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竜の愛し子と魔法使い  作者: 中村悠
第五章 執務官アドニス 十六歳の秋
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03.魔導師降臨



 アドニスは目を閉じ大きく長く息を吐き、吐いて吐いて全て吐ききった後、目を見開いてここにいる者達へ歩行の補助魔法をかけた。



「聞いてください!今皆さんにほんの少しですが補助魔法を掛けました。少しの時間しか持ちません。ですがその間に少しでも早く入り口へ向かってください!」



 人々から喜びの声が漏れる。さっきまで力尽きて蹲っていた人が立ち上がってノロノロと歩き出し、重い足を引き摺っていた者はゆっくりではあるが歩きだした。

これなら間に合うかも、と思ったが万が一があってはならない。シェルター入り口までシールドを展開した。瘴気に襲われればすぐに吹き飛ぶようなものだろう。だけど、ほんの少しの時間稼ぎになれば、そう思いながら再び振り返る。だが黒い闇は押し寄せる津波のようにすぐそこまで来ていた。


文献でしか知らないが今回の瘴気はかなり大きい方だろう。アドニスから見える範囲だけでも全て黒霞に覆われている。この国の海岸線を覆いつくしそうだ。国の沿岸部が全てこんな状態なのかわからないが空中に浮かぶ魔法士たちに目をやるとそれぞれの間隔はさっきよりかなり広がっている。状況から推察するに大きな瘴気がやってきていることは間違いない。



(あの人数で防ぎきれるのかっ)



 そう思った瞬間、空に大きな魔法陣が浮かび上がった。青と緑の複雑な魔法陣が煌きゆらりと崩れたと同時にそこに一人の少女の姿が現れた。



(ああ、魔導師様がおいでくださった……)



 アドニスは心底ほっとした。これでもう安心だ。美しく可憐なお姿を見上げアドニスは体中の力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。





 魔導師は宙に浮かんだまま大きく腕を水平に振った。すると空間に大きな魔法陣がいくつも浮かび上がった。それらが先ほどと同じ様に煌きゆらりとした後、そこにたくさんの魔法士達が出現した。都の魔法士達だろう。現れるとすぐに空中を四方八方に駆け抜ける。そして町の彼方此方へと消えて行った。

そして一人の魔法士がアドニスの方にもやってきた。ああ、これでここの人達も助かったとようやく息を吐く、と同時に自分が息を詰めていたことに気づいた。


 アドニスの近くにやってきた魔法士は、地に降り立つと一瞬動きが止まった。そしてすぐにアドニスを見つけ凝視する。



(ああ、規則を破ったことがバレてしまったな。これで俺の魔法士への道は絶たれてしまった)



 だが、後悔はしていない。

シェルター入り口を見ると母と老婆が中に入るところだった。


これでいい。母が無事ならそれでいいのだ。母はこれからも誰かを助けながら生きていくのだろう。だが俺は……。

開き直った退学間違いなしの俺は、差し当たって魔導師様のお力を拝見させていただこう。こんな近くで見ることが出来るなんて二度とない。なんだか清々しい気持ちになった俺は魔法士の呼ぶ声も気にも留めず、魔導師様が良く見える場所を探し求め走った。






******







 黒霞が近づき海の上にはもう青空は見えない。波打つ音も全て蝗達の羽音に消される。地の底から響くような、空の彼方で轟くうねりの様な、空気を震わす黒だかり。近づくにつれて虫の小さな瞳が赤く揺らめいていることがわかる。


それらが海から勢いよく陸地に襲い掛かろうとした刹那、魔導師は腕を振った。指先から閃光が飛び出し一斉にシールドを展開したのだ。シールドが張られたとわかったのは、ゆったりと近づいていると思えた蝗達は実際にはすごく早いスピードで移動していて、シールドにぶつかっては霧散するのが見えたからだ。

等間隔に並んでいた魔法士達も展開するのかと見ていたが微動だにしない。魔導師様のシールドだけで防いでいる。その圧倒的魔力の大きさに驚く。

だが、瘴気の渦は次から次へとやってきて尽きることはない。透明だと思っていたシールドも度重なる衝撃に歪みを生み、視界が崩れてきた。

海上に目を向ける。先ほどまで見えなかった空の青さが目に入る。確実に虫達は減っていってるのだ。だが、シールドの歪みは大きくなってきており、ついに亀裂が入った。一度傷ついたところは脆くなり、一筋の裂が根を張る腫瘍のようにあちらこちらへと伸び始め。そしてとうとうシールドはヒビ割れた。全体に目をやるとほかにも何か所か割れたところがあるようだ。

 



「ああっ、あと少しだったのに」




 アドニスは思わず声に出してしまった。海上は青空が見えている。残りの瘴気の塊はあとわずかだった。だがシールドの割れた個所からかろうじて入り込んだ虫たちが勢いよく陸のその先へ進もうとする。

そこへ空中に控えていた魔法士達が一斉にシールドを展開した。魔導師様のようなクリアなものではないし、そこまで大きくもない。だが、ピンポイントで防ぐには十分であちらこちらで虫達がシールドにぶつかっては消えていく。魔導師様も大きなシールドを維持し続けることで、裂け目から抜けた蝗らを魔法士達が殲滅できるようにしているのだとわかった。


 あと少しで黒い瘴気も無くなるなと胸を撫で下ろした時、アドニスの近くの魔法士が作ったシールドが粉々に砕け散った。そのシールドは他の者よりも不透明だったので、アドニスはその魔法士の作るシールドから目が離せないでいたのだ。

あっと思った瞬間、何も考えずに空中に向かってアドニスはシールドを展開した。いや、してしまったのだ。













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