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蒼ノ旅人 ー蒼風のヘルモーズー  作者:
『オルカストラ』編〈2〉
112/117

第102話 VS 魔王メロ《終》

 血混じった飛沫を咳とともに吐き出すソラの【風撃】と、今だ無傷を貫くメロの【砲声】は真正面から打つかり合い、そして、お互いにお互いの攻撃を超えられず、バンッと弾け合った。


「————チッ!」


『キヒャヒャッ!』


 ソラの本気の【風撃】と、メロの本気の【砲声】が互角。いい文。拮抗。

 その結果は対照的な両者の驚愕を禁じ得ないものであった。今ま敵無しだった、何人も地に立つのがやっとだった【風撃】を相殺したという結果がソラの驚愕をさらい、対し、自身の一〇〇パーセントの【砲声】を、メロにまったく攻撃を通せていなかったソラが、今までなぜか本格使用をしていなかった『風』を使って、相殺したということが、ただただ驚愕と屈辱。そして楽しくなってきたということを全身でゾワゾワと感じて、ニヤリと好奇の笑みを浮かべた。

 

 数瞬の時間停止。


 その間に僕は頭を回す。今たしかに、僕はメロの本気と戦えた。張り合えた。非力な僕は風の加護を使ってしまったけれど、本気のメロと——力で鬩ぎ合えたのだ。その実感が。現実が。戦えたという結果が、ソラに全能感という、痛みで擦り減っていた精神に大幅な回復を与えた。


「ハッ————ッッ!! 【風撃】ィィイイィッッッ!!」


 ソラ『完全復活』ッッッ!! 


 折れている左腕を風で支えるという、常の僕ならば発想にすら至らないアドリブの力技を利用して、なんとか【風撃】用に動かすことができている僕は、魂の底から溢れ出てくる全能感から、燃え盛るような身体の激痛を忘れる。それが功と奏し、身を襲う激痛と、魔王メロが振るう暴虐への恐怖で動きの精彩を失いつつあった僕は、極限の集中状態『ゾーン』に入り込んでいたアロンズ戦と同等の動きを、自身の極才溢れる心技体から引き摺り出すことに成功する。


『…………キヒッ! キヒャヒャヒャハハハハハハ!! その調子だよソラっちィイッ!! もっとッ! もっとォッ! あの時みたいに楽しませてよオオオオオオオオオオッッッ!!』


 溢れ出てくる全能。勝つ。負けない。そんなことを敵にさえ思わせるほどの絶対的な雰囲気。

 全身から威を立ち昇らせて、空の果てから雷雲を呼び寄せる『ソラの本気』を間近にしたメロは、極限集中の状態に心身を捻じ込ませているソラに、千年前、自身の飽くなき遊戯欲求を満たしてくれた史上最強の『風の勇者』の、今以上に本気だった自分をひたすらに無傷で斬り刻んでいった『戦闘姿』を投影、その興奮を全身から発露して、自身も極限状態へと入り込む。

 そして、ソラが撃ち放った風撃を【砲声】で再び相殺した。


「さっきから『ぼあぼあ』だの五月蝿えんだよ、大人しく『僕の風』で吹っ飛ばされとけよ」


『キッヒャヒャアッッ! や〜だね!! キヒヒ! ソラっちがオイラの『声』で吹っ飛ばされるんだよッッッ!』


 メロの興奮と期待を孕んだ声音。この感じ、今度こそメロは加減なしで僕を『殺り』に来る。

 やべえな、まじで死ぬかもな。死ぬのは怖えな——けど、本気を出したコイツを吹き飛ばせるなんて最高以外の何物でもない。真っ向からコイツに勝って、魔族の全てを否定してやるよ。


「さあ、準備はできてる。来いよ、メロ——ッッッ!」


『…………キヒッ、キャハハハハハハハハ!! うん!! 行くよ——ソラっちッッッ!!』


 晴天で始まった戦い。ミファナの戦場に雨が降る。それは風に運ばれてやってきた、本来であれば戦いの邪魔になるもの。しかし、今この時はただありがたき恵みとなって、太陽が落ちてきたと幻視、錯覚してしまうほどに燃え上がっている『戦意と殺意』を発する両者が熱死してしまうことを防ぐ結果となった。そして、その天雨すらも避けてしまうほどの熱戦が始まる。 


