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25. 王宮④

 特効薬の材料を集め終わって魔界に帰ってきてからも、魔王とイーダのことはずっと気にかかっていた。

 だからその日のうちにもう1度ソフィーから呼ばれたとき、侍従長はしめたと思った。

 魔王と侍従長が揃って城を不在にするにも拘らず、部下たちへの指示はそこそこに人間界に駆けつけた。


(どんな緊急性の高いお使いを頼まれようとも、その合間に何としてでも魔王様とイーダの様子も確認しなければ!)


 意気込んで出かけた。

 けれど、その必要はなかった。ふたりのことを気にかけているのは、ソフィーも同じだったからだ。


「王宮に行って、魔王とイーダの様子を見てきてほしいの」


 ラーシュは『カアァ!』と大きくひと声鳴いて、首を勢いよく縦に動かした。


(まさに私が望んでいたことです!)


 ソフィーは、魔王については何も心配していないだろう。まあ、魔王が何かしないかのほうを案じている可能性は考えられるが。

 気がかりなのは、イーダのはずだ。

 ソフィーの目の届かないところで、国王と会ってしまうかもしれない。

 いや、特効薬を届けに行ったのだ。それも魔王と一緒に。国王と対面すると思っていいだろう。


(可能ならソフィー自身が王宮に飛んでいきたいところでしょうね)


 そんな大事な局面で、ラーシュを指名してくれたのだ。

 若き日のソフィーが秘密にしていた恋物語を知っている自分を。


「よろしくね」


(任せてください)


 ラーシュはソフィーを安心させるために力強く頷いた。


 あの恋物語は完全に終わったと思っていた。


(こんな形で未だにソフィーを苦しめようとは……)


 場合によっては、今や国王となったサンディ相手であろうと、体当たりでも何でもする腹を決めた。



 王宮を目指して翼を動かしながら、ラーシュは20年前を回想した──

 知り合った当初から、領主の子息サンディはソフィーにぞっこんだった。

 連絡をするのはいつもソフィーのほうからだった。その手段は使い魔のカラス。

 ソフィーは街に出かける予定があると、サンディに手紙を送った。


 サンディも同日に抜け出せるようなら、返事で待ち合わせ場所を指定し、ラーシュに託した。

 始めのうちは最初にソフィーと行ったカフェだったが、ふたりの共通のスポットが増えるにつれ、別の場所が指定されることも増えていった。


 ソフィーのほうも最初から憎からず思っていたからこそ、デートを重ねたのだろう。

 ソフィーの気持ちがサンディに追いつくのに、それほど時間はかからなかったように思う。

 ソフィーは集落でひとりきりになれるチャンスがあれば、すぐにラーシュを呼びつけた。

 そうして、しあわせそうにトロけた笑顔で『サンディがね、』と惚気話を話して聞かせた。


 ソフィーの恋人の存在を知っているのはラーシュだけだった。

 サンディが領主の子息それも王家の傍系ということが、交際当初から絶えず引っかかっていたのだ。

 だから、ラーシュ以外に打ち明けることはしなかった。


 けれど交際が順調に進んでいくと、自然とソフィーはサンディとの未来を望むようになっていった。


「魔女でも結婚した例はあるんだけど、今まで相手はみんな平民なの。私はサンディとは一緒になれないわよね?」


 ラーシュに答えを求めているわけではなかったと思う。

 ただ聞いてほしいのだろうと察し、首を動かしもせずに黙って聞いていた。

 ラーシュは話を聞きながら、人間の婚姻はずいぶんと不自由なのだなと思った。


「いずれサンディは結婚しなくちゃならないと思うの。私はそれまで一緒にいられればいいって、割り切らないといけないよね?」


 サンディとのデート中には、徹底的に隠していた葛藤。

 それをラーシュにだけ吐き出していた。


(この恋の結末はどうなることやら……)


 話を聞いてやることしかできないが、その代わりにいくらでも聞いてやろうと思った。


 事態が残酷なまでに急転直下したのは、その矢先のことだった。

 王都で斑紋死病という感染症が爆発的に流行った。

 貴族も平民も関係なくバタバタと倒れた。それは王族も例外ではなかった。


「それでサンディが王家に養子として迎えられることになったんですって」


 ソフィーはそこまで話したあたりから、ポロポロと泣き始めた。


「サンディは、『ノールブルク領を離れて、一緒に来てくれないか?』って最初は言ってくれたの。私のことを『養子にしてもいいっていう貴族を探すから、結婚してほしい』って」


(おおっ、あの優男がついに! ……なら、何を泣く必要が?)


