8.郷里への帰還
街から4日。
森に囲まれた辺鄙なところにある小さな集落にチェスは来ていた。
魔獣討伐だ。
「おお~よくぞ来てくださいました。お待ちしておりました冒険者殿」
「ああ」
「疲れました~遠いです~」
往復で八日。討伐日数や準備を入れたらそれ以上かかる。
それで中型魔獣の討伐では完全な赤字だ。
ゆえに、誰も依頼を受けない。
「おい、お前もしかしてチェスか?」
チェスと同年代らしき青年がしかめ面をしていた。
「チェス」という言葉を聞いて村人たちが口々に何かを話し始める。
「チェス君、お友達です?」
「おれに友人はいねぇ」
「だろうな」
チェスに向けられた村人たちの感情は、不信、困惑、そして怒りだ。
「おめぇの父親はろくでもない男だった。おめぇも野良犬同然で畑を荒すは種籾は食うは手を焼かされた。そんなおめぇが今更わしらに何の用じゃ。今更罪滅ぼしのつもりか?」
「ああ? おれはてめぇらに謝ることなど何もねぇ。こんな辺鄙な場所でしか生きられねぇ負け犬共に偉そうな説教をされる覚えもねぇ」
村人たちは激怒した。
「帰ぇれ! てめぇにやらす仕事なんかねぇだ!」
「そうだ!!」
「野良犬めが!!」
罵詈雑言を浴びながら、チェスは反転し、村の入口へと引き返した。
「待て」
村の長老が引き留めた。
「長老……こんな奴に依頼しても無駄だよ」
「そうだ。何か盗みに来たに決まってるさ」
「……この村に盗むようなものがあるか?」
村の荒れ様はひどく、石垣がところどころ崩れ、家屋が倒壊している。
人死にが続いているのか、火葬の跡の煤が地面のあちこちに残っている。へたり込み呆然としている女は家族を失ったのか、ひどくやつれていた。
チェスは話を切り出した。
「相手はどんなだ? 大きさは」
誰も答えない。
長老が一人の大男をにらむ。
山守の男だ。
「そ、それが……実はどうやら何匹かいるようなんじゃ……」
「なら、領主に兵を派遣させるべきだろ?」
「ここのところ不作で、税も満足に納められていない状況で……」
村長が苦境を吐露する。
チェスはそういえば昔からそうだったと思い出す。
税を納めると言ってもここはどこの地方行政に属するかあいまいだ。
庇護が得られないとこういう時困るため、昔から近隣の領主の下へ挨拶と貢物を贈り関係をつなげてはいる。その程度では恒常的な支援、見返りは期待できない。せいぜい無法者が集うのを防ぐため、定期的な見回りの対象とされる程度だ。
「はぁ……普通だったら虚偽依頼で違約金だぞ」
「……受けてくれるか」
「とはいえ、おれも中型魔獣を複数相手するには……」
チェスの戦闘スタイルはシンプルだ。
罠をちりばめ、隙を作り、一撃で弱点を斬りつける。
「まぁ、やってはみる」
◇
村人たちはチェスに不信感を抱いていた。
村人たちは長老に詰め寄る。
「長老……なぜチェスに」
「あいつの親父も冒険者じゃったが、だめな奴だった。村の魔獣を討伐したと嘘を付いてライセンスをはく奪された」
「あの時も何人も死んだっちゅうに、あいつは酒を飲んでヘラヘラ言い訳しとった」
口々に村人たちが異議を唱える。
魔獣の恐怖、食糧難。
村人たちの我慢は限界で、かつての怒りが殺意の引き金となり、チェスに向けられようとしていた。
「みな落ち着け。あの子を見たじゃろう。獣人の子を連れておった」
長老は落ち着き払って答えた。
「清潔な服に、サイズのあった靴を履いて、やせ細っていなかった」
チェスの登場に動転していた村人たちは気にする余裕がなかったが、確かに連れていたことを思い出す。
「どこかの奴隷を買ってきたんでねぇか?」
獣人は奴隷にされやすい。
チェスが獣人の女の子を大事に育てているなんて信じられなかった。
「ずっとワシらから庇っておったよ。それにあの子のチェスを見る眼は信頼に満ちておった」
「なんでチェスが」
「……変わったんじゃろう。人は変われる。わしらにあの子を変える義理は無かったとはいえ、変えられる機会はあったのに何もせんかった。誰かがあの子を変えてくれた。じゃからわざわざここまで戻ってきたんじゃろう」
「じゃけども……信用ならん」
「フテナからここまでは遠い。こんな依頼は実入りも無かろう……子供一人、街で生きていくことは並々ならぬ苦労があったことだろうよ」
村人たちの反感が治まりかけたとき、一人が声を上げた。
「おらは信じねぇ!」
青年が異を唱えた。
「あいつがどう変わったかなんてわからねぇだろ! あいつとあいつの親父がやったことが無かったことにはならねぇ!!」
「……そうだな。結局あいつはわしらに詫びもねぇんだ」
「許せねぇ。ああ、人がそう簡単に変わることはねぇ! 騙されちゃいけん!!」
村人たちの反感は治まらなかった。
長老は村人たちを説得することは無かった。
ブックマーク、評価を励みにして連載しております。ぜひよろしくお願いします。




