表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅里の風  作者: 泉 五月
第二章
53/55

2-5

 

 阿耗あもう隊は、十四人になった。その中には、片腕が使えなくなった者や、足を引きずっている者もいたが、それでも引き返すことはなく、隊は前進を続けた。途中で後ろから来ていた隊に追いつかれ、集団は少し大きくなった。東のほうでは、罠も奇襲もまだないらしい。


「合流地点がいくつか決めてあるっつってたからな。全部が同じ場所を目指すなら、これから合流する隊はもっと増えるだろ」


 チギはあいかわらず、朱夏の前を歩いていた。腕の傷は布も巻かれず、放置されている。そもそも怪我をしていることに気付いていないのかもしれない。が、当の本人が平気そうなので指摘するのもやめた。


「合流地点って、どこなの?」

「とりあえずは、西からの尾根とぶつかるとこだろ。地図見たわけじゃねえから、詳しい場所は俺も知らねえけど。あいつが知ってるはずだ。……忘れてなければな」


 チギは先頭を歩く阿耗あもうに目をやった。

 タイゴの戦士が現れた時、阿耗は隊長らしいことを何一つしなかった。戦士たちから遠い場所で、自分より前にいる男たちを急き立てていただけだ。


「やっぱりあいつ、いざとなったらわめきたてるだけの役立たずだったな」


 それが、チギの阿耗あもうに対する評価だ。

 それに対し、チギは真っ先に戦士に斬りかかり、始終男たちを鼓舞していた。隊内では朱夏に次いで若いが、さすが傭兵団にいただけのことはある。チギは戦に出たのは十二だと言っていたが、傭兵である両親に小さい頃から連れ回されたということは、実際はもっと小さい頃から、戦場が身近にあったのかもしれない。周りの男たちも、チギに対する見方を、「生意気な餓鬼」から、「一人前の兵士」に改めつつあるようだった。傷の手当てをし、再度進軍を始めるまでに、チギの戦いぶりを褒める男たちは多かった。


 景色は変わらず、右手に崖、左手に茂る木々を見ながら進軍を続ける。傾斜がきつくなってきたところで、目の高さにきたチギの腰にぶら下がっている剣の持ち手が、少し前と変わっていることに気がついた。そういえば、タイゴの戦士と戦った時に、チギの剣は折られていた。


「それ……」

「あ?」


 振り向いたチギは、朱夏の目が自分の腰の剣にあることに気づき、それを引き抜いた。


「これか? あいつが持ってた剣だ」


 剣先を上に向け、チギが左右に刃を傾ける。


「あいつって、タイゴの戦士?」

「ああ」

「持ってきたの?」

「俺のは折られたからな。ちょっと短いけど、ものはこっちのほうがだいぶいい」

「そうなの?」

「ああ。俺の剣があっさり折られたの見てただろ」


 見てはいたが、それは単純にタイゴの戦士が馬鹿力なせいだと思っていた。あの体格ならば、そう言われても素直に頷ける。

 しかし、チギは剣の腹を撫でながら言った。


「タイゴの武器はいい。まあ実際、材料の鉄がいいのか、武器を作る技術がいいのか、それははっきり知らねえけど」


 チギは腰の鞘に剣を戻した。


「今あたしたちが使ってる剣と、タイゴの剣と、どう違うの?」

「どうって言われてもな……単純に強いんだよ。丈夫で、よく切れる」

「どれくらい?」

「どれくらい?」


 チギが朱夏の質問を繰り返し、顔をしかめる。


「そんなの、口で説明すんのは難しいけど……。まあ、実力が互角な者同士が戦ったら、タイゴの武器を持ったほうが勝つだろうな」


 チギの腰で揺れる剣に目を落とした。皮の鞘は元から使っていたチギ自身のものだが、その先に見える持ち手は赤かった。タイゴの戦士の頬に塗られていた、赤い線の色と同じだ。


「ねえそれ、ちょっと持ってもいい?」


 腰の剣を指差した朱夏に、チギは少し眉を上げたが、結局は鞘から抜いて朱夏に渡した。


「…………」


 手の中の剣は、少し軽いだろうか。チギの言うとおり、朱夏たちが使う剣より少し短く、わずかだが細かった。色味は明るく、撫でた刃先は鋭い。


「長さと幅が違うだけで、そこまで違いがあるようには見えないけど。何が違うの?」


 剣をチギに返しながら尋ねた。


「だから、見てわからないとこが違うんだろ。何が違うのかなんてわかってりゃ、こっちだって同じものを作ってる。折られた剣も、今お前が持ってる剣だって材料は鉄なんだからな。この山脈で特別な鉄が採れるのか、俺たちの知らない製法があるのか……」


 チギの話を聞きながら、朱夏は下央かおうの剣を持ってこなくてよかったと思った。キスパで修行した時に下央に借り、そのままずっと持っていた剣は、万理ばんりを出る時、宜安ぎあんの店の二階に置いてきた。黙って出て行くのに下央の剣まで持っていくのは気が咎めたし、兵士になれば、武器は支給されると知っていたからだ。もしも持ってきていたら、タイゴの戦士によって下央の剣も折られていたかもしれない。


