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おそるおそるアシャに目をやると、隣に寝ていたらしく、上半身を起こした姿勢でユーノの上に屈み込んでいた。体を竦めているユーノにそっと毛布をかけて肩まで包んでくれながら、この上なく優しい目で見つめ返してくる。
「大丈夫か?」
「うん…」
まるで雛を守る親鳥のようだ、そう思いながら頷く。
「傷の手当が不十分だったんだな。槍傷で治りにくいところへ無理をしたからな」
「槍…傷…」
(槍で、傷ついた……?)
「何か思い出せるか?」
「……そんな気もするんだけど……」
なぜそんなことを知っているのだろう、そう思う反面、槍で傷つく、それではまるで仲間に裏切られたようなものだと思った気持ちをユーノはとっさに隠した。
(仲間と信じた相手に…裏切られる…)
息を吐いて目を閉じる。体の芯がぼうっと熱くなっている。
(それは…辛いな…)
ずきずき痛むのは、傷の部分ではなく、心のもっと奥底だ。視界の裏にくるくる翻る花びらの舞、なぜそんなものが浮かぶのかわからないまま瞬きしたのを、アシャは別の意味にとったようだ。
「疲れているようだな。もう少し寝るか?」
「うん……平原竜は……?」
「穴の入り口で丸くなっている。風よけと侵入者よけになる」
「穴……」
言われて自分達が休んでいるのが小さな洞穴だと気づいた。ぼんやりと明るいのは光石があるせいらしい。
(光石…)
ぶるっとユーノは体を震わせた。
嫌な思い出がある。光石……何か、禍々しい影の記憶。
「寒いのか?」
「うう…ん……?」
アシャの問いに応じながら、眉をひそめる。
(前にも同じ問いかけがあった……あの時、ボクは何と答えた……?)
「……うん……ちょっと……」
「そうか」
アシャは毛布をより引っ張り上げ、しっかりユーノの体を包んでくれた。羽織っていたマントも着せかけてくれる。それを見ながら、膨れ上がってくる違和感に捉えられる。
(違う……もっと……違うこと……)
「アシャ…」
「うん?」
ユーノは呼びかけて左手を抜き出し、アシャに差し伸べた。不審気な表情になる相手におかまいなしに、近づいたアシャの体に巻き付け、引き寄せる。
「え…あ…」
拒みはしなかったが、アシャは複雑な表情でユーノを覗き込んできた。
「『星の剣士』(ニスフェル)?」
「違うんだ……あの時は……違ったんだ」
「あの時……? …っ」
繰り返してアシャははっとしたようだった。ユーノを見つめ、しばらく動かずに居たが、何かを決めたように素早く上半身の着衣を脱いだ。ためらう間も拒む間も与えずに、するりとユーノを覆った毛布の中へ滑り込み、傷に障らないようにユーノを抱き寄せてくれる。
「ん…」
(そうだ……これだ…)
安心して、その腕に包まれて、なのに同時に、居たたまれないような切なさに胸が詰まって、ユーノは身を竦めた。これで正しいはずなのに、なぜこんなに不安になるのか確かめようとして目を開けると、まるでそれを待っていたようにアシャが囁いてくる。
「まだ……寒いか?」
「ううん…」
(そうだ……確か……こう答えたんだ)
アシャの手が優しくユーノの頭を抱き寄せる。吐息が髪にかかって、体が思わず震える。甘い……甘い波……切なさに心が砕けそうだ。
「アシャ…」
「ん?」
(どうして、ボクは)
こんなにここに居ることに安心するのに、ここに居てはいけないんだと、これほど強く思うんだろう?
「アシャ……」
「どうした?」
(もう少しなのに)
確信したい、この腕の中に居ることが正しいのだと。なのに、思った瞬間に、氷の底に閉じ込められるようなこの寒さは、胸を断ち割られるような痛みは、どこからやってくるのだろう。
「ごめん……」
「……」
涙がにじむ。ここから踏み込めないもどかしさだけではなくて、何か取り返しのつかない出来事を味わっているような気がして。
「ここまでしか……思い出せない」
嘘をついた。
「……」
ふっとアシャの体が緊張したが、すぐに緩んだ。静かに手を離してくれる。
「無理しなくていい。今は休んでいろ」
「うん…」
頷き、ほっとする。アシャの胸に頭を寄せて、腕の中に潜り込む。
(あったかいね……アシャ)
今はもうそれだけでいい。
それだけで、全ては報われ、何もかもうまくいくような気がして、今度は夢も見ずにユーノは眠り込んだ。




