第117話 原生怪獣
『ブルヒヒーン!!』
一頭の巨馬が僕に向かって突撃する。僕は迫り来る超重量の巨躯を前にしても、しかし冷静さを失わなかった。
巨馬。その全高は三メートルを超す。
筋骨はニューギルスほどではないにしても、尋常ではない迫力があった。
そして最も目を引く特徴は、体にじゃらじゃらと生えている鱗だった。
駆けるたびになる乾音が、超重量に打たれる地面と絡み合い、非常な鬱陶しさを生んでいた。
音による集中阻害。しかし僕は意に返さず、剛烈の突を仕掛ける魔獣を正面から迎え撃った。
「ザァッ!!」
待ち構えていた僕は、跳ね飛ばそうとしていた魔獣と衝突する寸前に、神懸かり的な微回避をもって負傷を拒否。さらには剣の間合いに魔獣を入れ込み、斬首。軽く跳躍した僕に首を跳ね飛ばされた魔獣は、ボディコントロールを失い、巨木に激突。それをミシミシとへし折った。
「二頭! 西から来るぞ!!」
上空から、ルメルの声が届く。西の方向から、同型の魔獣が二頭、迫ってきていると。
僕は襲いかかってきた、数体の『猿型魔獣』を流れるように殺害。
西方から迫り来ていた鎧馬の存在を流し目で確認。
猿がまだいる状況で、馬型を相手にしなくてはいけない状況に、めんどくせえと舌打ちした。
僕達が今進めているのは、アインアインに存在していた『魔獣討伐クエスト』である。
曰く、市壁外に存在する田畑を荒らしていく『猿型』を討伐してほしい。
なぜ、猿型だけでなく馬型も相手にしているのか。
それは僕達の方こそ聞きたい事柄だった。
猿型は、馬型と『共生』していたのだ。馬型が有している強力な素体と脚力。それを用いて、生息域から離れた場所にまで被害を出していたのだ。
それはさながら『馬兵』である。
探索中に、エンカウントした猿型は馬に乗っていた。故に馬型も相手取っていたのだ。
「シッ!!」
僕は死角の背後から飛び掛かってきていた猿型を一瞬で斬断。
逃走を図っていた数体を『風の檻』に閉じ込めて封殺。
遅れて西の方から駆けつけてきた馬型二体と、猿型四体と相対した。
「————」
ドンッ、と。僕は地面を爆砕する。それはまさに超速の烈進。
目にも止まらぬ速さで魔獣どもへと肉薄し、魔馬から飛び降りた二体の猿型を斬殺。
遅れて突撃を開始した魔馬の頭部を鬼流剣突で貫いた。
して、残りは猿が二体、馬が一体。
それではもう、相手にならない。それではもう、苦戦にならない 。もはや戦いにすら。
僕はゆらりと姿を霞ませて、全ての魔族を鏖殺した。
「ふぅ……」
襲い掛かってきた。否、襲い掛かるように仕向けた戦闘は、僕の『完勝』で終わる。
汗一つ掻いていない僕は、大地に転がっている魔獣の死骸を引き摺っていく。
空から降りてきたルメルは僕の戦いぶりに驚愕しつつ、その死骸収集を手伝った。
ギルドが用意してくれた荷車に、今しがた死骸に変わった魔獣を集める。それを賢馬『フォルホース』にすべて託して、死骸を処理、買い取ってくれるギルドへと運んで行ってもらった。
「このクエストはこれで終わりだね。死骸の追加報酬もあるし、いい感じだ」
ベルトにつけていた水筒の水を飲む。
現在時刻、三月十日の午後二時半。
僕達はアインアインの南に存在する人工的樹林の中にいた。
ここはキノコや果実を育てている場所で、先ほどの猿魔獣の生息地になっていた。
それら作物に被害が出ていたため、こうして討伐に動いたのである。
あの馬型は予想外というか、一種のアクシデントではあったが、特に問題なく処理できた。
馬型は通常の魔獣よりも強力で手こずる相手だったが、別にどうってことはなかった。
して、クエスト完了である。
これにより、報酬の二千ルーレンと、死骸分の数百ルーレンを手にすることができる。
「早く帰ろうぜ。ここはジメジメしてて長居したくねえ」
髪の毛がジトジトしちまう。そう言って自分の長い黒髪を梳くルメルに、僕はそうだねと頷き、翼を羽ばたかせた彼女と両手繋ぎをした。
そして、一応一人でもできる『空の旅』を行う。
ルメルは僕と手を繋ぐと、何故か顔を赤くしてしまうのだが、風の加護を用いずに空を飛んで移動するにはこれしか、まさに『手』がないために、僕は苦笑しながら我慢をしてもらった。
