第9話 圧倒的な存在
「あははは。笑えるね。まさか、このような席で早くも会うことになるとはね」
次に目が覚めたとき、僕は頭が混乱していて、うまく状況が飲み込めなかった。
目と鼻の先には、僕らに上から目線で笑う、深い青緑の長い髪と同じ色の瞳による見知らない子供がいた。
良心ぶってはいるが、威厳の風格を保ち、黒い装束を着込んだ小学生くらいの男の子。
その少年が、金の玉座にどっしりと座っている。
ここは、どこかの屋敷だろうか……。
天井に吊り下げられた派手なシャンデリアや、壁際にはズラリと風景画が飾られ、床には分厚い紅色のカーペット。
屋敷というより、どこかの貴族とやらが暮らすお城の中に近い。
「ようこそ、我が魔王城へ。
そして、我輩がこの世界を支配しようと目論んでいる魔王だよ」
何食わぬ涼しい顔つきで玉座から立ち上がり、僕らに流れるように自己紹介する少年の会話からして、胸の奥に引っかかりを感じる。
(……ここは魔王城、そして、この子供が魔王だって?)
目の前の少年が、僕が最終的に倒そうとする相手。
背丈も僕の腰くらいまでしかない子供が、何の悪ふざけを口に出しているのか。
この少年の頭の中は、毎日がエイプリルフールなのか?
「お前が、この世界を支配しようとしている魔王本人なのか?」
「そう我輩こそが、齢1000年に満ちても、魔法のちからで少年の姿でいられるジイ・エンドだよ」
そもそも僕らは、あの魔法使いの闇の上位呪文で、空間ごと切り取られて、意識を失ったはず……。
「それよりもどうやって、ここにたどり着いたんだろう?」
「恐らく、あやつのワープリンの呪文に連れられて、ここに来たんだろうね。ねえ、ソウよ」
「まあな。とっさの思いつきで唱えただけに、ワープの場所のイメージを間違えて、ここに来たけどな」
「でも、驚くこともないよ。このソウと言う男は元勇者からにして、この魔王城の場所を知っていても不思議じゃないからね」
そうか、絶望寸前だった僕たちは、何とか親父の手によって助かったのか。
「──久しぶりだな。魔王ジイ・エンド」
「ふふふ、まさか君が生きていたことにも驚きだね」
「20年ぶりか。お前の姿は昔から変わらないな」
「あの時、確かに闇の呪文で君の命を奪ったのにね」
「わたしの必殺技と相討ちだったけどな」
「あれ、凄く痛いんだよね。向こうずねに金属バットをぶつけたみたいな」
「心外だな。相変わらず人間は好まなくても、野球だけは好きみたいだな」
年老いた親父と、若き子供の魔王との息の合った会話。
旧友のような再会の言葉を紡ぐような二人との会話を小耳に挟みながらも、僕は辺りの様子を伺う。
周りには僕の仲間以外には、その魔王しかいない。
魔王の手下はいないし、モンスターの気配すらも感じない。
敵対する相手は、この魔王一人だけ。
これは願ってもないチャンスだ。
「ふふふ。ソウの勇者の後を受け継いだ、ジン君と言ったかな。確かに今は我輩しかいないし、倒すには絶好の機会だね。試してみるかい?」
ジイ・エンドが両手を左右に大きく広げ、弱みを見せた対応をする。
僕はその生意気な態度に対し、頭に血がのぼった。
「だったら、ここでおとなしくくたばれ!」
僕は血相を変えて、ジイ・エンドに向かい、拳をグッと固めて真っ先に飛び出す。
「あっ、ジン、駄目ですよ!!」
「兄ちゃん、何を考えてるのさ!?」
しまった。
ミヨたちの投げかけを耳にして、僕は気が動転していたことに気付く。
僕は武器も防具もない丸腰で、勇者の装備すらまともに使えないてんでの素人で、ましてやこの世界に来てから日も浅い。
経験値上げに倒したモンスターはセコい方法でやっつけた一匹のスライスのみで、レベルも全然上がっていない。
あの魔王とやり合い、対等に闘えるほどの力もないだろう。
『──ゴロ!!』
天井の屋根に小さな穴が開き、僕の足元に落雷が発し、床に細かな亀裂が走る。
風と土の複合呪文で、稲妻を発生させる魔法、雷の初期呪文だ。
