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紅里の風  作者: 泉 五月
第二章
49/55

2-1 タイゴ

 

 冬になる前に手中に入れ、今は宋重そうじゅうの拠点となっているタイゴの集落、イックグは、想像していたよりも小さかった。集落に入りきらない兵士たちは、集落の周りの木を切り倒して作った空間にごった返しており、朱夏しゅかもその中にいた。

 城都の戈一かいつから、各地の増援を取り込みイックグへと送られた宋重軍は約三千。もといた軍勢と合わせると、総勢六千を越える数となっていた。タイゴの戦士が千にも満たないと目されている中、その六倍もの兵力を投入したことになる。


 イックグから山の中を北上しタイゴの本砦まで、直線距離でなら二日もあれば辿り着ける距離だ。だが、宋重軍は未だそれを成せずにいる。それは、ここが平地ではなく山の中であるということと、相手であるタイゴの戦士がとにかく屈強であることが主な原因だった。

 雪が解けてから砦への侵攻を試みた宋重軍は、大量の罠に進路を阻まれた上に、食料を積んだ荷駄を一部失った。そこへさらにタイゴの戦士による度重なる奇襲だ。起伏や障害物の多い山の中では、整然と隊列を組んで進軍することは困難な上に、地の利があるタイゴ側の奇襲に対し、宋重側は常に受身になり、翻弄され続けていたらしい。奇襲の人数は多くても三十人ほど、逆に少なければ三人しかいない時もあったという。それなのに、被害は決して小さくない。彼らの出現に気がついた時には、すでに何人かが地面に倒れていて、いざ加勢しようと周りが雪崩れ込むと、戦士たちはあっけなく身を翻し、さっさと逃げてしまう。じりじりと数を減らされ、砦に辿り着いたところで攻めきれないと判断した宋重軍は、途中で引き上げを決めたという。そこで拠点を築ければまだよかったが、その時残っていた数では、タイゴの奇襲に耐えながら拠点を守ることはできなかったらしい。そして、増援の要請となった。


 朱夏がイックグに着いたその夜、早速作戦は伝えられた。それは集まった六千のうちの約五千を三つの隊に分け、同時に別々の進路を進ませるというものだった。

 タイゴの奇襲部隊は、おそらく一つではない。だが、そのすべてが、同時に出ているわけでもない。つまり隊を分ければ、一つくらいは無傷で砦にたどり着く隊があるはずだという狙いだ。

 さらに今回の作戦では、「奇襲があっても、直接攻撃を受けていない隊はひたすら前進しろ」という命令が出ている。仲間に構わず先を目指せということだ。兵士は常時五人組を組まされているが、今回はそれを四つ集めた集団、二十人の分隊での行動が基本とされた。

 緊急時には隊を分解し、仲間を省みないことで、タイゴ側が狙う足止めを無効にする。さらにはその後それぞれの隊に独自に道を選ばせ進軍させることで、タイゴ側に的を絞らせない。いくら個々の能力が高いタイゴの戦士でも、ばらばらに動く二百五十もの分隊すべてに対処することはできないだろう。もちろん、何も問題がなければ、山脈の北にあるタイゴの本砦まで、千人を越す大隊のまま進むことになる。が、上層部は、そう易々とタイゴ側が砦に近付かせてくれるわけがないと思っているようだった。こちらの多くが奇襲に応じないとわかると、タイゴ側もまた別の作戦を立ててくるだろう。



「とにかく、明日からの進軍は、この二十人が基本だ。隣の隊が奇襲を受けても、やつらが掘った穴に落ちても、ひたすら前進するんだ。いいな?」


 少し早口でそう言ったのは、分隊長の阿耗あもうだ。阿耗は背が低く、目がでかい男だった。大きなその目が、時折周りの隊の様子を伺うようにぎょろりと動く。

 周りには兵士がひしめき合っていて、そこかしこで命令を伝える声や隊を鼓舞する声が聞こえてくる。阿耗を囲んでいる朱夏たちも、それぞれの肩が触れ合うほどの近さで座っていた。焚かれている火が少なく薄暗いため、そうしないと顔がよく見えないというのもある。


「なあ」


 声がしたほうを見ると、朱夏と同じ列の端のほう――阿耗を中心に弧を描いているため、朱夏から見ればほぼ向かい側に、目つきの悪い少年が胡坐をかいて座っていた。朱夏と同じか、違ってもそう歳は離れていないだろう。周りの大人たちに比べると、体つきもまだ細い。


「この作戦、ほんとに意味あんのか?」

「なに?」


 阿耗あもうが片方の眉を上げた。


「奇襲があったらばらけるっつっても、少ない人数でばらばらに進んだところで、それこそやつらの奇襲にやられるか、砦で待ち構えてるやつらにやられるのがおちなんじゃねえの?」