「ふぅー…………!」


『キヒャッ、キヒャヒャァ…………!』 


 ザァーザァーと大きな雨音を鳴らして、激しく熱闘する両者のせいで乾き切っていた大地に、恵みと言うにはあまりにも強すぎる暴雨が降り注ぎ、その渇きを半ば強引に癒す。

 先ほど放たれたメロの蹴撃を地面に挟み込まれる形で食らってしまった僕が作ってしまった、超威力の攻撃で二度も陥没させられて、大規模な窪みになってしまっている場所に、あっという間に大量の雨水が溜まっていき、小規模な池を形成。その水溜まりがポツンと水音を鳴らす。


「『————ッッッ!!」』


 その水音は中断されていた戦闘開始の合図か。二人の動きが重なったのはただの偶然か……。

 耳心地の良い音を、戦意高揚で激しくなる鼓動の影響で全身を揺らしているソラが、メロが、耳に入れたのとまったくの同時に。今までにないほどの力強さを以て、両者は地面を爆砕した。

 メロは一直線にソラの元へと肉薄し、両腕に装着していた『マギア・ガントレット』を解除。

 魔法を解除したのと同時に、自身の両掌に高密度の魔力を発生。

 高密度のそれをさらに凝縮し、圧縮。直径『十六センチ』程度の『円球型』する。

 それを肉薄するメロから距離を取るように背後へと交代した僕へ向けて〝発射〟した。

 

『【魔弾】』

 

 音が鳴るほどの豪速をもって、至極精密に僕の顔面を狙って投擲された、魔法を打ち出す射出力を投擲で上乗せしたのだろうそれを正確に目で追い『解析』した僕は、それが魔法と言えるほどの代物ではなく、ただの『魔力塊』を『魔法風』に使った物であるということを見抜く。


「だから何だってんだ……ッ! 【風撃】——ッッッ!!」


 豪速で迫り来ていた魔力の塊。メロの言った『魔弾』なるものへと右手に溜めておいた『直線の暴風』を撃ち出して、それを掻き消すことに成功した僕は、魔弾を打ち消したことよりも、後退する僕の『速さ』に目を剥いているメロを見て、堪らず勝ち誇ったような笑い声を上げた。


『キヒッ——やっぱり『その風』は面倒だね……ッ!!』


 僕の急激すぎるスピードアップ。素の僕以上の身体能力を有している魔王メロでさえ、安易に詰められない『超スピードを』僕が実現できているのには『風の加護』が関係している。

 僕は風の加護を、過去にアロンズ戦で使用した、地面のない空中で、自身から発生させた風を足場にするという『完全なる突貫技術』を実戦に使えるように工夫。

 足裏が地面を反発するのと同時に、急速に『足裏』に溜め込まれた、暴風まではいかないが、確かな『強風』を爆発し、自身の脚力と合わせた『風超加速』を行っていたのである。


「フゥゥーーーッッッ!!」


『キヒッ、キヒヒィ——ィィイッッッ!!』


 風の加護を『全開』できるようになったソラのアドバンテージは、それだけに収まらない。

 四方八方。ソラは空中での足場を自身の足裏から生成できるという利点を活かし、前進するのと同時に足裏の『強風』を爆発させて跳躍。

 突如として進路を『上』へと変更したソラは、次には右へ。次には左へ。

 上下左右。前後左右。と、まさに縦横無尽。

 空中にて、自由移動を行い続けるソラの瞬身駆動。

 自身の脚力をもとに進むはずだった進路の急激な変更を可能にする加護を授かった者の、ソラの特権。三次元的な駆動は地に立つしか能の無い陸上動物を置き去りにする。しかしその縦横無尽な動きを見たことがあるメロが、その生物全般に当てはまるなんてことは、有り得ない。


