異世界へ
俺を含める『こちらの住人』三人は、当然、異世界に行ったことなど一度もないため、出かける前に、異世界に行くにあたっての注意事項などを、セバスちゃんから聞くことになった。
「まずは皆さん、今着ている衣服を脱いで下さい」
価値観が真逆の『服を着ていることが恥ずかしい世界』に行くのだから、当然、俺たちも裸になる必要がある。とはいえ、思春期の男女がいきなり異性の目の前で「衣服を脱げ」と言われて「はい、そうですか」と、簡単に脱げるものではない。俺は、とりあえず疑問に思ったことを聞いてみる。
「なあ、セバスちゃん。お前らの世界では、一般的にどれくらいまで脱いでいるものなんだ?」
俺がそう尋ねると、セバスちゃんは「チッ」と舌打ちをしてから答えた。
「そうですね……だいたい一般層の方々ですと、〝上半身はTシャツのみ、下半身は下着のみ〟……といったところでしょうか。ですが皆さんは〝王女殿下の嫁候補と愉快な仲間たち〟という立ち位置ですので、〝下着のみ〟が良いでしょう。因みに私たちの国で正礼装とされる格好は、〝新聞紙〟ですね」
なんか、色々とツッコミどころがあるのだが、とりあえず下着のみならなんとかなりそうだ。
「一応聞くが、その〝下着のみ〟には女子のブラジャーとか、キャミソールみたいなのも含まれてるんだよな……」
「ええ、キャミソールは下着に含まれるので、大丈夫です」
まあ、それなら目のやり場に困ることもないだろう……。
「と、いうことみたいだ。だから、お前らも安心して脱いで良いぞ」
「「……えっ?」」
俺が、ミユキと唯香を見ると、既に二人とも衣服を全て脱いだ後だった。
「――ッ! なんでお前ら二人とも、もう全部脱いじゃってるの?」
「えーっ? だってお兄ちゃんに見られてもボク、全然恥ずかしくないよ」
「私も、ケーくんになら、いくら見られようが平気だよー」
どうやら、こいつらに常識的な反応を求めた俺がバカだったようだ。
「えっと、俺が恥ずかしくてお前らを見れなくなるから、下着だけでも着て下さい、お願いします」
「もーう、しょうがないなあ、お兄ちゃんは……」
「ケーくんってこういうところ、ウブなんだよね〜。でもそこが可愛くて好き。愛してる」
二人はそう言って、ようやく下着姿になってくれた。
* * * * *
「では、皆さん準備が出来たようなので、先ほど言った手順どおりに転送装置を操作して下さい」
俺たちは、セバスちゃんの指示通りに捜査をして、転送を開始する。転送が始まろうとした時に、唯香がセバスちゃんに質問をした。
「ところでスーちゃん、私の演ってるアニメだと、異世界に行った途端にチート能力が手に入るのが多いけど、期待しても良いの?」
「分かりませんね。手に入るかもしれないし入らないかもしれません。何しろこちらからの転移は、前例がありませんので……」
そんな会話が聞こえたのを最後に、俺たちは異世界へと飛ばされたようだ。
* * * * *
「ここは……」俺たちが辺りをキョロキョロと見回していると、マーヤが口を開いた。
「Eh〝uUykIhc〟IAkEs On IhcAtIhsAtAw OsOkuOy」
「? ……そうか、既に言語が変わっているんだな」
俺は、この世界の言語が理解できるように意識を切り替える。少し前に例のドリンクを飲んだ二人も俺と同じように意識を切り替えた。
「……どうだケイスケ、この世界は気に障ってもらえたか?」
「マーヤ、とりあえず俺たち三人に、あの光線銃を撃ってくれ! 価値観が逆になってると混乱する」
「うーむ、それもそうか……」
王女はそう言うと、俺たち三人に容赦なく光線銃を浴びせる。するとあっという間に俺たちの価値観が逆転する。先ほどまで汚らしいと思っていた光景が、今ではとても素晴らしい絶景に見えているのだ。
「凄いな、これは……」
「本当、私、お兄ちゃんについて来て良かった」