「実力が互角なら、タイゴの武器を持ったほうが勝つ?」


 朱夏は先ほどチギ自身が言ったことを投げかけた。


「だろうな」

宋重そうじゅうとタイゴは互角なの?」

「俺たちの数が勝ってる限りはな」


 その答えは、戦の現状から予測できるものではあったが、口に出してあっさり認めることが少し意外でもあった。チギがその事実を恥ずかしいとも悔しいとも思っていないように見えることも意外だった。


「同じ人数だったら、負けてる?」

「完敗だろうな」

「やけに弱気じゃない」

「弱気も強気もない。事実を言ってるだけだ」


 淡々とチギは続ける。


「戦場じゃ思い込みや虚勢は何の意味もない。正しい判断ができるやつが生き残る。そのためにはまず、事実を認めなきゃいけない。俺たちの中で十人に一人すげえやつがいるとしたら、タイゴの戦士は十人いりゃほぼ十人がすげえやつなんだよ」


 どうやら、チギの中でのタイゴの戦士の評価はかなり高いらしい。


「さっきのやつらを見ただろ? たった二人で、あっという間に九人殺しやがった。タイゴの連中はほとんどがあんなのばっかだ。それに加えて、ここはあいつらの庭だからな。……そういや、話が途中になってたけど」

「何の?」

「タイゴが強い理由が何かって話してただろ」

「ああ……」


 思い出した。タイゴの戦士が飛び込んでくる前だ。そういえば話が中断していた。


「やつらには地の利がある。それに、武器がいいことと……それを活かせる頭と力を持ってること。俺たちが一年近くも山ん中にいる理由だ」


 チギが肩をすくめた。

 そんなに強いのなら、どうしてすぐにでも宋重を打ち負かしてくれないのか。――と、思ったがもちろん口には出さなかった。数の力というのは、それだけ大きいのだろう。


宋重そうじゅうの強いところは?」

「は?」

「タイゴが強い理由はわかった。じゃあ、宋重の強みはないの?」

「だから、数だ。一対一じゃ負ける。じゃあ二対一、三対一にすればいい」

「それはもうわかってる。他にないのかって話」

「他っつっても、それが一番確実な手段だろ」


 チギが嗜めるような口調になる。


「わざわざ変な手打って、一か八かの勝負をする必要はない。つぎ込める兵力があるんだからな。出し惜しみする必要なんてねえよ」


 武器も腕力も地の利もいいタイゴに対して、対抗手段が数だけとは、少し情けない気もするが、そこは朱夏の気に病むところではない。

 おい、と声がしてチギを見る。が、実際その声はチギではなく、チギの前のほうから投げられたものだった。チギの向こう、前に進む隊列の脇に、先頭を歩いているはずの阿耗あもうが腕を組んで立っていた。チギが隣に並ぶと、同じ速度で歩き出す。


「何だよ。隊長は偉そうに先頭でも歩いとけよ」


 わずらわしそうな態度を隠しもしないチギに、阿耗が頬を引くつかせる。


「その隊長の命令だ。今すぐその、なめた態度を改めろ」


 阿耗の大きな目が、チギを横から睨みつける。が、阿耗の身長はチギとそう変わらず、当のチギがまったく恐れていないため、どこか迫力に欠けている。


「今後は、さっきみたいに勝手なことは二度とするなよ」

「勝手なこと?」

「俺の指示も聞かずに勝手に動いただろう!」


 怒鳴る阿耗に、チギは首を捻った。


「指示なんか出してたのか? ああ……『おい行け』、『早く行け』って誰かがわめいてるのなら遠くから聞こえた気がするけど、まさかそれじゃねえよな?」

「……っ!」


 さっと顔を赤くした阿耗に、チギがため息をつく。


「文句言う前に、隊長らしいことしろよ。お前、タイゴの戦士に一回でも斬りつけたのかよ」

「隊長は、全体の指揮をするのが仕事だ!」

「たかが二十人のまとめ役が、将軍気取りかよ」

「お前っ!」

「はいはいはい。今度奇襲があれば、指示を待てばいいんだろ」


 あからさまに仕方なくといった様子のチギに、阿耗が口の端を震わせたまま、何も言えずにいる。


「でも、それならそれで、俺が動くより先に出せよな。さっきだって、やつらの気配に一番に気付いたのはこいつだぞ」


 チギが後ろの朱夏を指した。阿耗の目が、ぎょろっとこちらを見る。


「ならまず、俺に報告しろ!」


 完全なとばっちりだ。わざとやったのならチギを恨むところだが、チギは阿耗の矛先を自分に戻した。


「そんな暇ねえよ。それに、報告するまでもなく音はすぐ聞こえただろうが」

「お前は口ごたえするなっ!」

「怒鳴るなよ。せっかくいなくなった戦士に自分たちの居場所を教えるだけだぞ」


 そう言われて、はっと口をつぐむところが阿耗の小心を物語っている。チギは、阿耗は金でも渡して隊長になったのではないかと言っていたが、それではなぜ、この男は隊長などやろうと思ったのか。はなはだ疑問だ。


