第5話 臣ニ君、誕生
病室のドアをノックする音がして、一臣さんが開けに行くと、上条家のみんなが来てくれたようだった。
「弥生ちゃん」
おばあ様を先頭に、おじい様、お父様、卯月お兄様と奥さん、葉月までがやってきた。
「二人目無事出産おめでとう」
「ありがとうございます」
「じ~~~~じ!」
壱弥がお父様に飛びつきに行った。お父様のこと大好きなんだよね。
そしてなぜか、
「は~~ちゃん」
と葉月にも抱っこをせがんだ。
「よっこらせ。わあ、また重くなったな」
あの葉月と壱弥は気が合っている。会うと葉月がいろいろと遊んでくれるから大好きなんだよね。
「新生児室のほうを先に見てきたんだよ」
「しん君に会ってきたんですか?お父様」
「しん君?名前決まったのかな?」
「はい、一臣さんの臣とニって書いてしんじと読みます」
「それでしん君か」
「可愛かったわね。赤い顔して眠っていたわ」
「大きな赤ちゃんだな」
おばあ様、おじい様も嬉しそうに目を細めた。
「3500グラムあったんです。でも、とっても楽なお産でした」
「さるそっくりだったな」
葉月ならそう言うと予想ついていたよ。
「みなさん、どうぞ立っているのもなんだし、おかけ下さい。何か飲み物でも用意します」
「あら、一臣さんこそ座ってらして。私が用意しますよ」
「いえいえ、せっかく来ていただいたんだから」
一臣さんは紅茶を自ら入れてあげた。自分でもコーヒーや紅茶を飲むことがあるから、苦もなくさっさと入れてしまった。
「悪いなあ、副社長にそんなことをさせてしまって。誰か秘書とかいないのかい?」
「上条グループの社長が何を言っているんですか。あ、お義父さんには濃いお茶を用意しますよ。僕もちょうど飲みたかったので」
「悪いねえ」
「すごいな。まさかと思うけど、弥生が一臣氏にそんなことまでさせているから、一臣氏、お茶でもなんでも入れられるんですか」
「葉月、失礼なことを言うんじゃないぞ」
あ、卯月お兄様が怒ってくれた。ほんと、葉月って勝手なことをべらべら言うんだから。
「いや、自分のお茶くらいは自分で入れるよ。一人の時もあるし、弥生も大変な時もあるし。そのくらい葉月君もするんだろ?」
「まあ、するけど。一臣氏くらいになると、何にもしないのかと思ったから」
「意外かもしれないが、案外なんでもできるよ」
一臣さんはにこりと笑って、
「はい、どうぞ」
とお父様にお茶を出した。
「ありがとう」
お父様はお茶を飲み、
「うん、これはいつも弥生が入れてくれるお茶と同じだな」
と満足そうに言った。
「僕も渋いお茶が気に入ってて、弥生さんに入れてもらってから、自分でも濃いお茶を飲むようになったんですよ」
「そうか」
なんだか、ソファに座ってみんなゆっくりし始めちゃった。
そこに、
「弥生さん!一臣!壱君!」
と、思いっきりテンションの高い声でお義母様が入ってきた。
「あら!みんなお揃いでしたか」
「ああ、おふくろ。みんなでもう新生児室には行ったみたいなんだ。おふくろは会ってきたのか?」
「ええ、見てきましたよ。弥生さん、無事にお産が終わってよかったわね。国分寺が言っていたけど、とっても楽なお産だったって」
「そうなんです」
「一臣、名前は決まったの?」
「ああ、臣と数字のニでしんじだ」
「そう。しん君ね。社長は夜に来るって言ってたわ。どうしても抜けられないレセプションがあるんですって」
そこまで言いまくってから、
「私も喉が渇いたから、何か飲もうかしら」
とお義母様はあたりを見回した。ソファはすべてうまっている。
「あ、俺、いや僕はもう帰りますからどうぞ」
葉月が立ち上がった。
「は~ちゃん、かえる?」
「うん、帰るよ。壱、またな」
壱弥が寂しそうな顔をしたが、
「壱君、ば~ばと遊ぼうね」
と、お義母様が壱の頭を撫で、壱弥はすぐに機嫌を直した。
「おふくろは紅茶だな」
「あら、一臣が入れてくれるの?」
「ああ。嫌か?」
「いいえ、ちょっと驚いただけです」
お義母様はそのあと、おばあ様や、おじい様、お父様と話をし始め、一気ににぎやかになった。