『ッッッ!!』


 ここで、メロは自身の奥の手——砲声と異能は除く——とも言える【極位・土魔法】を惜しみない発動を宣言する。

 その宣言を『宙に立っているソラ』に向けて掲げたメロは、両手から発生させた『超高密度の魔力』を地面へと叩き付け、両手の魔力を『地面を叩くインパクト』に乗せ広げた。

 ドゴンッッッ、と。

 大地が微動するほどの膂力を振るい、土色の魔力を目にも留まらぬ速さで波打たせながら範囲五〇〇メートルまで広げたメロは、自身の魔法発動の用意を完了させる。そして、発動された魔法を回避できるように注視せざるを得なかった僕は次の瞬間——驚愕で目を剥いた。


『【ザリューグ・ホーンランス】!!』


 その『詠唱』と同時に、メロの超高密度の魔力が伝播していった五〇〇メートル範囲内の地面が濃い土色に鈍く発光する。そして『何かがくる』と確信した僕が油断を払い。溢れる全能感を押し殺し、地面で発光している魔力と魔法を発動したメロを注視していると。数瞬の間に起きた小規模な地響きと共に、地上六メートルの空中で静止していた僕の眼前に、龍の肉でさえ容易に貫いてしまうだろう、先端が槍のように鋭利な尖状をしている『土ノ柱』が出現した。


「っ————なっっ!?」


 息吐く間もない一瞬で、回避することなどできない速さで。

 地面から百数本もの『土ノ柱』が生えてきたことに対し、堪らず絶句してしまっていた僕は、何かを蹴り砕くような爆砕音を耳に入れて、その爆音がした方へと視線を向けた。 


『キヒャッ——』


 蹴り砕く爆音が奏でられた、僕が視線を向けた方向。

 僕の愕然とした視線を向けられている、そこにいたのは——


『キッヒャヒャヒャヒャアッ——ッッ!!』


 油断も隙もなったはずの僕に『虚』を作り出し、それを的確に突いてきた。

 僕の視線を釘付けにさせている者は、土魔法で出現させた土ノ柱を、空を駆ける『足場』にして、空中にいる僕へと肉薄してきていた魔王・メロだった! メロは驚愕で一瞬のあいだ時を止めてしまった僕に向けて、両手で溜め込まれている『超質量』の【魔弾】を撃ち放つ!!


『キッヒャヒャア——ッッッ!!』


「————っっっ!? くっっ——【風撃】ィッッッ!!」


 両者が撃ち放った『弾と玉』その衝突と相殺は、視覚と聴覚を遮断してしまう爆発となって両者の間で巻き起こる。


「『————ッッッ!!」』


 衝突と相殺で発生した光と爆風に身を襲われる中、このままメロに近付かれるのは不味いと判断し、即時行動に移った僕は、その大爆発の余波に身を乗らせ、柱を足場に、空中を自由自在に動き回っていた僕のもとまで、かなりの力技で迫り来ていたメロから距離を離そうとする。 しかし、その爆発の中を、自身のフィジカルをもと強引に突破してきたメロは、ソラの現在地を『異能』を使って特定に成功。そして無数の土柱を足場に飛び回り、即座に肉薄を行った。


「————」


 しかしソラは知っていた。この数分の間に理解していた。強すぎる魔王が——ただのクソガキに違いない『メロ』が、あの程度の爆発など『意に介さない』だろうということを。


『————ッッッ!?』


 異能を用いて位置を把握し、進むを躊躇う爆風の中を突っ切ってきたメロの眼前にあった影は——脱ぎ捨てられた茶色のコートであった。

 自身の欲求のため、異能の使用を最低限にしていたメロが犯した最悪の失態。

 柱を蹴り砕き、宙へと跳躍してしまったメロに足場は無く、実質的に移動が不可能になってしまっている中で、ソラの行方を見失う。

 コンマ数秒ほどの極々短い思考。

 力を使うかどうかの迷い。

 そこに生まれる『選択的思考のノイズ』を、メロの頭上で、カラスほどではないにせよ自分の出来る限りで『気配を消して』いたソラは、しっかりと見抜いていた。

 油断大敵だろ、メロ! コイツに一撃入れるなら、ここしかない!!