「これでいくらくらい貯まったんだ?」
飛んでアインアインに向かっていく最中、ルメルが僕に問いかける。
「だいたい三万ルーレンかな。今の手持ち。この倍は欲しいね」
「たしかに。五、六万ありゃ一年は持つな」
最終目標金額。それは『五万ルーレン以上』という、なかなかに達成が困難なものであった。
現在の激しい物価高騰を加味し、必要なのはそのくらいだろうという試算をもとにした金額。
今の手持ちが三万ルーレンと少しなことを鑑みて、あと十数回のクエスト達成が必要だった。
「今月中にいけんのか?」
ルメルは、今月内に目標金額の達成が可能なのか問いかける。
「分からない。アインアインで受けられるクエストはもう軒並みクリアしてしまったし、これからは少し離れた場所を活動拠点にしなくちゃいけないかも」
僕は首を横に振った。
既にアインアインにあった目ぼしいクエストは完了してしまっている。
故に、アインアインを活動の拠点にするのは『時間の無駄』になる可能性が高い。
「ここから近いとなれば……キリテルとかか?」
「そうだね。首都はクエストが羽振りの悪いクエストが残ってるかもしれない。明日にアインアインでの活動は切り上げて、キリテルで活動することにしよう」
僕はその言葉に頷いた。首都・キリテル。僕が向かうと決めていた場所だ。例の接待飲み屋がある場所である。そこに、本来の目的から外れた思惑を持って行く。討伐クエストを欲して。
「俺はキリテルの中には行かないぞ。バンバラと同じ場所なんてごめんだ」
「あはは、オーケー」
ルメルは、兄去った傷害事件の主原因たる『バンバラ商会』の存在感が強いキリテルには行きたくないらしい。僕はそれに納得を示し、クエストの受注は僕一人だけでこなすよと告げる。
「ソラはキリテルに行ったら、ついでにジオドラムの話を聞きに行くのか?」
「ううん。ルメルを待たせることになるから、行かないでおくよ」
「ふ、ふーん……」
ルメルは自分のことを気にして僕が行動を限定することに、なぜか少しだけ嬉しそうだった。
「とりあえずは明日だね。今日はもう教会で大人しくしとこう」
+ + +
三月十一日、午前八時。軽めの朝食を摂った僕とルメルは、二人してアインアインを飛び出した。向かう場所は、ここより西方に存在している、ルカンルカンの首都『キリテル』である。
バッサバサと、羽ばたく黒翼の音が耳朶を打つ。
僕は遥か上空から、ルカンルカンの大地を一望した。
落ちたらタダでは済まないなと思う。しかし風の加護があるから大丈夫かと思った。
大地は緑一色。とうもろこし畑が眼下に広がっている。
人の食料にも、家畜の餌にもなる万能な農作物だ。これだけの規模を育てているのは驚愕の一言。僕はあそこに迷い込んだら終わりかもなと戦々恐々とした。
して、時は過ぎていき、午前十時。アインアインを出発してから二時間が経過したころ。
僕達の視界の先には、巨大な市壁が存在していた。それに内包されたる、巨大な都市も。
「あれが、キリテル……!」
僕は故国の都『フリュー』にも勝るとも劣らないルカンルカンの首都に感嘆の吐息を漏らす。
「相変わらずデケエな、ここは」
苦い思い出しかないからか、ルメルは前方に広がっているキリテルに顔を歪めていた。
掴まっている僕はそれを認めて、相当バンバラ商会が嫌いなんだなと思った。そして。
「っと。お疲れ、ルメル」
地に降り立ち、計二時間も僕のことを運んでくれた彼女に、微笑みながら礼を告げる。
ルメルは僕の微笑みに顔を赤くし、別に気にすんなと言ってそっぽを向いてしまった。
そして気を逸らすように、照れを誤魔化すように、自分の肩をぐるぐると回し出した。
「〜〜〜っぁ。流石に肩に来てる。俺はこの辺で休んどくから、さっさと行ってこい」
「了解。それじゃあ行ってきます」
早く行ってこいと言うルメルに頷いて、キリテルの大東門へと歩き出した。飛んで中に入ってもよかったが、密入都的な、下手な問題化は避けたかった。故に真正面から入ることにした。
僕はまさに長蛇、長い人の列に並ぶ。列ができるのはどこの国も同じか。入都許可証をもっていないため、検問を行わねばならない。が、これさえ突破できれば次は時短が可能であった。