「ジン、何も考えずに突っ走るな。アイツの相手はわたしがする」
「ああ、ごめん。親父」
「そうだぜ、兄ちゃん。勇者が倒れたら、オラの出番が無くなるぜ」
「ええ、自分勝手な行為はいけませんよ」
そうか、僕はいつもそうだった。
毎回、独断で行動して、こうやって注意されるまで分からないんだ……。
「どうした勇者よ。しょせん、その程度の実力かな。勇者とは肩書きだけで臆病者だね」
「何だと!!」
「そんなんだから、現実世界の岬代の身も守れなかったんだよ。性悪のクズだね」
「なっ、何でそのことを知っている!?」
「知っているも何も、我輩が彼女を追いつめたからね」
「おっ、お前が、岬代をあんな目にあわせた首謀者か、ふざけるなよ!」
僕は止められない怒りにカッと身を任せ、なりふり構わずに、ジイ・エンドへと突っ込んだ。
「よせっ、ジン!!」
「あはは、冥土の土産話をしに、彼女がいるあの世に行ってくるといいよ。それっ!」
ジイ・エンドが首の関節をコキリと鳴らした瞬間、僕の首に鈍い痛みが走る。
緩やかに斜め下に下がる、僕の視線。
視界には首がなく、血に滲んだ僕の体が横たわっていた。
「ジン!!」
そうか、僕は魔王の風の呪文で首を切断されたのか。
情けないな、それでも勇者かよ。
「あははは。その程度のちからじゃ、世界を救うどころじゃないね」
しかも、呪文を唱える隙すらもないとは……。
一方的にやられて分かった。
この魔王、果てしなく強い。
「兄ちゃん、ヤバイぜ。死ぬんじゃねえぜ。ミヨちゃん、早く回復呪文を!!」
「駄目です。出血が激しすぎて、自分の回復呪文ではとても追いつけません!!」
「ジン、しっかりしろっ!」
仲間たちの悲痛な叫び声を背にしながらも、僕は永遠の眠りについた……。
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「──もしもし、お客さん」
「もしもし?」
「はっ!?」
瞼をくわっと見開くと、そこには白い装束の着物姿のあの神様から、ひざまくらされていた。
「あっ、やっと目が覚めた?」
「僕は生きているのか?」
「いや、死んでるよ。ここは転生のはじまりの空間。今回で二回目かな」
サクラが樫の杖を僕の体に押し当て、何やら呪文を唱えている。
「私がのんびりお茶している間に、この空間に首なしの君の体と、生首が降ってきてさ。とんだホラー騒ぎにビックリして、飲んでたお茶吹いちゃったよ」
「すまん」
体中がポカポカして、じんわりと温かい。
強力な回復の呪文を使用しているのか。
「ミヨたちはどうなったんだ?」
「彼女たちなら無事だよ。あの後、君のお父さんが瞬間移動の呪文でアリエヘン村に逃げのびたから」
「そうか、ワープリンか」
「えっ、私が転生のパープリン?」
「違うって」
僕は起き上がり、何もない灰色の世界の地面へと先に立つ。
「おおっ、早くもやる気満々だね」
サクラの献身的な治療のお陰か、体が軽い。
僕はその場で、恐る恐る首に触れてみる。
フランケン死体のように針で縫ったような跡もなく、綺麗な肌触り。
……とりあえず、落ち着け、僕はこれからもやれる。
「でもジン、魔王からあんな目に遭わされて怖くないの?」
「ああ、僕は勇者だからな。あのくらいでへこたれていられないさ。さあ、早く僕をアリエヘン村に戻してくれ」
「うん。だけどジン。いくら死んでいるからって、あまり無茶をしたら駄目だからね」
「ああ……それとサクラ」
「何かな?」
「ありがとう、助けてくれて。恩にきる」
「うん、どういたしまして。道中、気をつけてね」
「ああ、分かったよ」
サクラが杖を空高く指し示すと、僕の体が宙に浮き、雲を突き抜けて、アリエヘン村のあるオスットラリア大陸へと移動する。
この呪文はワープリンか。
僕もいつかは覚えてみたい呪文だな。
みんな、待っててくれ。
すぐに最強の勇者(自称)が迎えに行くからさ。