「【風掌】——ッッッ!!」


 僕の存在を見失い、視線を前方に縫い付けて思考していたメロの『頭上』からの強襲。

 そして、ソラが選んだ『手』は、超重量の鎧を着込んでいた『ガエン』という魔人にですら押し勝つことができた、風の加護全開の『吹っ飛ばし』技。

 これを上空から地上へ向けて奴に直撃させれば、武装などしていない、華奢な見た目通りの身体の重さをしているだろうメロは、地上へと抵抗できずに撃ち落とされるに違いない。


 獲った——ッッッ!!


 魔王への、完全なる作戦勝ち。

 その、この世のものとは思えない達成感の絶頂が、ソラの思考を『単調』にさせる。

 

『キヒッ——キヒャヒャアァ…………!』


 しかしメロは知っていた。あの勇者と同じ、最高レベルの『風の加護』を『神』から与えられている、つまり『風の神の最愛』の人物である『ソラ』が、戦いから逃げるような人間ではないということを。魔族を心の底から恨んでいるくせに、人型であるという理由で、その殺意を鈍らせてしまっていることに気づいていない、心の底から優しさが溢れ出てしまっているソラが、メロの行動を理解しているだろうということを——メロはこの数分の間に理解していた。


 ドゴン——ッッッ!!


『キッヒャヒャアアアアアアアアアアッッッ!!』


 足場無き空中で鳴るわけがない、地面を踏み砕く『爆砕音』を確かに聞いたソラは、頭部を狙い当てた風掌を、両腕を交差させて頭部への直撃を防いだメロが、地上へと向かって『落ちない』という信じられない現実に、愕然とした表情で——落ちなかった理由を、その目にした。


「————なっっっ!?」


 メロが行った、ソラの奇襲を読み切り、作動させた保険。それは、空中を自由自在に動き回るソラへの対策で生やした、百数本からなる【ザリューグ・ホーンランス】の一部を集約させて強固な足場とし、ソラが行うであろう『初見の落下強制技』を対策するというものであった。

 数十にも重なった土ノ柱の堅牢さは、ソラの【風掌】を空中で耐え切ったという結果で実感。

 最悪、耐えきれずに落下するかもしれないと想定していたメロから笑みを引き出すにたる。

 ソラからしたら最悪の結果で、ようやく叶った隙撃つ奇襲は失敗に終わったのである。


「————ッッグァアッ!?」


 防御のために交差されたメロの両腕に、あえなく失敗に終わってしまった【風掌】に用いた右手を置いたまま、致命的なまでに硬直をしてしまっている僕へと、最高に楽しいなんてことを伝える、子供のような『澄んだ眼差し』を向けていたメロは、僕を振り払って解放された右腕を使い、奇襲失敗の代償である、完全な隙を晒している僕の頬へと向けて拳撃を撃ち放った。


「………………くっ……そっ……たれが…………!」

 

