。すると、わらわらと砂糖に群がるアリのようにクラスメイトたちが一斉に集まってくる。……って、ちょっと多すぎない?


「おはよー夏凛。昨日どしたの? 心配したんだよー」

「そうそう。昨日の今日――ん? 一昨日の昨日?――だからさ、なにかあったんじゃないかってみんな言ってたんだから」

「……うん。始音の正体を、調べてみたら。うっかり、悪の組織に、捕まったんじゃ、ないかって」

「なにそれミク。そんなのあったら、ちょーウケるんですけど」


 ミクの発言は、とりあえず空気を軽くするためのものだと受け取るとして。たった一日休んだだけで心配してくれるクラスメイトたちに報いるために、あたしは満面の笑みを浮かべてみせた。


「あはは、みんな心配してくれてありがとね。でも、ゴメン。実は単に調子に乗ってシンギンインザレインしてみたら、うっかり風邪を引いちゃって寝込んじゃっただけなんだよねー。バッカみたいでしょ」


 あたしのてきとーな嘘をみんなが信じてくれたかはわからない。ただそれぞれなんだーって感じでほっとしてくれたみたいだから、真っ赤な嘘もちゃんと意味はあったんだと思うことにする。

 それでもまだみんな話したいことがあったみたいだけど、予鈴のチャイムがそれを邪魔してしまう。仕方がないって離れていくクラスメイトたちの中から、あたしはゆっことミクを選んで呼び止める。


「あ、ゴメン。ふたりとも、よかったら放課後時間取ってくれる? ちょっと相談? したいことがあるからよろしくね」


 二人とも一瞬戸惑ったように顔を見合わせて、けどすぐになんだか嬉しそうに頷いてくれた。




 ――そうして、あっという間に放課後になって。

 あたしはゆっことミクと一緒に、二階の空き教室に集まっていた。

 少子化が進んできたせいで、今では使われなくなった教室は少しだけ埃っぽい。そんながらんとした教室の中で、あたしは呼び出した友人二人と向かい合う。


「今日はふたりとも時間取ってくれてありがとね」

「……ん。ミクは別に、用事もない、から。気にしないで、くれていい」

「ボクも別に問題ないから、お礼なんていいって。弱小バスケ部の練習よりも、友だちの相談の方が大事なのはとーぜんなんだからさ」


 いくら弱小だからって部活動をおろそかにするのはどーかと思うけど、優先された側としては当然感謝の方が先に来るから、余計なことはなにも言わないことにして。付き合ってくれる二人にはちゃんと向き合わないと、だね。


「そっか。じゃ、早速本題に入っちゃうけど。――ふたりに相談、てか頼みたいことってのはあれなんだけど。ふたりとも、沓掛紫苑って子知ってる? あたしたちと同学年なんだけど」


 あたしが口にした彼女の名前に、ミクは小さく首を傾げて、ゆっこは視線を宙にさまよわせる。


「……ミクは、心当たり、ない、かな。……ごめん、ね」

「沓掛、ねぇ。それってひょっとしなくても、沓掛グループの御曹司……じゃなくってご令嬢だよね?」

「うん、そうだよ。ゆっこ、もしかして、心当たりある?」


 沓掛さんが特別視されていた理由のひとつを口に出したゆっこに、期待を込めてあたしは問いかけた。


「ボクは直接は知らないけど、バスケ部のE組の子から、同じクラスにお姫様って呼ばれてる子がいるのは聞いたことあるかな。確か、うん、沓掛さんって言ってたと思う」

「――っ!? それ、ホント――っ!?」


 ゆっこの答えにあたしは思わず飛び上がりかけてしまう。

 そのままの勢いでゆっこに抱きつこうとするのを自重して、ひとまず咳払いをひとつ。そうして、あたしは居住まいを正してから、ゆっこに向けて頭を下げた。深々と、できるだけ腰を曲げて。


 ――あの時、沓掛さんにしたものと同じように。


「それなら――お願い、ゆっこ。あたしをそのE組の子に会わせてもらえないかな?」

「え? えぇぇええぇぇ??? ちょ、ちょっと待ってよ夏凛。ど、どどど、どうしたの?」


 なぜか慌てふためいてしまうゆっこ。その隣で、ミクが息を呑む音が聞こえた気がした。


「どうしたの? って。あたしがゆっこにお願いするんだから、ちゃんと頭を下げた方がいいかなーって」

「いや、いやいやいや。夏凛がそんなのしないでよっ。いくらお願いがあるからって、夏凛にそんな頭下げられたら、ボクの方が困っちゃうからっ」

「……そーなの?」


 おかしいな。大切なお願いする時って頭下げるのふつーだよね。あたし、そんなに礼儀知らずに見えちゃってたりするのかな、もしかして。


「……ミクや、ゆっこ、だけじゃなくて、みんなも、だけど。夏凛には、いつも、お世話になってるから……。別に、頭なんて、下げなくても、みんな、夏凛のお願いなら、聞いてあげたいって……思ってる、はずだから。頭を上げて、欲しいって。ゆっこは、そう言ってる、と思う……」

