06.衝動
「申し訳ございませんでした!」
女性は、顔をあげようとしない。
が、部屋の空気が動いたように感じた刹那、ユーキの腕をユーリが掴んでいた。
驚いてオシアノスは、二人に目を向ける。ユーキが一歩踏み出したところをユーリがソファから素早く立ち上がって、制止したようだ。早すぎてよくわからないが状況から判断するとそういうことだろう。
「まあ、待て。今のお前はこの女性に飛びかからん勢いだ。物事には順序というものがある」
「っっっ、ですがっ」
「待てと言っている」
ユーリからは若干、圧が漏れている。わざと流すことでユーキを抑止したのだろう。そのあと打って変わったような優しい瞳を魔導師に向けた。魔導師は察したように女性へと声を掛けた。
「顔をあげて、ヘレネー。そして、謝る理由を聞かせてちょうだい」
ヘレネーは恐る恐るといった風にゆっくりと顔を上げた。それを見たユーキは声にならない。顔は歓喜の表情だ。
「私の行動がこのように皆様にご迷惑をおかけしてしまうことになり、本当に申し訳ございませんでした。
……あの日、私はたまたま魔方陣の部屋の前の廊下を通りかかりました。すると、不思議な気配を感じ、吸い込まれるようにというか、導かれるように部屋に入りました。入った途端、魔方陣がその、水の色に光ったと思うと、あの、そ、の方、が、現れまして。よくわからない衝動というか、気持ちになり、動揺してしまって、とっさに目の前の魔方陣に飛び込んでしまったのです」
先程へファイス国から戻ったヘレネーは、城内の騒然とした様子に首を傾げつつもいつもの如く真っ直ぐ研究棟に向かい自分の研究室に入った。途端、魔導師様の使いの文官がやってきて事情聴取のち、顔を青くしたまま一緒に竜の国へやってきたというわけだ。
ヘレネーの出入国に関しては、へファイス国への出向後、特別対応がなされている。
ヘレネーはミミルファ国に研究施設ができた後も数年間はヘファイス国で研究を続けた。ヘファイスの研究は奥が深く一朝一夕に習得できるものではなかったし、ヘファイス国へ魔力提供しながらのほうがへファイス国の研究がはかどるのも事実だった。
その後ミミルファ国に戻り研究施設に基本的には勤めているが、へファイス国との共同開発・研究でもあるため両国を行き来している状況だ。
なのでヘレネーの出入国は事前に大まかな予定で申請している。後は研究の進捗状況やその他の事情によって変更、もしくは事後報告と言ったラフな扱いを両国でしていた。それはへファイス国のフェンネラも同様。その為、ヘレネー自身、自分が転移魔方陣によって勝手に移動したことが重大な事だという認識が甘かった。
「私がヘレネーの勤務体制を失念していたのが、いけなかったわ。我が国にへファイス国を欺く気持ちはないのだもの。該当者がいないとわかった時点で直ぐに気づくべきだったのよ。番が誰なのか、ね」
魔導師が竜王を見つめ返すとそれが合図のように竜王は、掴んでいた力を緩める。途端に、ユーキは走り寄りヘレネーに傅いた。
「もう、逃げないでください。この感情に出会ってしまった私は、貴方無しでは生きていけない」
そう言うと手を伸ばし、ヘレネーを熱く見つめる。
「私、は、その、ひたすら、研究ばかりに打ち込んで、きて、なので、こういったことは、こ、こんな年齢なのに、は、初めて、で、慣れて、い、ない、のです」
「なおのこと、嬉しいですっ!」
ユーキはヘレネーが胸の前で祈りのポーズの様に組んでいる手を勝手にガシリと掴むと向き直り、竜王と魔導師に向かって高らかに言った。
「大変申し訳ありませんが、お休みをください!はなしたいのです。いえ、離したくないのです!
んん???は、話をさせてください。
とにかくっわたしと彼女に1日で良いので、一旦休みをください!」
頭を抱えながらユーリは大きな溜め息と共に言葉を吐き出す。
「へファイス国へ事情を話してからだ。休みはその後だ!」
噂に聞く竜の番とは、本当に恐ろしいほどに激しく重くそして勝手なのだということをオシアノスは理解した。いや、理解できない。
あの、朗らかなユーキの変わりようにオシアノスはかける言葉も見つからなかった。
後日。
「俺のマブダチ~~、とその婚約者さん!」
とエノシガルの王太子殿下と有名リゾートのお嬢様を平民の友達の様に紹介され困惑したヘレネー嬢であった。