その間、結局壱弥は一臣さんが相手をしてあげていた。
30分して、
「そろそろ帰りましょうか。あんまりうるさくしても弥生ちゃんが疲れてしまうものね」
とおばあ様の声でみんな立ち上がり、
「じゃあね、弥生さん、また来るわね」
とお義母様も帰っていった。
「壱、眠そうだな」
「ん~~~」
やけにずっと静かだなと思ったら、眠いのか。
「ソファにでも寝るか。それか、簡易ベッドでも用意させるかな」
一臣さんは看護師さんにベッドを用意してもらうように頼んで、しばらくはソファに壱弥を寝かせ、その上にバスタオルをかけてあげていた。
すぐに簡易ベッドを運んでくれて、用意ができると一臣さんはそっと壱弥をベッドに移した。
「しばらくは二人で過ごすのか…。壱、ママがいなくても寂しがらないかな」
「お屋敷には他にもたくさんの人がいるから、大丈夫だと思います」
「俺が寂しいな。弥生がいないと」
「それは私も...。壱君の時には病室から一臣さん、出社していましたもんね」
「今回もそうしたいが、さすがに壱がいたら大変だからな」
そうだよね。壱の世話を私がしてあげられたらいいけど、お風呂とかも入れるの大変だし。お屋敷で喜多見さんに手伝ってもらったほうが楽だよね。
「数日の辛抱だ。なんとかなるだろ。俺も壱に引っ付いて寝れば、眠れると思うしな」
「はい」
そうなんだよね。私でなくても、壱弥とでも一臣さんは眠れるから。寮にいた時も、そうだったもんね。壱弥と昼寝、よくしていたもんなあ。
昼ご飯は、病院の食堂に二人で食べに行った。ちゃんと忍者部隊が病院にも来てくれていて、見守ってくれているらしく、安心だと一臣さんは言っていた。
壱弥は私の検診で何度かこの病院には来ていた。3人で食堂にも寄ったことがあり、お子様ランチを食べるのを楽しみにしていたから、今日も喜んでいるだろう。
一臣さんが、本当に子煩悩でよかった。いつも壱弥の面倒を見てくれているから、こんな時も安心して預けられる。寮での生活も役立っている。お茶やコーヒーどころか、料理に洗濯、掃除までしてくれていたんだもん。さすがに上条家のみんなには内緒だから言えないけど。
それにしても、お義母様、テンション高かったなあ。前と雰囲気も変わっちゃった。
お昼を食べてから、どこで買ったのかおもちゃまで持ってにこにこ顔で壱弥は一臣さんと戻ってきた。そして、またソファに座り、おもちゃで遊んだり、一臣さんに絵本を読んでもらったり、お絵描きをしたりして壱弥はおとなしく遊んでいた。
私は赤ちゃんにご対面の時間になり、看護師さんに新生児室まで連れて行ってもらった。臣ニは顔を真っ赤にして泣いていた。お腹が相当空いているらしい。
早速おっぱいをあげた。久しぶりの感覚だった。
4時になり、テンションの高いお義父様がやってきた。
「じ~じ!」
こっちのじ~じも壱弥は大好き。壱弥にもおもちゃや絵本を持ってきたお義父様は、
「まだ新生児室には行っていないんだよ。壱君、一緒に見に行こうか」
と壱弥の手を取った。
「俺も行くよ。親父だけで行って迷子になっても大変だからな」
「大丈夫だ。でもまあ、一臣も一緒に行くか」
「さるしゃん」
「だから壱、猿じゃなくて弟だ」
「ははは。さるしゃんなのかい?」
そんなことを言いながら、3人は出て行った。明るい親子3代だ。
こんなにも明るくて楽しい家族に、もう一人増えるんだもんなあ。そんなことを考えるとわくわくしてきてしまった。
これから、どんどん子どもが大きくなってきたら、一臣さんと子どもたちと何をして遊ぼうかな。ああ、わくわくだな。
そんなことを想像しているうちに私は寝てしまい、目が覚めた時には、
「あ、目が覚めたか。壱弥が腹減ったっていうから、そろそろ屋敷に戻るよ」
と、一臣さんが私に言ってきた。
「え、帰るんですか」
「弥生の食事はここにある。寝ていたから置いておいた。食べ終わったらナースを呼べばいい」
「すみません」
なんだか、寂しいな。一人で食べるのか。
「じゃ、帰るよ」
「ママ、バイバイ」
あれ?壱弥、とっても素直。っていうか、もしかしてここにいるのも飽きた?お腹も空いたし早く帰りたい?
