第4話 二人目を出産
「一臣さん、陣痛みたいなんです!」
日曜日の朝、まだ7時前。隣で寝ている一臣さんを起こした。
「ん?なんだ?」
まだ一臣さん、寝ぼけてる。
「陣痛です。生まれるみたい」
「ええ?!」
慌てて一臣さんはベッドから起きて、国分寺さんに連絡をした。
「弥生は用意できるか?」
「はい、なんとか。まだ、陣痛の間隔が長いから」
お腹が痛くない時、着替えをしたり顔を洗った。一臣さんもさっさと着替えをして顔を洗った。
「荷物はこれだな」
「はい」
一臣さんはそれを持って、部屋に来た国分寺さんに渡した。
「壱弥はどうするかな。あ、起きてる」
「パパー」
壱弥、朝からテンション高い。
「壱、赤ちゃんが生まれるんだ。一緒に病院に行くか」
そう言って一臣さんが壱弥を抱っこしたが、そこに喜多見さんが来て、
「壱弥おぼっちゃまの着替えはわたくしがしますので、一臣おぼっちゃまは弥生様に付き添ってあげてください」
と言ってくれた。
助かった。けっこう陣痛が痛くなってきて、一臣さんに甘えたかった。
一臣さんは私の背中に手を回し、ゆっくりと階段を降り、応接間に連れて行ってくれた。
「椅子に座ったほうが楽か?」
「はい」
なんとか椅子に腰かけた。
まだ朝早いので、慌てて等々力さんも準備をしてくれているようだ。
「おふくろには国分寺さんから報告して。壱弥の面倒もあるし、病院には喜多見さんと日野にも来てもらえるかな」
「日野を呼んできます」
国分寺さんはすぐさま寮まで日野さんを呼びに行った。喜多見さんは壱弥と一緒に応接間にやってきた。そのあと、日野さんと一緒に樋口さんも走って応接間までやって来た。
そして、等々力さんの運転するリムジンが玄関前に到着し、それに私と一臣さん、壱弥と喜多見さん、日野さんが乗り込み、助手席に樋口さんが乗った。等々力さんはゆっくりと安全運転で車を走らせ、病院に着いた。その間にも陣痛の間隔は短くなり、一臣さんは私の腰を何度もさすってくれた。
壱弥は異変に気が付いているのか、それともまだ眠いのかとても静かだ。だけど、私が痛がると、
「ママ?」
と心配そうな声を出した。
「壱君、だ、大丈夫だからね」
なんとか壱弥に笑顔を向けるが、かなり引きつった笑顔になったかもしれない。
陣痛の間隔はどんどん短くなる。病院についた頃には、すでに5分間隔だった。
樋口さんが病院に連絡を入れてくれていたから、またもや病院の入り口で何人かの看護師さんや院長先生も出迎えてくれた。こんなに朝早いのに申し訳ない。
「いたたた」
お腹を抑えながら、なんとか病院に入った。一臣さんはそんな私の腰をさすりながら寄り添ってくれた。ああ、壱弥の時は、一臣さんがあとから来たけど、今回はずっとそばにいてくれてありがたい。
「ママ?ママ?」
壱弥は私が痛がると、とっても不安そうな声を出す。
「壱、大丈夫だ。ママはこれから赤ちゃんを産むんだ。その準備をしているんだよ」
パパがそんな説明をしても、理解できないらしく壱弥はとっても暗い顔をしている。
「屋敷においてきたらよかったかな」
「お二人がいなかったら、もっと不安がりますよ」
国分寺さんの言葉に、一臣さんも「そうかもな」と納得した。
「壱弥ぼっちゃま、大丈夫ですよ。すぐに可愛い赤ちゃんに会えますよ」
喜多見さんが優しく壱弥にそう言った。壱弥は少しだけほっと安心した顔を見せた。
「病室で様子を見ますか?」
婦長さんに聞かれたが、陣痛の痛みで答えられない。
「いたたた。痛いよ、一臣さん」
思わず一臣さんの腕をぎゅうっとつかんでしまった。
「陣痛の間隔がとても短いようなんです」
喜多見さんは壱弥を日野さんにあずけ、私の横に来て婦長さんにそう伝えた。
「一度陣痛室で子宮口がどのくらい開いているか見てみましょうか」
「う、お願いします」
なんとか一臣さんに支えてもらい、陣痛室のすぐ前まで連れて行ってもらった。
「2人目は産道もできているから、一人目の時より早くに生まれると思いますよ。では、ご家族の方は廊下でお待ちください」
