明日へ
翌朝。
朔とカイ、そして教授は深瀬村の資料館に佐々木さんの運転する車で向かった。
昨日会ったはずの村田館長は、玄関にでてくると
「あぁ、これは教授。お世話になっております。
それと、こちらのお二人は教授の生徒さんですかな?
初めまして、私は村田と申します」
とにこやかな笑顔で挨拶をしてきた。
朔とカイは目が点になった。
「――しらばっくれているのか?」
「いや、でも嘘をついているかのようには見えないよ」
二人でこそこそと耳打ちしあう。
驚いたことに村田館長には昨日の記憶はないようだった。
そんな朔とカイをよそに教授は、壁に貼られている
白黒の深瀬村の写真を眺めながら
「今年も勉強になりました。
それにしても貴重な資料があるのにもったいないですね。
深瀬村がダムに沈んでもうどのくらいですかね?」
と館長に尋ねる。
館長は
「ええと、確か昭和43年にダムができたから、もう58年ですかね。
今や、当時あった寺の一部が姿を残すのみですわ」
と答えた。
朔と海翔はその会話を聞きながら、再度驚愕していた。
「え、深瀬村沈んでいるの?じゃあ、昨日見た村の田んぼとかは?」
「というかあの神社とかは幻だったのか?」
それが聞こえたのか教授が口を開いた。
「当時は神仏習合で寺の境内の敷地内に寺院と神社があった。
今残っているのは神社の部分だ。
田んぼは幻かもしれないね」
「!!」
朔と海翔は目を丸くしてお互いの顔をみた。
「ではそろそろ、帰りの電車の時間があるので失礼します」
教授はそう暇ごいをすると資料館を後にした。
朔と海翔も後に続く。
外に出ると教授は
「私はこれで、東京に戻るが、君たちはゆっくりしていくかね?
町のキャンペーンでホテル宿泊が無料なのは1泊目だけだが
確か2泊目は半額だったよ」
と言い、そこにいた佐々木が
「ぜひぜひ。こんなキャンペーンはそうそうありませんし、昨日は深瀬村跡地の
フィールドワークでホテルでゆっくりできなかったでしょ?
村に負けず、町もいいところなんで、泊って行ってくださいよ」
そう勧めてくる。
その勢いに押される形で朔と海翔はホテルにもう一泊することになった。
「じゃあ、駅まで私は教授を送っていくので
ここで少しまっていてくださいね」
佐々木が朔と海翔にそういい、教授と駐車場に向かう。
教授は
「じゃあ、また東京で」
そういうと佐々木と並んで歩き始めた。
朔はしばらくその背中を見送った後、ふと教授に呼びかけた。
「慈円様、東京に戻ったらゼミの飲み会があるので来てくださいね!」
すると教授は振り返り
「わかった。また連絡をしてくれ」
そういうと、また前を向き歩き出す。
教授は、自分が呼び止められたことには気付いたようだった。だが、自分が「慈円様」と呼ばれたことまでは意識していないようだった。
「慈円って誰だよ?教授の名前じゃないだろ?」
海翔が不思議そうな顔で朔に尋ねる。
朔はふふっ笑うと、今度は海翔に言った。
「そういえば、海翔、知ってた?
蜂に刺された後、その手を舐めるのはだめらしいよ。
口の中に炎症がおきたりするみたい」
といたずらっぽく笑う。
海翔はその笑顔を見てなぜか懐かしい気持ちが沸き上がってきた。
なぜだかはわからなかったが。
朔の顔を見て胸が切なくなる。
それをごまかすかのように海翔は
「急に何言ってんだよ。
お前ってホント天然だな」
と軽く朔をこづいた。
朔はそれに笑う。
そして、あれっと体の変化に気づいた。
今まで、常に体のどこかに重いだるさがあったのが
今はなくなっている。
そして身体全体に力がみなぎっている感じがした。
その時、遠くに人影がみえた。
「あっ、佐々木さんが戻ってきたよ!ホテルの食事楽しみだね」
そういうと海翔に笑いかけた。
海翔は朔の手をとると
「じゃ、行くか」
そう言って歩き出す。
夕暮れの光が二人を優しく包んでいた。
これで終わりです。最後まで読んでくださってありがとうございました。