「次の方どうぞ!」
待つこと一時間。ついに僕の番が来た。僕はギルドの身分証を携えながら進んでいく。そして諸々の手続きを終えて、入都許可証を得る。そのままキリテルの中へと入っていくのだった。
+ + +
ルカンルカンの首都『キリテル』は、人口『二五万人』を内包する巨大な都である。目立った産業はないものの、幅広い職種を展開し、言わばそこになんでも揃っている万能性があった。
僕はそんなキリテルの『運河』を『ボート』で移動していた。
ここでの主な移動方法は馬ではない。
巨大な水の都という別名があるここでの移動法。それはボートでの水上移動であった。
「ギルドまでは一時間掛かるよ!」
そう言っていた操舵手のおじさんは、水に適応した馬『シーホース』を操って船を動かしていた。図鑑でしか見たことがなかった特殊な馬を見て、僕は水中で呼吸できるのかと驚愕する。
水を保護色にしているような蒼の立髪、魚の尾鰭のような横に広がっている尻尾。首には酸素を取り込むためのエラがあり、馬蹄はなく、その足は水中を進むために水掻きでできていた。
水の中を泳いでいるのか、はたまた水中を走っているのか。一体どっちなんだろう。そう疑問に思った。
そんな時間の過ごし方をして、かれこれ一時間。時は過ぎ、ギルド前に到着する。
「ありがとうございました!」
「あいよー!」
僕は『ギルド・キリテル西支部』の前で、ボートを停めた御者に礼を言う。
船に乗せられていた、普通に狭い木板の桟橋。
それを陸地にかけて、僕は綱渡かと思いながらそれを渡る。
運賃は三〇〇ルーレン。貸し切りの私営馬船だったから当然の値段か。
僕は去っていく馬船をしばし見送った後、運河のすぐ横にあるギルドの中へと入っていった。
して、大衆酒場のようなギルドを進んでいき、官民両方の依頼が張り出されている掲示板の前に立った。一枚、二枚、三枚。やはり依頼の数が少ない。取り合いになっているからだろう。
金払いの悪い、魔獣討伐クエスト。僕の目的のブツはそれだ。さてはて、あるかなあるかな。
「お、果実を食い荒らす熊型魔獣の——」
ちょうどいい依頼を発見した。果実的な作物を荒らしていく、大型の熊魔獣の討伐依頼だ。
報酬は二〇〇〇ルーレン。三〇〇〇〜が相場であることを鑑みれば、かなり割安。
しかし、僕はその金払いの悪い依頼を見つけて、受注するために依頼紙に手を伸ばした。
のだが。僕の真横から、同じように手が伸びてきた。まさかの鉢合わせである。
二人して、互いが掲示板から剥がそうとしていた依頼紙の前で手を止める。
僕は「あ」という声を出して、横を見やる。
前髪に黒のメッシュが入っている、黄髪の青年は「お」と言って、こっちを見た。
「えっと、どうぞ」
「いやいや、アンタの方が早かったぜ」
青年は、僕の方が一手早かったと、その依頼紙を譲ってくれた。今の状況的に、食い下がって依頼を押し付けることはできないので、ありがとうございますと言って、依頼紙を手にした。
「アルフさーん。いいのありましたー?」
「軒並み全滅だ。南ギルドに行こう。共有されてねえのがあるかもしれねえ」
「了解でーす」
僕は アルフという槍を携えた青年の背中を見る。かなりの強者だ。雰囲気で分かる。僕より数段強い。一体何者なんだろうか。
僕はそんなことを考えながら、譲ってもらった依頼紙と、馬車の護衛依頼。それと『怪鳥』の駆除を願った依頼紙を持って、ギルドの窓口へと向かった。
+ + +
原生怪獣。魔なる神から生み出された『魔族』とは関係のない『原生物』の俗称。
凶暴、巨大、奇奇怪々。その三拍子が揃っているのが、怪獣と呼ばれる所以。
怪鳥の討伐。その依頼を受けた時、僕は『魔鳥』なのだと思っていた。
グロテスクな凶面をしているやつだと、勝手に想像していた。
けれど、違った。
怪鳥の発見例、活動範囲を調べ上げ、その中心に巣があると考察。僕達は怪鳥の森を飛んで進み、ついに怪鳥と言われていた『鳥』を、そしてその鳥の巣を発見する。
『フォロロロロ——!!』
全長は四メートル。眼球は四つあり、飛び出たそれはギョロギョロと蠢く。鶏冠はラピスラズリのように蒼く美しく、黄色の図体には謎の紋様が刻まれている。四枚の紅い大翼を羽ばたかせるそれは、まるで伝説に出てくる『不死鳥』のようだった。