 ラーシュは嫌な予感がした。


「私、身の程知らずだから浮かれちゃった。『魔女なのにいいの?』なんて笑って聞いたりして。だけど、そうしたらサンディはいきなり青ざめたの。『魔女?』って。あの人、私が魔女って気づいてなかったんだって」


(はああああ? どこまでボンクラなんでしょうか!?)


「そういえば、きちんとは伝えてなかったな。だけど、毎月お邸に痩身薬を配達してたし、貴方っていう使い魔が毎回手紙を届けてくれてたじゃない? それで気づかなかったなんて……」


 ソフィーは話しながら袖で涙を拭っていた。

 その袖は、腕に張り付いてしまうほど濡れていた。


(目をそんなに強く擦ったらいけないですよ……)


「サンディはこう言ったの。『いくらノールブルク家からの頼みでも身元調査くらいはするだろうから、胡散臭い魔女を養子にしてくれる貴族なんて見つからないよ』って。それから『下働きのメイドとしてなら平民でも王宮勤めはできるだろうけど、魔女のような胡散臭い者を愛妾にするために王宮に入れて、それが万一バレでもしたら……』ってぶつぶつボヤき出したの!」


 ソフィーはわーっと泣き出した。


「2回も! 2回も『胡散臭い』って言ったのよ。魔女がどんな悪事を働いたっていうの? たまたま魔法を使う能力をもって生まれたから、それを活かして働いてる。貴族の依頼だって受けてるのよ。それだけなのに。それに愛妾って何? 私のこと何だと思ってるの?」


(何と酷い男なんでしょうか!)


 ラーシュは憤慨したが、このときも黙ってソフィーの隣にいることしかできなかった。

 そうしてソフィーがとうとう泣きつかれて眠ってしまうと、ラーシュは強制的に魔界に帰らされた。


 次にソフィーに呼ばれたとき、ラーシュは目を丸くした。


「カアアァァ!」


「あっ、このお腹? 実は前回ラーシュを呼んで話を聞いてもらったときには、すでに妊娠してたみたいなの」


 吹っ切れたように明るい顔だった。

 最初に指摘したのは当時の大魔女だったという。


「私のお腹に、『別の魔力が宿ってる』って。ラッキーでしょ? 魔女ならこの集落で育てられるもの。だけど、父親が誰なのか私が口を割らないでいたら、大魔女は『父親の名前が言えないのなら、母親のことも秘密にしなさい』って。この子は孤児院から引き取ってきた子ってことにするの」


(それでいいんですか……)


「ラーシュ、もしかして私のこと可哀そうって思ってる? 違うの。私が実の母だって分かってたら、この子は成長したら父親が誰なのか知りたくなるかもしれないでしょう? でも、父親のことは教えられない。だから大魔女に従うのが最善なの」


 『そんな顔しないで』とソフィーは笑った。

 カラスの自分はどんな顔をしていたのだろうか……


「それに考えてもみて! この子は父親を永久に失うかもしれないけど、代わりにたくさんの祖母と母と姉ができるのよ」


 サンディとは恐らくあれきりになったのだろう。

 それでも逞しく笑うソフィーは、すでに母親の顔になっていた。

 この日からラーシュも人間界に呼ばれる度に、ソフィーとイーダを見守ってきた。

 実の母娘であることをイーダは知らなくても、紛れもなく母娘そのものだった──


(イーダと、そしてソフィーのためにも、一刻も早く王宮へ行かなくては……)


 ラーシュは全速力で王宮へと向かった。


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