「そうね、ケーくんのお嫁さんで良かったわ」
実際に全員の口から出ている会話は、おそらく真逆なものだが、言語と価値観が統一されているため、普通の会話をすれば、それで話が通じる。ここで反対語を考えて話すとおそらく通じなくなる。俺たちの会話からそれを感じ取ったらしいマーヤが言う。
「さて、ではケイスケくんと唯香ちゃん、それからオマケの雌一匹……。価値観と言語が統一された今だから、もう一度言うね。『ようこそ、私たちの世界〝地球〟へ』」
「ええっ? 〝地球〟って、どうい――」
「ちょっと、泥棒猫ッ! オマケの雌一匹って、もしかして私のこと? 私もちゃんと名前で呼びなさいよ!」
俺がマーヤに質問しようとするのをミユキが遮って、文句を垂れた。
「ハッ、〝ゴミユキ〟の分際で偉そうに! 貴方なんかにケイスケくんのお嫁さんが務まるわけ無いでしょう。ケイスケくんの〝お嫁さん〟になるのは私よ」
「ちょっと待って、マーヤ。……えっと、マーヤの〝お婿さん〟になるのは、俺だよね?」
「そうよ、ケイスケくん」
「あれ? でも、あっちの世界にいた時は、確かに〝お婿さん〟って言ってたような……って、あれ?」
なんてことだ。今さら気づいたが、マーヤは初めから俺のことを〝お婿さんにする〟って言っていたようだ。俺がマーヤのほうを見ると、ミユキと激しく口論をしていた。この光景、もし価値観が逆転していなかったら、二人がキスをしてるように見えていたに違いない。
「もう、二人ともいつまでも喧嘩してないで、そろそろ先に進もうよ」
俺がそう促すと、二人は渋々、喧嘩をするのをやめた。
二人の喧嘩を黙って見ていた唯香が、「なんかツマンナイ……。ねえマーちゃん、今度からボクには光線銃を撃たなくて良いよ。これだと何見ても全然普通だもん」とマーヤにお願いした。俺の妹は、とことん快楽主義者らしい。
* * * * *
そんなこんなで、俺たちは王都まで来ていた。価値観が逆転している今の俺には、ここは普通の現代日本にしか見えない。多分、他の二人もそうだろう。
「じゃあ、お城まで案内するね」
そう言うと、マーヤは俺たちを先導して、西洋風のお城まで案内してくれた。
「やっぱり、ここは日本っぽいけど全然違う世界なんだな」
俺は、ボソリとそう呟きながら、マーヤの後をついて行く。すると突然、マーヤが振り返ってこう言った。
「そういえば、もう自分の国に戻ったんだから、変身を解くね――」
直後、マーヤの身体がまばゆく輝いたかと思うと、今まで黒かった彼女の髪が黄金色に変わっていた。
「これが妾の本当の姿じゃ。あちらの世界ではキンパツは目立つからのう。今まで黒髮のフリをしていたというわけじゃ」
それは、とても美しい金髪美少女だった。あまりの美しさに見とれていると、唯香が羨ましそうにマーヤに言う。
「マーちゃん、いいなぁ。綺麗な金髪で……。よーし、ボクもやってみようっと」
そう言って、唯香はマーヤがしたのと同じような挙動をする。
「いやいや、そんなマーヤの真似をしたくらいで変身できるはずが――」
俺がそう言いかけた時、唯香の体が光り出して……なんと、マーヤそっくりになっていた。
「……ありゃりゃ、ちょっと失敗しちゃったみたい」
マーヤ(唯香)がそう言うと、マーヤ(本物)がマーヤ(唯香)に言う。
「ふむ……どうやら唯香ちゃんは、異世界転移で〝変身能力〟を手に入れたようじゃの」
「変身能力……かあ。これ、面白いかも」
そう言うと唯香は、マーヤの姿から俺の姿になり、ミユキの姿に変わり、セバスちゃんに変わった後、自分の姿に戻った。
「わーい。超たのし〜い」
唯香は手に入れた能力に燥いでいるが、こちらとしては傍迷惑な能力だ。快楽主義者の唯香のことだから、きっと、ここぞとばかりに使って混乱をさせてくるに違いない。
俺は、これから起こるであろう波乱に、恐れおののくしかなかった。