「そ、そうそう、そういうことだから。ミクの言うとおりだからっ。だから、頭上げてよ夏凛。夏凛にそんな風に頭下げられたらさ、次にボクらが夏凛になにか頼むときには、もう腹を切らないとダメになっちゃうから、さ。ほら、ボクらのためにも、ね?」

「……う、うーん。よくわからないけど、ふたりが言うなら……うん、わかった。じゃあ、そーゆーことで、えっと、お願いしてもいいかな?」


 あたし的にはよくわからないけど、目の前の友人二人が言うならそういうことなんだろうと納得して、言われるまま頭を上げることにした。すると、ぶんぶんと頭を上下に振るゆっこの姿が見えた。

 あたしにはちょっともったいないくらいの優しい友人たち。彼女たちとのそんな関係こそ、あたしがこれまで積み上げてきたものなんだと思うと、なんだか少し誇らしい気分がする。

 結局特別にはなれなかったあたしだけど、それでもあたしなりにこれまで頑張ってきたことも悪くはなかったのかもしれないな、なんて。

 なんとなく微笑んだあたしの耳に、「あー、もう、ビックリしたー」なんてゆっこの焦ったような声が飛び込んでくる。

 その可愛らしい声に、くすくすと忍び笑いをこぼしてしまうミクとあたし。


 ……とまぁ、そんなわけで。最後はなんだかなし崩しになっちゃった気がするけれど、あたしのお願いは無事聞き届けられることになった。


「――そんじゃまあ、とりあえずボクは練習に参加してくるから。夏凛はよかったら見ててよ。休憩時間になったらE組の子――ヒビキのこと紹介するから」


 そう言って更衣室に向かったゆっこを見送り、あたしはとりあえず言われたとおりに体育館に向かう。……どうしてだかついてきたミクと一緒に。


「ゆっこ、がんばれーっ。ほら、ちゃんとリング見てーっ」

「……ふぁいと、おー」


 そうして始まったバスケ部の練習風景を、ミクと二人でてきとーに応援しながらコート脇で見学する。

 弱小だってゆっこが言ってたように、バスケ部の部員は結構少なめだ。全員でも10名くらいしかいないから、ふつーなら基礎連しかやらされない一年も二、三年と一緒のメニューをこなしているみたいだった。

 だから、なのか。部員たちの仲はいいみたいで、みんな笑顔で練習しているから見ているこっちも自然と笑顔になってくる。


 そうしてあっという間に一時間くらい経って、気づけば休憩時間になっていた。

 みんなちょっと疲れた様子でコートから戻ってきて、ドリンクを片手に思い思いの時間を過ごしているみたい。そんな中、ゆっこともう一人の部員がこっちに近づいてくる。


「ふたりとも、お待たせー。夏凛、こっちがヒビキね。ヒビキも、こっちが夏凛だからよろしくー」

「……結子(ゆいこ)、紹介するならきっちりして」


 ゆっこの雑すぎる紹介? に、ヒビキ? がしかめっ面で文句をつける。それからやれやれとばかりにため息をつくと、あたしに手を差し出してくる。


「結城さんだよね、はじめまして。(まゆずみ)(ひびき)です。いつもこのバカがお世話になってます」

「あっ、うん、はじめまして結城夏凛です。あ、あたしのことは夏凛でいいよ。ゆっこには……ああ、うん、そうだね。いろいろお世話してるかなー。黛さんも、その様子だといろいろ大変、みたいだね?」


 視線をちょっと上に上げながら、差し出された手を握り返した。


 161cmのあたしより頭ひとつ分は高いから、ヒビキの身長は170cmは超えてそう。150cmギリギリのゆっこと並んだら、凸凹コンビって感じがしそうだと思った。

 ゆっこよりもさらに短く、ほとんど刈り込んでいると言っていい髪型はいかにもスポーツやってるって感じがして、実に爽やかでかっこいい。


「ちょっとちょっと。なんかふたりとも、ボクのこと馬鹿にしてない? それとヒビキ、ボクのこと名前で呼ぶの禁止って言ってるでしょ。約束守れないなら、ヒビキのことこれからマユミンって呼んでやるから。やーい、マユミーン」

