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それは長き戦いの果てであった。
東と西の神は、争い、なおも争い、またそのうえに争いを繰り返した。
そして戦いが終わった後、残されたものは、荒れ変わり果てた大地と、神々の戦いに使われた武器のために見るも不気味な姿と習性を備えるようになった生物だった。荒廃したこの世界、かつては緑豊かな『地球』と呼ばれていたこの地の上で、それらの太古生物はお互いを喰み合い、殺し合い、地獄絵図を繰り広げていた。
荒廃の世、と呼ばれているのがその時である。
だが、そういった中でも、わずかに正常な姿を保ったものも居た。
彼らは東西の神々が争い始めた時、行く末を読み取り、ひそかに自らの最高の力を結集させて、万が一のための小部屋を地下に造った。続く大変動の時代を乗り越えるべく造られた小部屋は、生命を造り上げるためのものであった。
その小部屋で、彼らは荒廃の世を耐え忍び、自らの命を、種としての記憶を保存し、再生することによって存えた。
種の記憶は彼らのものだけが保存されているのではなかった。東西の神々が戦いを始める前に、この世界に生きていたもの、ありとあらゆる生物の種の記憶が、そこには保存されていた。
それらを再生し続けることによって、彼らは何とかしてその記憶を、荒廃の世が終わり、また再び彼らが栄える時まで残そうとした。
試みは成功したように思われた。
だが、運命はより苛烈であった。
ある日、彼らは、己の再生した記憶の中に、歪みが生じているのを発見した。記憶通りに再生したはずなのに、その再生された生物は、見るもおぞましい外の荒廃の世界の生物の特徴を備えていたのだ。
どうしたことなのだ。
人々はうろたえた。
これは一体、どういうことなのだ。装置は完璧であったはずだ。何が、どうなったのだ。
それでは、と一人が言い出した。
我々の中に、その因子を受けた者がいるのだ。忌まわしい外界の血を混ぜ込んだ、裏切り者がいるのだ。
それは誰だ。誰が呪われているのだ。
疑心暗鬼、人の心に棲む闇が、人々を焦燥に駆り立てていく。
このままでは、次に再生される生物、いや、再生される自分が、外の世界のような怪物になってしまう! 誰だ? 誰のせいだ!?
ついに、小部屋の中の人々は殺し合いを始めた。誰もが相手こそが怪物の因子を抱えていると疑い、相手さえいなくなれば元の安寧な日々が戻ると信じ。
倒れていく一人、二人、三人、四人……だが、その間も装置は再生し続けていく。正常な姿のヒト、異常な姿のヒト、正常な姿の生物、異常な姿の生物。
最後に生き残った一人が、ようやく発見した。
異常な再生は誰のせいでもない。再生を繰り返すうちに、ほんの微細なずれが生じるのだ。そのずれが重なり続け、時に決定的な記憶を狂わせ、種の記憶を根本から変えてしまっていくのだ。そして、それは、装置による再生を繰り返す限り避けられないことなのだ。
同じもの、同じ種の記憶ーそれはデーヌエーとも呼ばれたーをもとに再生を繰り返す限り、どうしようもないこと……ただ、抵抗する道は二つある。装置を壊し、この世の生命を絶ってしまうこと。もう一つは、新たな種の記憶を補充すること。
だが、最後の一人には、その決断は重すぎた。
この世の正常な生命の唯一のつなぎ目を断ち切れば、世は混乱と破滅の果てに死に絶える。かといって、新たな種の記憶を補充するためには、これまでに再生して世界に放って来た生物の中から、その保存者を選んでこなくてはならない。
その保存者が自分と同じ、少なくとも異常な因子をほとんど持たない存在である確率はどれぐらいあるのだろう。もし既に外界と交わって、姿のみ同じである者であれば、それこそ忌むべき因子を、殺し合ってまで避けて来た因子を自ら呼び込むことになる。
ではどうすればいい。
煩悶と逡巡、創世の傲慢に浸ることさえできぬ心とその魂。
閃光がひらめき、その体は倒れた。
それを再生するために働く者はもう誰もいなかった。
装置は小部屋の中で、次第に歪んでいく種の記憶を元にひたすら生物を再生し続け、決まった手続きで地上へ、荒廃の世へ送り出していった。
最後の一人は、決断を運命に任せた……。