婦長さんに付き添われ、陣痛室のベッドになんとか寝転がった。お腹が壱弥の時よりも大きくなって横になるのも一苦労だ。
「いたたたた」
辛い。腰も痛い。
「あら、もういつ生まれてもいいわね。破水もしているし、すぐに準備しましょう」
そう婦長さんは言うと、廊下にいるみんなにそれを伝えてから、分娩室に入っていった。
「弥生、すぐに分娩室に入るんだって?生まれそうなのか?」
「はい」
痛くてちゃんと答えられない。
「そうか。二人目は早いな。これから何時間もかかるかと思ったんだけどな」
「いった~~~~」
「弥生、大丈夫か?」
腰を一臣さんはさすってくれた。
「ママ~~」
私の寝ているベッドの横に来て、また壱弥が泣きそうな声を出した。
「壱君、ママ、頑張ってくるから、壱君も頑張って待っててね」
そうなんとか痛みをこらえて言うと、ちょうど準備が整ったらしく、婦長さんが呼びに来た。
「じゃあ、行ってきます」
一臣さんたちにそう言い残し、私はなんとか分娩室に入っていった。
そして、それから何分たったろうか。2~3回力んだだけで生まれてしまった。多分、10分もかからなかっただろう。
「おんぎゃ~~~~!!!!」
壱弥の時よりもさらに元気な産声だ。
「元気な男の子ですよ」
男の子…。
実は性別があまりはっきりしていなかった。でも、男の子だったのか。
「ほら、お母さんですよ」
助産師さんが赤ちゃんを私の胸に抱かせてくれた。
「可愛い」
真っ赤な顔をしている。壱弥よりも少し大きいかな。だけど、おさるさんみたいだ。
「さあ、きれいになってお父さんにも会いに行きましょうね」
助産師さんが赤ちゃんを連れて行った。ああ、きっと一臣さんも他のみんなも大喜びしているんだろうな。壱弥はどうかな。あんなおさるさんみたいな赤ちゃん、どう思うかな。
それにしても、あっと言う間だったから、あんまり疲れていない。壱弥の時は、ぐったりしていたけれど。だけど、看護師さんに車椅子を押してもらって分娩室を出た。
「弥生!よく頑張ったな」
「はい。でも、あっという間に生まれたから、とっても楽だったんです」
「そうだな。もっと時間がかかるかと思った。おふくろも間に合わなかったな」
「上条家にも連絡しましたので、そのうちにいらっしゃるかと思いますよ。それにしても元気な男の子ですね」
樋口さんが目じりを下げてそう言った。
「もう皆さん赤ちゃんに会ったんですね」
「ああ、会ったぞ。壱の時よりでかかったな」
「ママ~~~~!!!だっこ!」
「壱、ママに抱っこはまだ無理だ」
私のお腹の上に今にも乗りそうな壱弥を一臣さんが、ひょいっと抱っこしてそう言った。壱弥は一臣さんの腕の中でおとなしくなった。
「壱、お兄ちゃんになったんだぞ。弟ができたんだ。可愛かったろ?」
そう言っても壱弥は、よくわかっていないみたいだ。
病室まで看護師さんが車椅子を押して連れて行ってくれた。その後ろをぞろぞろとみんながついてきた。また大き目の個室なので、みんなが病室に入っても問題はない。
車椅子から降りてベッドに横になる時、さすがにふらついた。楽なお産とはいえ、貧血かな?くらくらしている。
「は~~~~~」
「弥生、大丈夫か?」
「はい。でも、やっぱり疲れているかも」
「荷物はここに置いておきます。着替えなどはクローゼットにしまっておきますね、弥生様」
「ありがとうございます、喜多見さん」
「ママ、かえろ」
一臣さんが壱弥をおろすと、すぐに私のところに飛んできてた。
「ごめんね、今日は帰れないよ」
「壱、しばらくはパパと二人だぞ」
一臣さんは壱弥の頭を撫でた。
「いや、ママかえろ!ママがいい」
「なんだ、赤ちゃん返りか?パパじゃいやなのか?」
「壱弥様、お屋敷にはたくさん壱弥様の友達もいるじゃないですか」
日野さんがそう言っても、壱弥は私の腕をつかんで離さない。
「明日は託児所に行くんだろ?友達にいっぱい会えるぞ」
「や~~だ」
あ、始まった。壱弥、最近すぐに「や~だ」って言ってきかないんだよね。すでに反抗期?