 少年のつっけんどんな口調に、阿耗が眉をひそめる。


「ばらばらって言っても、合流地点はいくつか決められてる。砦に着く頃にはまた、大軍になるって寸法だ」

「その合流地点は大丈夫なのかよ?」

「どういう意味だ?」

「ここはやつらの庭なんだろ。めぼしい場所は張られてるんじゃねえかってことだよ」


 そんなこともわからないのか、と少年の顔に書いてある。

 少年のふてぶてしい態度にかちんときたのか、阿耗は質問に対する答えとは違うことを口にした。


「おいお前、口には気をつけろよ。俺は隊長だぞ」

「どうせ昨日今日決まったばっかの隊長だろ」

「なに?」


 肩をいからせた阿耗あもうから、少年はふいっと顔をそらした。それは阿耗の態度に怖気づいたわけではなく、明らかに少年のほうから、阿耗の相手をする気がなくなったのだとわかった。だが、そんな態度をとられて、阿耗のほうが黙っていなかった。


「おいお前、名前は」

「…………」

「おい!」


 少年がわずらわしそうに阿耗を見上げる。


「何で言わなきゃなんねえの?」

「俺は隊長だぞ!」


 阿耗あもうの大きな目がかっと開く。しかし、それは少年には何の影響も与えなかったようだ。


「だからって、教えなきゃなんない理由は?」

「~~っ!」

「俺に構えば構うだけ、馬鹿に見えるってわかんないの?」


 鼻で笑った少年に、阿耗は言い返そうとして口を開けたが、咄嗟に言葉が出ないようだった。


「何でお前みたいな餓鬼が……」


 小さく舌打ちすると、忌々しげな表情を隠そうともせずに、阿耗が少年から視線を外した。その存在を視界から消すように体の向きも変えた阿耗の目が、朱夏の姿を捉えて止まる。


「お前……」


 目を凝らした阿耗あもうの眉間が、さらに皴を深くする。


「お前、まさか女か?」


 その声に、周りの視線が集まるのを感じた。

 しかし、確かに薄汚い格好はしているが、今の今まで気付かれていないとは思わなかった。すでに同じ隊の何人かには、話しかけられて朱夏が女だということは知られている。話していない者の中にも、わかっていた者はいただろう。朱夏の顔立ちと体つきで、男と言い張るのは難しい。だから今だって、阿耗以外に騒ぎ立てるような者はいない。阿耗が隊長になって、すでに半日は経っている。指示を仰ぎに隊を離れていた時間があったとはいえ、観察力がなさすぎではないか。

 朱夏自身、言葉では肯定も否定もしなかったが、阿耗が抱いた疑問はすでに確信に変わったらしい。


「お前、名前は?」

「……朱夏しゅか


 一瞬、先ほどの少年のように答えないという選択肢も浮かんだが、それはそれで面倒くさくなりそうで、聞かれたことだけを短く答えた。あいかわらず周りからの視線は感じていたが、朱夏は阿耗の顔だけをまっすぐ見上げていた。


「ちゃんと戦えるんだろうな?」

「じゃなきゃここにいない」


 朱夏が目をそらさずに答えると、阿耗あもうは不満げに鼻を鳴らした。


「前のとこから、厄介払いされて来ただけなんじゃないか?」

「たとえそうだとしても、ここで戦えれば問題ないでしょ?」


 阿耗の頬がぴくりと歪んだ。


「心配しなくても、あんたたちの足手まといにはならないから」


 朱夏はきっぱりと言った。

 阿耗の態度に苛立ったのはもちろんだが、それ以前に、もう大人しく振舞うつもりもなかった。芭胃ばいの砦では事を荒立てないように、目立たないように我慢して結局ああなったのだから、我慢するだけ損だ。相手を怒らせたところで、どうせ明日は戦場なのだから、互いに構っている暇などないだろう。それに加えて、先ほどの少年の態度に感化された部分もあったのかもしれない。


「……ふん。なら、遠慮なく戦ってもらうからな」


 吐き捨てるように言うと、阿耗あもうは朱夏から顔をそらした。

 横顔を向けたその大きな目の表面が、篝火を反射してぬらりと光るのを見ながら、朱夏は阿耗の隊長としての素質を疑っていた。

 今回、増援も加えて新たな編成になった上に、緊急時には二十人の分隊が基本になるということで、急ごしらえの隊長が増えていた。宋重軍は、百人の小隊からは明確な隊長が置かれているが、それよりも小さい分隊や組には、普段はっきりとした長は決められていないらしい。しかし、今回は隊が分かれる可能性がかなり高いため、それぞれの分隊に要となる人間を決めておくことになった。阿耗がまさにそれだ。小隊長から指名されていたが、理由は知らない。四十前後か、隊の中では年上のほうだから指名されたのかもしれないが、見た目で判断するなら歳ではなく、体の逞しさで選んでもよかったはずだ。阿耗以上に強そうな男は他にもいる。もしかしたら見た目以上の力や経験の持ち主という可能性もあるが、今のところそうではないほうに朱夏の勘は働いていた。頻繁に動く目線は注意深いというより落ち着きがなく、少年や朱夏の態度にすぐ苛立ちを見せるのも器の小ささを感じさせる。状況によっては出番のない、隊長という肩書きも大げさなくらいのただのまとめ役だが、それでも、目の前の阿耗がその役にふさわしいとはとても思えなかった。



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