「とにかくだ……何かあればまず俺に言え。隊長は俺だってことを、ちゃんと覚えとけ!」


 抑えた声で言うと、阿耗は肩をいからせたまま、隊列の前のほうへ戻って行った。


「めんどくせえやつだな」


 ぼそっとしたチギの呟きが聞こえてきた。


「他の隊の隊長はどうなんだろ」

「能力がない上に、自分が向いてないこともわかってないやつは、そうそういねえんじゃねえの?」

「それじゃ、完全なはずれじゃん」

「だからめんどくせえって言ってるだろ」


 チギの返事にため息をつく。再び隊列の先頭に立った阿耗の後ろ頭を見ながら、先ほど浮かんだ疑問を口にする。


「何であいつが隊長になったんだろ」

「指名した小隊長の目がよっぽどの節穴だったか、金を握らせたか……。まああいつ自身の目的は、それこそ金だと思うけどな。肩書きがありゃ、後でもらえる金の額が多少違う」

「お金を出してなりたいと思うくらい?」


 さあな、と肩をすくめたチギは続ける。


「でもあいつ、みんなに言ってないことがあるからな」

「何?」

「あいつ昨日、ヨルヒとマッカルがいたら、絶対に殺せって言ってただろ。何でだと思う?」

「何でって……そういう命令だったんじゃないの?」

「そう、命令だけど。でも、命令には続きがある。どっちか一人でも殺したら、その隊には褒賞金が出るらしい。あいつ、そんなこと一言も言わなかっただろ」


 確かに、言っていなかった。


「何で?」

「もしも隊に褒賞が出たら、自分だけがせしめるつもりなんじゃねえの?」

「でもそんなこと、すぐ周りにばれるんじゃないの?」


 実際、チギはもう知っている。昨日後ろの隊の話を聞いていた時だろうか。


「ばれないと思ってるところがすげえよな。まあ、すっかり忘れて伝えてなかったって可能性もあるにはあるが。それならそれで、あいつはやっぱり隊長には向いてない」


 朱夏は小さくため息をついた。戦の後はどうせ宋重そうじゅうを離れるつもりでいるし、褒賞を独り占めされたところで、朱夏自身は構わないのだが、そんなことを考える阿耗あもうが隊長なのは、やはりどうかと思う。


 これ以上愚痴を続けても気が滅入るだけなため、無理矢理話題を変えた。


「宋重軍に、タイゴの戦士と互角に戦えるような人はいるの?」


 さっきチギは、数が勝っている限りは互角だと言った。武器の質はタイゴのほうがいい。それに加え、戦士たちは個の能力も高い。だから数で対抗しているわけだが、宋重軍の中には、戦士と一対一で対峙して、渡り合えるような兵士はいないのだろうか。


「そりゃ少しはいる。うちの隊じゃ前のほうにいる……名前は知らねえけど、あの、見た目優男はいい腕してる。さっきも、戦士に引けをとってなかった」


 チギは、前のほうにいる男を顎で示した。


「見てたの?」


 チギは休む間もなく目の前の戦士に斬りかかっていたのに、周りの状況が見えていたとは意外だ。


「ああ。全部は無理でも、だいたい誰がどこにいたかくらいは覚えてる。お前が俺を助けた時以外は、まったく戦士に向かって行かなかったことも知ってる」


 指摘されて、内心ひやりとした。

 気づかれていたこともだが、再出発してからいくらか時間はあったのに、これまでチギが、そのことについて一言も触れていなかったことが不気味だった。タイゴの戦士が現れた前と後で、チギの態度は変わっていない。けれど朱夏に対する評価は、変わっていたのかもしれない。

 振り返ったチギの目は真剣だった。


「怖いのか?」

「怖くない」

「じゃあ、次は戦え」


 チギは、阿耗よりよほど隊長らしい口調で言った。


「お前昨日、自分は戦えるって言ったよな? 大口叩くくせに、いざという時に戦えないやつは、はっきり言って目障りだ」

「…………」


 あの時、戦う気がなかったわけではない。それでも戦士に向かって行かなかったのは、チギが率先して斬りかかっていたし、狭い場所に剣を持った男たちがひしめき合い、入り込む余地がなかったし――と、言おうと思えばいくらでも言い訳は並べられた。でも、今さらそんなことをしても仕方がない。

 チギは、朱夏が戦うことを避けているのに気付いている。今はまだ、それを恐れからくるものだと思っているからいいが、次また同じような状況になれば、一体どう思うか――。

 いつどんな時でも、自分を見ている目がある。油断はできないということを、朱夏は改めて心に刻んだ。


 その日は日が落ちるとともに進軍を止め、野営に入った。野営といっても張る天幕もなく、火を灯すこともなく、ただ固まって体を休めただけだ。いつ来るかわからない戦士たちの奇襲に備え、誰もが声を潜め、剣を抱いて眠りについた。しかし、緊張に浅い眠りを強いられたその夜のうちに、タイゴの戦士たちが現れることはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