「やれやれ。まあ、まだここにママと一緒にいられるから、のんびりしよう、壱。とりあえず、他のみんなはいったん屋敷に戻ってくれ。樋口、帰る時には連絡を入れる。等々力か樋口で迎えに来てくれるか。リムジンでなくてもいいからな」
「かしこまりました」
「一臣おぼっちゃま、わたくしも残って弥生様の身の回りのお世話や壱弥おぼっちゃまのお世話をしましょうか」
「いいよ、喜多見さんも仕事あるだろ。それに家族みずいらずのほうが弥生も安心するし、俺ものんびりできるし。弥生の世話は看護師がいるし、壱の世話なら慣れてる」
「かしこまりました」
他のみんなは病室を出て行った。壱弥はきょろきょろと部屋を見回り、さっそくソファの上にドスンと座りに行った。
「壱、暴れるなよ。残ってもいいけどおとなしくしろ。でなきゃ、屋敷に戻すからな」
「うん」
あ、聞き分け良くなってる。ここでパパやママと一緒にいられるとわかって安心したのかも。
「ママ、ねむい?」
ソファから壱弥が聞いてきた。
「うん、眠いんだ。だからベッドで横になってるの」
壱弥はソファからおり、私のところに来ると、手を思いきり伸ばして私の胸のあたりをぽんぽんとたたきながら、
「ねんね、ねんね~~~」
と何やら歌いだした。わあ、子守唄を歌ってくれているのか。
「壱、優しい~~~」
涙が出そうになったが、目をつむって壱弥の子守唄を聞いた。
「壱、それじゃちょっとママが痛がるから、もっと優しくポンポンするんだ。このくらいだな」
一臣さんが声を潜め、それから私の胸のあたりをとっても優しくポンポンしてくれた。
「ぽんぽん」
壱弥のたたき方も優しくなった。あ~~~~、二人から優しくしてもらって、涙出てきた。
でも、次の瞬間寝てしまっていた。もっと壱弥のポンポン味わっていたかったのになあ。
目が覚めた時には、一臣さんの小さなぼそぼそと言う声が聞こえてきた。ソファのほうを見ると、一臣さんの膝の上で、壱弥が絵本を読んでもらっているようだった。
絵本をちゃんと持ってきたのか…。壱弥もおとなしくしていてくれたんだ。きっと、ママが寝ているから静かにしようとか一臣さんが言ってくれたのかも。
壱弥、最近反抗期かもしれないけど、でも優しいんだよね。まだ2歳なのに、どこでそんな優しさを覚えたのかな。いや、周りのみんなが優しいんだもん。壱弥だって優しくなっちゃうよね。
「ママ!」
私が起きたのに気は付いて、壱弥は一臣さんの膝から降りてベッドの横にやってきた。
「弥生、目が覚めたか」
「はい」
「さっき新生児室に壱と行ってきた。壱に弟だぞと教えてやっても、さるに見えるみたいだ。はははは」
え~~~、やっぱり?
「名前考えないとなあ。候補の中から何がいい?なにしろ、今回は性別もはっきりしなかったからなあ。女の子かもしれないけど、見えていないだけで男の子かもしれないって言われていただろ?で、一応両方の名前を考えていたけど、どうする?」
「一臣さんは?どの名前が一番いいですか?」
「う~~~ん。あんなにさるっぽいと思わなかったからなあ」
「いえ、今はおさるさんでも、すぐに変わります。それに名前と関係ないですから」
「そうだな。そうなんだけど、ピンと来る名前がないんだよなあ」
あ、一臣さん悩みだした。そのうち、ま、いっかってなっちゃうかな。
「壱は何がいいと思う?」
「さるしゃん」
「だから、さるじゃないって。だいたい緒方猿っておかしいだろう。猿二でも、猿次郎でもおかしいぞ。ぷ!くくくく」
自分で言って自分で笑ってるし。まったく。
結局、壱弥には私の1字が使われていることから、次男には一臣さんの臣の字を取り、臣ニと書いて、シンジと読ませることにした。緒方臣二。呼び方はしん君かな。
さあ、これからはやんちゃ坊主がもう一人増えるから、ますます大変で、ますますにぎやかになるんだなあ。




