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26. 王宮⑤

 魔法も使ってとにかく急いだせいで、王宮にたどり着いたときには、ラーシュはヘロヘロになっていた。

 それでも辺りはすっかり暗くなっていた。

 警備をする者を除けば、ひと気も少ない。王宮そのものがゆっくりと眠りにつこうとしているような印象を受ける。


(す、少し休憩を……)


 前方にはちょうどよさそうな大きな木が立っていた。

 そこで、陰になっている太い枝を選んで止まることにした。


 わざわざその枝を選んだのは休憩に最適だったというのも当然あるが、それだけではなかった。

 その枝から正面に見える部屋に、国王の気配が感じられたからだった。

 魔王とイーダはいないようだが、まずは国王からでいいだろう。


(第一王女もいるようですね……)


 イーダからの説明では、第一王女が斑紋死病で臥せっているためにイーダが身代わりになったはずだ。

 しかし、気色ばんだ顔は健康そのものといった印象を受ける。


(魔王様の特効薬がさっそく効いたのでしょうか……)


 強烈に違和感を覚えた。


(そういえば、王女の部屋を見学に行ったときも、機嫌は悪かったですが健康状態はよさそうだった気が……それなら第一王女が臥せっているという情報は一体……?)


 あるいは自分の勘違いで、彼女は第一王女ではないのかもしれない。

 推察しようにも情報が足りない。

 今必要なのは情報収集だ。

 ラーシュは部屋の会話に耳をそばだてることにした。


「だから気が変わったの! 魔王様は不気味どころか、見たこともないくらい美しいし!」


「そんな……お前が『魔王なんかに嫁ぎたくない』と泣いて懇願するから、身代わりを立てたというのに……」


(な、な、何と呆れた……)


 漏れ聞こえてきたのは、とんでもない内容だった。

 ラーシュは会話をしっかり聞き取るために、音を立てないよう警戒しながら、枝の先へと移動した。


「『魔王様のお陰で病が治ったから、本物の第一王女が嫁ぎます』って言えばいいだけのことでしょ?」


「しかし、お前を魔王に嫁がせるなんて……」


「何か問題ある? よく考えてよ。お父様は、私のことはどうせ他国に嫁がせるつもりなんでしょう? それなら、魔王と姻戚になるほうがもっとメリットあるわよ。他国はうちに手を出せなくなるし、上手くいけば魔王には対価を払わずにお願いをきいてもらい放題になるかも。だからお願い!」


 国王は天井を仰ぎ見て、声を絞り出した。


「……わかったよ」


「お父様なら分かってくれると思った!」


 ラーシュが計画していた通りに事が運ぼうとしている。

 このまま放っておけば、労力をかけずに第一王女に嫁いできてもらえる。

 しかし、ソフィーとイーダを振り回しただけでは飽き足らず、さらには魔王を手のひらの上で転がせるとでも思っているかのような口ぶり……


(到底許せるものではありません。こんな王女は断固拒否します!)


 はらわたが煮えくり返る思いがした。


(今すぐ魔王様のところへ!)


 ラーシュは魔王の気配がする部屋へと急いだ。


(魔王様、魔王様!)


 これ以上やったらガラスが割れてしまいそうという限界まで窓を突いた。

 けれど、うんともすんとも聞こえない。

 カラスゆえに夜目がきく。真っ暗な部屋の中を覗いた。


(寝ていますね。それもぐっすり。イーダのほうは寝不足だったから理解できますが、魔王様までとは……)


 不思議に思ったとき、魔法を使った痕跡があることに気がついた。

 それと不自然なふたつのベッドにも。


(そういうことですか。その紳士的な対応、さすが魔王様です)


 やはりあんな王女は魔王には相応しくない。

 ふと……本当にふと、いけないと分かっていてもある考えがよぎった。


(もしもイーダさえよければ、このまま魔王様の伴侶になってもらえないものでしょうか……)


 昨日も今日も魔王は楽しそうだった。

 怒ったりギクシャクしたりする場面もあったけれど、それはほんの短い時間だ。楽しそうにしている時間のほうがずっと長かった。


 イーダだってそうだった。イーダも魔王のことを好ましく思っているのではないだろうか。

 ふたりが一緒にいることが必然であるかのように思わせる何かが、そこには確かに存在していた。

 イーダなら……と思ってしまう。


(イーダなら魔王様に相応しい……)


 何ならソフィーのお腹にいたときから知っている。

 素直で朗らかな美しい女性に育った。

 そして、家族思いな……

 そこでラーシュの思考は急ブレーキがかかった。


(ああ、そうだ。イーダには18人の大家族がいるのだった……)


 重要なことを思い出してしまった。

 いっそ思い出さなければよかったかもしれないが、もう手遅れだ。

 イーダがもし天涯孤独だったのなら、あの手この手で魔界に引き留め、魔王の魅力をプレゼンするところだ。

 しかしイーダには帰る家があるのだ。そしてその家では、ソフィーがイーダの帰りを待っている。


(残念ですが諦めないといけませんね。魔界に帰ったら、やはり魔王様には大規模な婚活パーティーを開いて、慰めて差し上げましょう)


 第一王女の件を話すのは明日でもよいだろう。

 ラーシュも疲れていた。本音をいえば、すぐにでも横になりたかった。


 王宮の内部にこっそり忍び込み、空室のベッドを拝借することにした。

 さすが王宮のベッド。寝心地は抜群だ。

 とたんに身体が重くなった。


(老体に鞭を打ちすぎました)


 カラスの姿ゆえ、まぶたが下から上がってきた。完全に閉じられて、ラーシュの意識は闇夜と一体化した──


(はっ!? 私はどれぐらい眠っていたんでしょうか?)


 窓から見える太陽はすでにかなり高い位置にある。

 魔王の気配に集中した。

 昨夜寝ていたはずの部屋にはいない。

 あの部屋には今イーダだけがいるようだ。


(完全に寝過ごしました!)


 イーダのことも気になったが、魔王のところへ行くのが先だ。

 魔王の近くには、サンディと第一王女もいるのを感じる。


(一刻も早く駆けつけて、魔王様に話さなくては……)


 魔王なら、カラスになっているときの言葉も聞き取ってくれる。

 一旦窓から建物の外へ出て、3人の気配がする部屋へと最短ルートで回った。


 途中、イーダまでも転移したのを感じた。

 丁度いいけれど、とてつもなく嫌な予感がする。

 ソフィーの顔がチラついて気持ちが急いたが、どうにもならなかった。

 ラーシュは間に合わなかったのだ。


(魔王様、何バラしてくれちゃっているんですかーー!?)


 叫びながら、窓を突き破って謁見の間へ侵入した。



次回より最終章に入ります。

もう少しだけお付き合いください。

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