「はいはい、マユミンでもケシズミでもなんとでも呼べば。とゆーか、邪魔。時間ないんだから、夏凛が聞きたいこと聞けなくなったらどうするの? とりあえず、あんたはミクちゃんと適当に遊んでなよ。あ、わたしのこともヒビキでいいから、よろしくね」


 子犬みたいにじゃれついてくるゆっこを適当にあしらうと、ヒビキはあたしに向き直ってにっこりと白い歯を見せてくる。うーん、できるなこの人。


「それで、夏凛が聞きたいのって、"お姫様"のことだっけ?」

「あ、うん、そう。沓掛紫苑さんについてヒビキに聞きたいんだけど。……やっぱり、"お姫様"って呼ばれてるんだね、彼女」


 その呼び方に、中学時代を思い出してあたしは微笑んでしまう。相変わらずだなぁって思いながら。


「それで、あたしが聞きたいのは、沓掛さんとピアノについてなんだけど。中一で同じクラスだった時は、ピアノなんてやってなかった感じだったんだけど、高校ではどうなのかなって。確か吹部には、入ってないんだよね……?」

「そうだね、帰宅部のはずだよ。芸術も音楽じゃなくて書道のはずだから、"お姫様"がピアノ弾けるってのはわたしも初耳だったし。中学だって、わたしは三年の頃しか知らないけど、ピアノと関わってたって記憶はなかったからね。

 ……ま、イメージだけならあの子とピアノはぴったりくるから、別に弾けることに驚きはないんだけど」

「そっか、ヒビキもやっぱそうなんだね……。うーん、だとしたら他に誰に聞けばわかるのかなぁ。ヒビキは心当たり、ある?」

「うーん、どうかなあ。朝はいっつもギリギリに来て、帰りはすぐに教室出て行くし。お昼はお昼でいつの間にかどこかに行ってて、誰かとお弁当食べてるって話も聞かないから。そもそも"お姫様"のこと詳しく知ってるのって、誰もいないんじゃないの?」


 難しい顔をして肩をすくめるヒビキの言葉に、あたしもしかめっ面で肩を落としてしまう。

 孤高の人は相変わらずのようでそれはそれでいいんだけど、こんな場合はとーっっても困ってしまうわけで。こう、もう少し、誰かと交流持っててよと呪いたくもなってしまう。


「……あー、そういえば、だけど。中学時代に、音楽教師の誰かとなにか話しているのは見たことあったかも」

「えっ、ホントっ? そのセンセと、今でも連絡ついたりとかしない!?」

「ゴメ、名前もちょっと覚えてないし、確かその先生わたしたちが三年の夏休み前だったかに結婚するとかで学校辞めちゃったから、連絡取るのは難しいかなって。たぶん誰かは連絡先控えてるだろうけど、その誰かの心当たりがちょっとないんだよね。最近は個人情報どうこうとかで、連絡もいろいろ取りづらくなってるしさ」


 思わず食いついてしまうあたしに、ヒビキはすまなそうに両手を合わせて謝ってくる。つれないその答えに、ただ落胆してしまうことしかできないあたしだった。


「そっかぁ……」

「――だから、さ」


 がっくりうなだれてしまったあたしの耳に、ヒビキの落ち着いた声が飛び込んでくる。


「夏凛って、中一の時に"お姫様"と白羚でクラス一緒だったんでしょ。そっちのが付き合い古いわけだよね。だったら、そのときのクラスメイトにでも聞いた方がいいんじゃないかな。"お姫様"が小学校から白羚に通ってたのなら、もしかしてその時代のこと知ってる人だっているかもしれないかもだし」

「――――っっ!!」


 電流があたしの脳の中を走った気がした。

 その考えに全然思い至れなかったあたしは、本当にバカじゃないのと思った。

 確かにそれなら、あの時のクラスメイトの誰かなら、あたしが知らなかった沓掛さんのことについて知っていてもおかしくはなかった。


「そっか、そうだよね。確かに、それなら可能性はアリアリだよ。ああもう、どうして気づかなかったのかなあたしってば。――ありがとね、ヒビキ。この借りはゆっこにツケといてくれる? それじゃ――っ」


 いてもたってもいられなくなったので、あたしはお礼も挨拶もそこそこにその場を離れてしまう。猛スピードで、後ろも振り返らずに。


 ――逸る心に、急かされるように。

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