そんな異形的相手を認めて、僕は衝撃に見舞われる。
こいつ、魔族じゃない。雰囲気からして原生物。聖なる神から生み出された、生きてて何の不自然もない、僕らと同じ『生き物』だ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!?」
風の神の寵愛。風の加護を用いることで、翼を持たない人族には不可能なはずの空中移動を可能にしていた僕へ、相対と同時に猛速の飛翔を開始した怪鳥が突撃する。
槍のように全てを貫く気迫がある鋭利なクチバシ。それを寸でで回避した僕は、後からくる翼撃は回避できないと一瞬で断じ、両腕をクロスさせて防御態勢をとった。
今にできる最大の防御。
それに突撃する、怪鳥。翼撃と防御がぶつかる。すれば、ドオンッ、と。まるで大木を打ったような重打音が辺りに響き、僕は凄まじい威力に苦悶の声を漏らした。
「魔族どころじゃねえぞ、こりゃ……!」
熊型より、虎型より、この前の馬型より。
今まで相対してきた何型よりも、断然、強い。そんな原生の怪鳥に対して、とんでもねえのを請け負っちまった、割に合わねえなと舌を打った。
「ソラ!!」
殺すのか。相手は魔族じゃないのに。怪物。そうとしか言えないけれど、相手は決してこの世界の異物じゃない。
普通の、歴とした生き物なのに。そんな迷いを抱いている、衝撃を殺すために着地をした僕へ、滞空していたルメルが叫ぶ。僕はハッと肩を揺らし、精一杯に叫んだ。
「余所見するな、ルメル!!」
「っ!? うおあっ!?」
流石の飛行能力。僕では回避できなかった怪鳥の翼撃を、ぎりぎりでルメルは回避する。
僕はそれを認めて安堵し、即座に戦線へと舞い戻った。
風玉に似た風を足裏で爆発させて、空中歩行を開始する。
僕の戦線復帰を認めた怪鳥は、即座に僕へとターゲットをずらした。
どうやら、彼奴の警戒レベルは、僕が九で、ルメルが一。
僕が戦線にいる限り、彼女が狙われることは万が一にもない。
もう下がるわけにはいかない。でも、どうする。僕は、どうすればいい。自問自答。答えは出ない。僕は迷いしかない状態で、怪鳥とドッグファイトを繰り広げる。
『フォーロロ!!』
ボウッ、と。
「……は?」
今、なにした? 彼奴は、なにをした?
否、火を吐き出した。火球を、僕へ飛ばしてきた。あまりにも突然に、普通ではない、常識の外にあることをされて、僕の思考は停止する。
「お前……マジか!?」
すれば再び、怪鳥は火球を吐き出した。僕はそれに事前に用意していた風玉を打つけて、相殺する。
風と衝突することにより爆散したそれは火の粉を残し、それが頬をかすめ、僕に熱いという感触を与えた。
原生怪獣。知識にはあった、原生の外れ値。
火を吐き出す生物なんていない。にも関わらず、こいつは理外の一撃を見舞ってきた。甚だしい衝撃である。まさかそんな飛び道具を使うなど。
「ルメル、離れろ——!!」
ボアッ、と。こちらへと向かうことなく、ただ飛行しながら何かしらの『チャージ』を遂行していた怪鳥を認めて、僕は付近で滞空していたルメルに退避を命じた。
その声が起点となったように、怪鳥の全身が『炎』に包まれる。
まさかの火炎付与。それはまるで『魔法』だった。
極熱の『炎』を纏った彼奴は、甚だしい熱的な攻撃力を得る。喉を震わせた僕は汗を散らし、これとの接近戦は不可能だと、逃げるように駆け出した。
それに合わせ、怪鳥は肉薄する。
『フォロロロロロ!!』
魔獣どころじゃねえ。そんなのと比較できないレベルをしている、ヤツは。
猛速で迫り来る怪鳥を走り様の振り向きで認める。
殺す、殺さないじゃない。原生物、異生物じゃない。
あれは『普通』などではない。
決して、決して舐めてかかれる相手じゃなかった。
力を抑えていい相手じゃなかった。
もうやるしかない。こいつの巣の付近には人里がある。農作物の被害どころじゃない。いずれコイツは『厄災』に転じる。そんな核心を、僕は得た。
だから——殺す。
もう、躊躇わない。もう。迷わない。ヤツは殺さなきゃいけない『生物』だ。
「————【雷砲】」
停止。振り向き。瞬間、撃滅。