 そのメロの拳撃は、奇襲に完全失敗した僕のものとは違って、硬直する僕にものの見事に直撃し、僕は地上七メートルの場所から決河の勢いで地上に向かって落ちていく。


「————づゥッウ!? …………カハッ! ゲホッ!」


 高所から撃ち落とされて、ちゃんとした受け身も取れず、落下の勢いで背中を強打してしまった僕は、喉奥と気管にへばり付いていた大量の血痰を咳き込んで全て吐き出した。


『キヒッ! キヒャヒャア! 残念だったね、ソラっち』


「…………゛あ゛あ? 何が残念だよ、クソガキ」


『キヒッ! ただの強がりはカッコ悪いよ〜〜?』


「ハッ——奇襲したばかりで、今更すぎるだろうよ」


『んんん? そっかなぁ〜〜?』


 ついさっきまで命の取り合いをしていた仲だとは思えない、まるで、今さっきまで食事を共にしていたかのような、打ち解けた何ともない雑談を交わしたソラとメロ。

 それで、よく分からない感情を覚えてしまっていた僕は立ち上がり、それをメロは見逃す。

 メロの目は、もう勝負はついていると言わんばかりの『慢心』に満ち溢れていた。

 それが、今だに無傷を貫いているメロとは対照的な、至極満身創痍な僕の癇に障る。


「…………はははっ」


『…………?』


 だから——弱っちい僕なんかに足元を掬われるんだよ。


「…………【風玉】」


 僕が、メロの【魔弾】から着想を得て、即席で作り上げた新技。その名を唱えたのと同時に、先ほどまでいた頭上から計四つの『風の玉』が、二人が立つ『戦場』に降り注いだ。


(いつ、風の加護を発動した? オイラが地面に降りてくる前に? いや、オイラはソラっちから目を離さなかった。ということは、もっと前。オイラが視線を離した時。ある。確かにある! オイラがソラっちへの視線を切った時が! まさか、あの奇襲を誘い込む時に!!)

 

 ソラの【風玉】なる新技が地面に着弾したのと同時に発生したのは、文字通りの暴虐の風嵐。 

 尋常ではない風速の中、立つこともままならなくなってしまったメロは、気を抜いた一瞬の間に腹部を蹴り上げられた。

 この暴風嵐の中を動ける人物は、この戦場にはたった一人しか存在していない。

 荒れ狂う風で拭き飛ばされている、視界を妨げる土煙の中でたしかにメロは見た。

 獣の如き殺意発露す血膜の眼光を。


(動けない。この風、オイラが地面に張り巡らせてた魔力を吹き飛ばしてやがる。これじゃあ魔法の操作ができない。あぁあ……これじゃあ打つ手なしだ。オイラの負けか)


 そんな、メロの思いなど知る由もない。

 

 ソラはただ思い出していた。


 自身の記憶の奥底から、メロを殺しえる『必殺』を引き出すために——


『待って! 待てよっ! 私刑はダメだっっっ!』


 ごめんね。何も分かっていなかったのに。


『分かってる……っ!』


『分かってないだろっ!? 止まれって言ってるだろっ!』


 ごめんね。僕は何も知らないで、ただ吠えるだけだった。


『————ッ!! ソラには関係ねえッ!! 邪魔をするな!!』


『関係なくないだろっ! 何でそこまでするのか訳わかんないんだよっ! 分かるように僕に説明しろっっっ!!』


 ごめんね。君の怒りを分かってあげられずに。 


『関係ねえって言ってんだろッッッ!!』


『うぐっ……っ!?』


 ごめんね。君の怨嗟を塞ぎ止めようとして。


『殺しちゃダメだっ! コイツを裁くのは君じゃない!』


『お前は引っ込んでろ……ッ!!』


『————っっ!? うおおっ!?』


 ごめんね。ただの正義感で勝手なことを言ってしまって。


『子供達を、どこへ売ったッッッ!!』


『ひひっ! 知りたいなら教えてやるよぉ……』


『カラス! 喋るなっっっ!!』


 ごめんね。君のことを、君の過去を何も知らずに——


『ガキを買い取っていたのは『魔神教』の連中さ。今頃どこかの辺境で洗脳中だろぜ』


『————ッッッ!!』


『ダメだっ、トウキ君っっっ!?』


 ごめんね。あの時、君を止めようとしてしまって。でも、今なら分かるよ。君の思いが。

 大切な人を奪われた君の怒りが、恨みが、憎しみが、怨讐が——今の僕になら分かるよ。


 あの時、君の復讐を、君の殺意を止めて——ごめんね。


 だから、死ねよ。魔族のお前は死んでくれ……。

 このまま消し炭にしてやるから、そのまま世界から消えて無くなれ。

 引き出せ。僕の記憶から。

 この目に焼き付いている、あの大雷を! 

 全てを灰燼に帰す極大の一撃を——ッッッ!!

