第3話:翳り
十二月に入った最初の週、妻から妙な相談を受けた。
「最近、家の周りを誰かがうろついてるみたいなの」
顔を強張らせ、彼女は不安げに私を見上げる。
最初は手の込んだ冗談だろうと思った。
何だ、担ぐつもりなのか。
茶化した私を冷たくねめつける妻の視線を感じて漸く、彼女が真剣に相談してきていることが分かった。そもそも、加奈はそういった類の諧謔を楽しむ性格ではない。
「確かか」
正直、面倒だなと思った。だがそんな素振りは見せず、話を聞くポーズを取る。
「ええ」
「いつ頃からだ」
「大体二週間くらい前からかしら。もしかしたら、もっと前からかも」
「何かされたか。例えばそうだな……石を投げこんできたとか」
「特別なことは何も。家の近くをうろうろしてただけよ。ただ、あんまり堂々と眺めてくるものだから、最初はあなたの知り合いかもと思って、声をかけようと思ったのよ。ただ、やっぱり怖くて」
少なくとも私には、他人の家を観察する趣味のある友人はいない。薄気味悪さを感じながらも、質問を続ける。
「容姿は。顔は見たか?」
「服装からして、女の人であることは間違いないんだけど。顔まではちょっと見えなかったわ。ただ、長い髪の毛ってことは印象に残ってる」
ふーむと声に出しながら、私は手を顎に当てた。一体何が目的なのだろう。
「警察には?」
加奈は鼻を鳴らして首を振った。態度を見るに、はなから期待はしていなかったようだ。
「交番で話したけど、パトロールを強化しますの一点張り。貴方も文句の一つでも言ってやってよ」
「勘弁してくれ。揉め事は苦手なんだ」
苦笑いしつつ、内心ではほっとしていた。話を聞く限りでは、せいぜい家の方を眺めるくらいで不審な行動は特になし。きっとここが弱いだけで、暫く放っておけばどこかに行くだろう。
加奈は私ほど楽天的に考えてはいないようだったが、その話はそこで途切れた。