一臣さんと壱弥は病室をあっさりと出て行った。
「う...。まあ、いいけど。これからまた3時間おきに、おっぱいをあげたり、検診があったりして忙しくなるんだろうし」
そんなことを一人でつぶやき、冷めた夕飯を食べた。
翌日、昼間は亜美ちゃんやトモちゃん、モアナさんが来てくれた。夜6時を過ぎると、一臣さんも壱弥と顔を出してくれた。でも、壱弥がお腹空いたとぐずり、15分たらずでお屋敷に帰って行ってしまった。
壱弥、ママよりご飯か。まあ、ここにいると駄々こねられるよりずっといいんだけど。
実際、3時間おきに起こされているから、ちょっと寝不足だし。みんなが帰ってから、私はすぐさま横になった。
そのまた翌日は、細川女史、矢部さん、大塚さん、江古田さんが来てくれた。新生児室にも行って赤ちゃんを見てきたらしく、
「やっぱり赤ちゃんって、猿みたいよね」
と大塚さんに言われた。そして、大塚さんは細川女史に、
「そんなこと言うものじゃありません」
と怒られ、
「とってもかわいい赤ちゃんです」
と江古田さんは、大塚さんをにらんだあとにそう私に言ってくれた。
「大丈夫ですよ、大塚さん。壱君もさるしゃんって言っていたし、一臣さんなんて、名前を考える時、猿次郎とか言って笑っていたぐらいだから」
「猿次郎?え?猿次郎に決まったの?」
「まさか!臣ニって名前になりました」
「ああ、びっくりした。一臣様、勝手に猿次郎ってつけちゃったのかと思ったわ」
そんなことを言って、さすがに細川女史も笑い、しばらくみんなで大笑いをした。
あっという間に退院する日が来た。一臣さんは仕事を午後あけてくれて、壱弥と一緒に迎えに来てくれた。喜多見さん、樋口さんも一緒だ。
でかいリムジンでのお出迎えで、周りにいた人たちも驚いていた。さらに院長先生、婦長他、何人かの看護師さんまでが見送りに来て、思いきり目立ってしまっていた。
それも、でかい図体のSPまでがいて、いったい何者?って思われていただろう。
しん君をベビーかごに入れ、私たちはリムジンに乗り込み、お屋敷に向かった。壱弥はパパに相当なついていたらしく、車内でも私ではなくパパにベタベタしていた。
だが、お屋敷の部屋に入ると、
「ママ~~~~」
と突然甘えてきて抱きついてきた。もしかして、今まで甘えるのを我慢していたのかなあ。
「ただいま!これからはママも一緒にいられるよ」
そう言って壱弥を抱きしめた。壱弥はしばらく私の胸の中に居座っていた。
「甘えん坊復活だな」
「今まで我慢していたのかな」
「そうかもな。弥生が病院のベッドにずっといたから、壱なりに気を使っていたんだろ。屋敷でもいい子にしていたんだぞ」
「そう。壱君えらかったね」
「うん」
「まあ、みんなが代わる代わるに様子を見に来たり、ダイニングでも遊んでくれたから寂しくはなかったよな?」
一臣さんの言葉に壱弥は首を横に振り、また私のことをぎゅうって抱きしめてきた。ああ、やっぱりママがいなくて寂しかったんだな。
「だけど、しばらくはママもパパも赤ちゃんの世話で忙しくなるんだ。壱も手伝ってくれよ。頼りにしているからな」
「……」
あ、壱弥、返事しない。まだ私の胸に顔をうずめたまま、じっとしている。
「いいなあ、俺も弥生の胸に顔をうずめたいのになあ。パパだって我慢しているのに、お前はいいよな」
あ、とうとう一臣さんがすねちゃったよ。
「う、う、うえ~~~ん」
「あ、しん君おっぱいかも」
「そうか。しん、おっぱいか」
優しく一臣さんは抱き上げ、私の座っているソファまで臣ニを連れてきてくれた。
壱弥はおっぱいをあげているところを、じいっとすぐ近くで眺めている。
「壱もこうやってママのおっぱい飲んで大きくなったんだぞ」
一臣さんが壱弥の頭を撫でた。
「壱、プレイルームでも遊びに行くか。な?弥生。壱がいると眠れないだろ。どうせ夜中に何度も起こされるんだ。今のうちに寝ておけよ」
「でも、一臣さんも」
「俺は大丈夫だから。壱、行くぞ」
「うん!」
あれ?素直だなあ。壱弥、パパに遊んでもらうのが大好きなんだな。それにしても、一臣さんが色々と気を使ってくれて助かる。
臣ニのおっぱいも済み、おむつ替えも済んで、すぐに寝てくれて私も部屋着に着替え、ベッドに横になった。1か月はお屋敷でゆっくりとしよう。みんながいてくれるから安心だな。本当に私は恵まれている。
また寮生活をしてみたいが、これ以上一臣さんに負担はかけたくない。ここはメイドさんたちに甘えてしまおう。
さあ、臣二の育児生活が始まった。