 メロに向けて構えられた、健在な右手の人差し指と中指に、常人を超えた魔力量と質を有しているメロと比べても『圧倒的に隔絶』している魔力が。

 世界全ての生物が『比肩するのも烏滸がましい』と口を揃えるであろう、ソラが有する超絶なる『魔力』が集められいき、それが『バチバチッ』というけたたましい破裂音を奏でると共に、天空を駆け巡る稲光のような眩い光を激しく明滅させて、その溜めの構えを終えたソラは。

 

 とても静かに、恐ろしいほどの莫大なる殺意を込めて……

 メロへの死刑を『詠唱』した。


 追憶の親友の後ろ姿を思い出し、今の自分と重ねながら。

 右手に溢れんばかりに溜め込まれた『大雷』を撃ち放つ。



「『————【雷砲】ッッッ!!」』



 鳴く。雷が。地上を駆ける大雷が。

 その煌々しい白き姿を晒しながら、目前の敵の『半身』を飲み込み、消し去り、滅ぼしたということを伝えるように、

 大きく、仰々しく、意識ある僕とラーラ、そして意識を失っていた百数十人の兵士たちにですら、鼓膜を裂きかねないほどの轟音で。

 網膜を焼きかねないほどの光輝で。

 全てを打ち滅ぼすだろう絶大なる威力をもって、その存在を強制的に認めさせた。


「…………」


 直線にして二〇〇〇メートル。それが僕が撃ち放った【雷砲】の効果範囲。

 僕の魔法が灰燼に帰した、その道筋。


 そして、僕の目の前には、その効果範囲からスレスレで抜け切ることができた魔王が、僕の雷を直撃させた左腕の肘の先——そして、左足の膝から下を焼かれ、消され、失ってしまった、今僕の目の前で荒い息を吐く『メロ』がいた。

 満身創痍。その一言に尽きる重傷を負っているメロは、息のある自分に向かって、再び『大雷』を撃つ用意を済ませてくる僕の姿を、片足を失って立ち上がることができない、地面に座り込むことしかできない火傷だらけの姿で佇んだ。 


「…………終わりだな、メロ」


『…………』


「見て分かるだろ、僕の勝ちだ…………」


『…………』


「…………? おい、何か言——」


 嘘偽りのない、完全なるジャイアントキリングを達成した、メロくらいとは言わないが、重傷を負っている僕が声高に勝利宣言を掲げても、あれだけ『テンション』が高かったメロは俯いたまま一言も喋らず、その顔を上げないでいた。それを怪訝に思った僕が、メロに顔を上げるように促すと、奴は——まだ勝負は終わっていないと告げる顔をする奴は、身を襲う謎の悪寒から、僕が一歩後退ろうとして。メロの悪意に満ちた顔を目に、その『声音』を耳に入れた。


『助けてよ、ソラ兄ちゃん』


 そ・の・声・は・あ・の・時・の、子・猫・の・声・で

  

 こ・ろ・し・た・ぼ・く・が・み・す・て・た・ん・だ


 ぼ・く・が・こ・ろ・し・た・ん・だ・あ・の・こ・を


 あ・・の・・こ・・は・・ぼ・・く・・が・・こ・・ろ


僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が——あの子を殺したんだ。


「……………………ひ……っっ!?」


 戦闘において、致命的すぎるほどの心身硬直。ものの見事に『悪意』に嵌められたソラが晒す、生命線。それへの王手をかけたのは、紛れもない『魔王・メロ』であった!!


『キヒャッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ——ッッッ!!』


 心神喪失に陥ったソラの顔面に、狂笑を上げる魔王メロの拳撃が迫り来る。

 回避不能。

 しかしソラの虚空に満ちる精神とは裏腹に、肉体が生命の終わりを拒絶する。

 拳撃が迫る前方とは真逆の後ろへ、勝手に身体が倒れようとする感覚でソラの目に意識が戻るが——時すでに遅し。


 あぁ、負けた。

 完璧に逆転された。

 足が動かない。

 メロの拳を避けられない。

 このまま背へ倒れても間に合わない。

 …………ごめんっ。

 ごめんなさい……っっ! 

 僕は、全然。強くなんかないんだよ……!! 

 僕は、あの時から少しも変わってない! 

 変われてなんかない!  

 僕はニアくんを見捨てたあの時から、どうしようもない弱者なんだ……っっっ!

 ごめんっ、ラーラ……全然役に立てなくて。

 君に、絶対に負けないからって、誓ったのに……っ!! 

