02.殿下の女神
フェンネラ様はお美しい方だった。
初めてお見かけしたのはまだ少女のあどけなさが見え隠れするころだった。父の職場にお弁当を届けたり、忘れ物を届けたり、といった中で幾度かお見かけした。
凛々しい佇まい、引き締まった表情に惹かれた。お見かけする度に目で追い、心に流れ込む温かな揺らぎに身を委ねた。
だがお弁当をたまに届けていた日々は、フェンネラ様が研究所に入所してからはなくなった。フェンネラ様が改革に取り組んだからだ。
研究施設には元々食堂はあったが利用者数が少なかった。研究者は得てして研究に没頭するものが多い。そしてその結果、食事に重きを置かない者が多い。
そこにメスを入れた。研究しながら片手で食べられるもの、摘まめるもの、汁気の無い食べやすいもの等を盛り込んだ。冷めてもおいしい、食堂も作り置きできるものといった効率化も図った。さっくりと好きな時間にとれる食事に研究者たちの評価も健康状態もすこぶる良いらしい。
「最近は、食堂の日替わりランチが楽しみだ」
と父は言った。スティックタイプの料理が好評で、このごろは研究員の好みも反映されるようになったらしく研究員の健康状況はかなり良い。ということは、研究成果だって良いのだ。
かわりに自分が研究所に訪れる機会が無くなった。父の健康改善は喜ぶべきものだったことはわかっている。だがしかし、と納得できない自分もいた。遠くからお見かけするささやかな日々が失われたのだ。
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ある時、殿下について友人たちが王城を訪れる機会があった。増築を重ねる最新の研究所とは違い、城は古き栄華を誇る場所だった。
この城の圧巻はなんといっても左右に伸びる階段翼である。広く優雅に伸びる華麗な階段は、在りし日々の繁栄を静謐に物語っている。
そしてその階段を滑り降りるようにフェンネラ様はやってきた。頬を上気させ愛しいメイテウス殿下の元へとやってきたのだ。後ろに控える私になんて目もくれずに。
「殿下っ」
「わたしの女神。そんなに急いて、なにか良い研究結果でも?」
「ええ。一刻も早く殿下にお会いして報告したいと思っていたらお姿が見えたので。はしたなかったですね」
「いや、感情に突き動かされたフェンネラを見るのも良いものだ」
(激しく同意いたします……殿下)
アクローレンは内心大きくかぶりを振ってうなずいたが、周りの友人たちは殿下の甘々発言にやられてしまったようで胸を押さえて悶えていた。
私は父から研究所での殿下の様子を聞いて免疫を付けていたのでスルーしてしまったが、よく考えれば確かに人前でする発言ではないように思える。
我が国の女神と評されるフェンネラ様と外見だけはまごうことなき王子の殿下のお二人が並ばれると一幅の絵画のようだ。芸術作品と言っても過言ではないその佇まいに胸がどきどきと高鳴った。
「結果については申し訳ないが後でゆっくり、二人きりの時に聞くことにしよう。今日は私の友人を連れている」
殿下は私達をフェンネラ様に紹介して下さった。美しい表情を崩すこともなく毅然と挨拶してくださったが掛けてくださる言葉は温かかった。
「殿下から皆様のお話はよくお聞きしております。
アクローレン様はとても人当たりが良く交友関係も広く、誰にでも分け隔てなくお付き合いされる方だとか。
ビットラジン様は何事にも真剣に向き合われる方で、周囲にも真っ直ぐに思いやりの心を向けられると。
クマーリン様はいつも冷静で周りの状況をよくご覧になっており、観察分析力が素晴らしい方だと。
デュモールサン様はムードメーカーでどんなときも周りを笑顔にしてしまう魔法使いだと。ね、殿下」
「ああ、私の素晴らしき友たちだ。こうやってフェンネラに紹介できたのはよかった」
「ええ。殿下の学院生活が垣間見えて嬉しいです。皆様、殿下をよろしくお願いいたします」
A「有難きお言葉。殿下のことは我々にお任せください」
「なんだ、アクローレン。学院での態度と全然違うではないか」
B「殿下。そういったことはスルーされた方がよろしいかと」
「ビットラジンも口調が違う」
C「それが社交というものでございます、殿下」
「デュモールサンはいつも通りだよな」
D「俺は魔法使いだからな、社交は必要ない」
「魔法使いの認識がおかしいぞ」
「ふふっ、本当に殿下のおっしゃった通りですね。仲が良くて羨ましいです」
フェンネラ様がくすりと口元を綻ばせたので俺は一瞬固まってしまった。まさかこんな近くでフェンネラ様の笑顔を見ることが出来るなんて…と歓喜に打ち震えていたら、友人達も固まった後、顔を真っ赤にしていた。さすがヘファイス国の女神様です。




