08.忠義
王城の廊下を歩いていたイーロスを捕まえる。手には可愛らしい花束をもって歩くイーロスの美しさは既に反則だ。
「ああ、丁度良かった。いまからアクローレンさんの仮眠室にセティからの花束を飾りに行くところだったんです」
「……ありがとう。その、それはお前の提案か?」
「セティがアクローレンさんの為に何かしたいというので」
「……そうか」
「もうすぐ学校を卒業しますし、これでアクローレンさんに頼まれていた僕の任務は終了ですね」
「任務?」
「はい、入学してすぐにアクローレンさんにセティは大事な女の子だから頼むと言われましたので、僕たちの卒業までの塵除けかと思い、できうる限りお勤めさせていただきました。お役に立てましたでしょうか?」
「……そうか。お前は、本当に忠義に厚い」
「お褒めにあずかり光栄です」
「ありがとう。助かった。お前が居なかったら、セティは誰かに攫われていたかもしれない」
「ええ。セティは本当に誰からも好かれる子でした。入学当初にアクローレンさんに牽制されなければ……私が攫っていたかもしれませんね」
「……脅すな」
「セティを苦しめた罰です」
「真摯に受け止める。ありがとう。俺もお前に返したい。何かあったら言ってくれ」
「……高くつきますよ、では二言はなしでお願いしますね」
「ああ。じゃあ、花をよろしくな。よく眠れるんだ」
「でもなるだけ自邸に戻ってくださいね」
「それは、俺をこき使う王城に言ってくれ」
「その件はもうクリアしています。私の卒業と共に優秀な者達を外交官になるべく育て上げました。アクローレンさんの元につかせますので、今後は今よりも時間が取れるようになりますよ」
「……お前、ほんと怖い」
「お褒めにあずかり光栄です。外交官を育てることはこの国の最優先事項と父から言われておりましたので在学中、私の同級生以下、優秀な者を取り立て育成してあります。ただ、私はアクローレンさんのように社交には秀でておりませんので、あとは実践において仕上げちゃってくださいね」
「お前には、敵わない、いろいろと」
「いえ、この世にはどうにもならないものがあると教えていただきました。私の方が、貴方に敵わない」
「……花は、俺が自分で飾ろうか」
「いえ。私は時間に余裕のある学生の身分なので、アクローレンさんの手を煩わせるわけに参りません。それにこれは……私が託されたので」
「……そうか」
「はい、では失礼いたします」
そういって花を抱えて歩くイーロスを見送る。可憐な花を見つめるイーロスの表情は幸せそうであり、切なくも見えた。だけど、俺が掛ける言葉はないのだろう。自分の稚拙さをこんなにも恥ずかしいと思ったのは後にも先にもこの時だけだった。
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可愛らしい女性だと思ったのだ。
野に咲く花の様にふわりと揺れる表情が優しくて。陽だまりに咲き綻ぶ笑顔にいつも癒されていた。
だけど、その笑顔は僕に向けられているものではなかった。
時を重ねてようやく僕にも心の底からの笑顔を向けてくれるようになった。だけど、彼女がその笑顔になる理由はたった一つだった。
「レン兄さま」の話をしているとき、本当に幸せそうにしている。だけど、僕はその笑顔を見ていたくって、いつも話を聞いていた。
僕に心を開いてくれるようになってからも、彼女の気持ちは揺れることなく「レン兄さま」で。いくら二人で楽しく話をしていてもアクローレンさんの姿を見ると「レン兄さまっ」と言って走り出す。
アクローレンさんが初恋の亡霊に囚われている間に彼女を無理やりにでも手に入れてしまおうかとも何度も思った。だけど、彼女の純真で無垢な様子に、そんな思いはかき消されていく。
彼女は汚されてはいけない、美しいままに初恋を遂げるのがふさわしいのだと、そう思えた。
だけど、二人で過ごす時間は甘美。
アクローレンさんが気づかないなら、気づくまで僕の幸福な時間を過ごすことにしよう。
だけど、僕の幸せなひと時は、ついに終わりを告げる。
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「イーロス。この度のことは、大儀であった」
「……」
「この度と言っても思い当たることが多すぎてどの事かもわからぬ程に、イーロスの実績は過多だな。まだ、卒業前だというのに」
「いえ、卒業までが私の任務と自認しておりました。残念ながら、卒業前にお気づきになったようで私の出る幕はもうなくなりましたが」
「この結果をお前が選んだのであろう。おまえがその気になれば、セティ嬢もお前に恋心を向けるように導けただろう。お前のその能力は国内随一だ。国内どころか世界に通ずるとも考えている。そして、そのことを悟らせない故に起こるジレンマ等も私は理解したいと思っている」
「殿下にそのようにおっしゃっていただけるだけで、私は果報者だと」
「果報者とは、イーロスのような臣下をもった私のことだろう。そもそも、恋を知らないフェンネラにその存在を気づかせたのもお前だし、研究所に入るよう促したのもお前だろう?」
「……まさか、そんな」
「よい。私の前で取り繕うな。姉のカリスマ性を上げるためにお前が爪を隠していることはわかっている。私は、一刻も早くお前の王城入りを待ち望んでいるだけだ」
「そのようなお言葉。過分にございます」
「ふっ、まあよい。私の賞賛の言葉ぐらいでは補えないだろうことはわかっている。だが、お前の能力を高く評価しているということだけは伝えておきたかった」
「……有難く存じます。殿下への忠誠は幼少時より変わらず抱いております」
「ああ、わかっている。だからこそ、私が報いたいとも」
「もったいなきお言葉。私こそが殿下にお返ししたい思いがあるのです」
「返すとは?」
「まわりから姉と比べられて育った私は、自己肯定感というものがありませんでした。ですが殿下が、初めて人前で失敗した私をそれでもいいとおっしゃってくださったのです。それ以来、私の忠誠心は殿下御身に捧げております。私の恋心より遙かに殿下への忠心が勝るのです」
「ふっ……そうか。わたしもその熱き思いに応えられる人間になろうと思う。そなたのその選択を裏切らないよう一層励むよ。イーロス。お前に精霊の加護があらんことを」
そういうとイーロスの周りでキラキラと金粉が弾け散ったように見えたがここはヘファイス国、幻だったのかもしれない。