 

 吸い込まれていく超威力の拳撃は、僕の顔面へ、その力を与えようと——


「『————っ!?」』


 する寸でで、僕に飛び掛かってきていた魔王メロの様子が変貌する。まるで『眠気』を我慢できないというように、拳に込められていた力が霧散し、力無く僕の上に倒れ込んだ。


『…………あぁぁ。結局、負けかぁ……キヒャッ。おめでとう、ソラっち。君と歌姫の勝利で、魔王のオイラは……はぁ〜〜〜……眠りにつくことにするよ〜。おやすみ〜〜』

 

 そう言って、メロは僕の上から地面へと転がり、そこに魔王復活前にあった、復活と同時に木っ端微塵に爆砕された『魔封土』が形成されていく。

 そうして、なんとも言えない終わりを迎えてしまった僕が、しばらくの間、呆然と地面に座り込んでいると……。

 遠くの方から聞き覚えのある、切れ切れな『美しい声音』が響いてきて。

 ドッと全身に汗を掻いていた僕は、なんとか声のした方へと視線を向けた。


「はあっ、はあっ、はあっ! ソラ——っっっ!!」


「…………ら、ラーラ……? どうやって、ここまで」


 ほんの一、二分前に『封印ノ聖歌』を歌い終えただろうラーラは、履いている地想樹の靴。

 履いたものに大樹の如き力強さを与えるという擬似宝具の力を使い、全速力で僕の『雷』が駆け抜けた方を目指し、走ってきたのであった。


「無事っ!? 無事なのよね!? 生きてるよね!? 夢じゃないよねっっっ!?」


「ぶ、無事だけ……あ、左腕が折れてるくらいで……」


「え!? なんて言ったの!? 聞こえない!!」


「ひ、左腕が折れてるーー!」


「ええ!?」


「左腕が折れてるーーーっっ!!」


「え、ええええええええええ!? 大丈夫なのっ!?」


「だ、大丈夫ではな——って、走りすぎじゃない? そのままだと自力で止まりきれなくない……?」


「うん!! だから——受け止めて!!」


「はっ!? いやいや! 腕が折れてるって——うわあああああああああ!? 痛ってエエエエエエエエエエ!?」


「あはっ、ごめーーーーん! 生きてる! ソラ生きてる!! 怖かった! なんか変だって思って、それで! それでさ! もうっ——もうっ! よかった〜〜っ!!」


 いつかのように僕に向かって飛び掛かってきたラーラを、折れていない右腕で抱き止めた僕は、涙しながら、自分の言葉を連ね続けるラーラの力が強すぎる抱擁に苦笑しつつ。

 そっと、無事な彼女がしてくれている抱擁を『自分は生きているよ』と伝えるように返した。


「僕は無事。大丈夫。君が、ラーラの『歌』が守ってくれたから、僕は無事なんだよ……」


「…………っ! そ、そっか。そっか……ぁっ! グスッ。私っ、私は、ソラの力になれたんだね……すごく嬉しいっっっ」


「うん。ありがとう、ラーラ」


「うん! こちらこそ、私を守ってくれてありがとう、ソラ——っっ!」


「アイタタタタタっっ!? ひ、ひひ、左腕は折れてるってば!!」


「あはっ、ごめんごめん! ふふっ……さ、帰りましょ!」


「…………うん。帰ろう。帰って、ボイラさんに「ただいま」って言わなきゃいけない」


「ふふっ——うん!」


 そうして。重傷を負っている僕はラーラの肩を借りながら、此度の戦場、僕が呼び寄せた雨雲は完全に消え去り、晴れやかな蒼空に見下ろされている『ミファナ平野』を後にする。

 メロの『大砲声』で気を失っていた人達に「力になれなくてすまない」と謝られながら、僕達の帰還を首を長くして待っているだろうボイラさんが待つ『ミファーナ』へと向かって帰る。

 今回の主役であった僕とラーラの二人は……。

 ゆっくりと進む馬車の中で寄り添い合い、そっと静かに、休息を取るのだった。

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