セバスちゃん
俺と山田は、今にも潰れそうなボロアパートの前に立っていた。俺はおそるおそる山田に尋ねる。
「おい、まさかとは思うがお前、こんなボロアパートに住んでるのか?」
「二階堂くん、こんなに立派なアパートをボロアパートだなんて、いくら何でもひどいと思うの。お家賃がなんと月7千円の、王女たる私に相応しい立派なお部屋なのよ」
「いくら何でも安すぎるだろ! もしかして事故物件か何かか?」
俺のツッコミにもこの王女様はニコニコとしているだけだ。
「まあ、部屋が安すぎることなんて別に関係ないか。とりあえずお前の部屋に案内してくれ」
俺がそう促すと、彼女はポケットから部屋のものらしき鍵を取り出して言った。
「二階堂くん、私の部屋、少し散らかってるけど気にしないでね」
そう言うと彼女は階段を登り2階の『207』と書かれた部屋の前に立つ。俺も彼女の隣に並ぶと、部屋のドアが開くのを待った。
――ガチャリ! という音とともに、隣の208号室の扉が開いた。
中から出て来たのは少しお姉さん風の女性だった。何故か頭をバスタオルで乾かしながら、パンツ一枚だけしか身につけていないという、お風呂上がりそのものといった姿だった。
「あらマーヤ姫様、お帰りなさいませ。この方が例の殿方ですか――」
半裸のお姉さんは平然とした顔で、俺たちにお辞儀をする。何も着ていない胸部がお辞儀で激しく揺れる。で、デカい…… 100センチくらいありそうな巨乳が、まるで別の生き物のように激しく揺れていた。
「ただいま。……セバス、少し着替えて来ますので、彼を部屋まで案内してあげて下さい」
「分かりました姫様。では、二階堂様はこちらへお越しくださいませ」
半裸のお姉さんは、そのまま俺を別室へと案内しようとする。
「ちょっと待って下さい。着替えるべきはお姉さんの方なんじゃないですか?」
俺はあまりの出来事に狼狽えながらそう告げる。
「これは失礼しました二階堂様。……すぐに脱ぎますね」
そう言ってお姉さんはパンツに手をかけた。
「違うって! 何でパンツまで脱ごうとしてるわけ?」
俺は慌ててお姉さんの手を押さえつける。
そこへ、着替えが終わったらしい姫様がやって来た。俺たちの姿を捉えると姫様はものすごい剣幕で俺に怒鳴りつけた。
「見損ないました! 二階堂くんって、そういうことする人だったのですね」
「わああーっ! 冤罪だよ。俺を痴漢みたいに言わないでくれ」
俺は必死に身の潔白を証明しようとする。
「いいえ二階堂くん、さっきセバスが下着を脱ごうとするの止めたでしょう。これは立派な痴漢行為です! そうですよね、セバス――」
「はい姫様、先ほど二階堂様に無理やり、パンツを脱ぐのを止められました。私、とっても怖かったです」
「ほら御覧なさい、二階堂くんは痴漢行為をしました」
――何でだよっ! 寧ろ痴女を止めた立派な行いじゃないか。何で俺が悪いみたいな流れになってるんだよ!
「罰として、二階堂くんにはセバスから『きつい一発』を受けてもらいます」
「二階堂様、お覚悟を――」
そういうとお姉さんは、俺に向かって鬼気迫る顔で近づいてくる。
「ヒイッ! ダレカタスケテ……」
逃げ出そうとする俺を、いつの間にか後ろに回り込んでいた山田が羽交い締めにする。逃げられないと悟った俺は、必死に目を瞑った。
直後に衝撃が――
――チュッ
「……あれっ?」
俺が、おそるおそる目を開けると、俺の眼前にはお姉さんの瞼があった。そして、俺のファーストキスは露出狂のお姉さんに奪われていたのだった。
数分後、無事に『きつい一発』から解放された俺は、二人と共に『209』と書かれた部屋の中に居た。お姉さんは相変わらず半裸だが、どう言うわけか山田も下着姿になっている。まあ、室内なんだから寛いでいるだけかもしれないけど、警戒心なさすぎだろ、この二人――
「さっきはごめんね、二階堂くん。私ついカッとなって、この世界のルールを忘れてたけど、二階堂くんは全然悪くなかったね」
「二階堂様、先ほどは失礼なことをしてしまい、済みませんでした」
二人は、俺にペコペコと頭を下げている。
「いえ、誤解が解けたようで良かったです。それに、俺のファーストキスの相手がお姉さんのような美人だったと思うと嬉しいです」
一瞬の沈黙があったかと思うと、お姉さんが口を開いた。
「私のことを『美人』だとブジョ……、褒めていただけて光栄です。それから、私のほうが二階堂様より年下ですので、どうかセバスとお呼びくださいませ」
セバスちゃんの顔が少し引きつっているように見えるのは気のせいだろうか。
「……あのね、二階堂くん。私たちの住んでる世界は、此処とは価値観が真逆なの。だから『美人』っていうのは侮辱の言葉だし、服を着るということはとても恥ずかしい行為なの。だから今までの非礼は許して欲しいな……」
――なるほど、今までの不可解な出来事の理由がやっとわかった。
「すると、さっきのキスは――」
「こちらの世界でなら『ビンタすること』に該当しますね」
何とも恐ろしいことだ。価値観、違いすぎだろう……
「じゃあ、俺たちの世界で『死刑』に当たるのは? もしかして……」
「「セックスです!」」
二人が口を揃えて答える。
「おいおい、それだとどうやって子供を作ってるんだよ」
「そこなんですよねー、問題は……」
そう言うと山田は何処から持って来たのかフリップとペンを俺に渡して言った。
「では、二階堂くん。私たちの世界ではどうやって子供を作っていると思うか、フリップに書いてみてください」
山田がそう言うと、室内に軽快な音楽が流れる。この音楽は――セバスちゃんが鍵盤ハーモニカで吹いていた。なんか可愛いぞ。半裸だけど……
俺はフリップに書き終えると、その場に伏せる。完全にテレビのクイズ番組のノリだった。
「では二階堂くん、答えを出してください」
「デデンッ!」
俺がフリップを見せると、山田が溜息をこぼす。
「二階堂くん、残念だけどそれは無いわね」
「そんな気はしてた……」
俺の出した答えは『殺しあうと子供が生まれる』と言う奇抜な意見だった。
「殺し合ったらやっぱり死ぬんだな」俺はそう呟きながら思案した。
「じゃあ、嫌い合った人たちが子作りしてるのか?」
「それも違うよ。まあ、セックスすれば子供ができるのは、この世界と同じだけどね」
「……じゃあ、もしかしたら体外受精とかか?」
俺がそう言うと、二人は「その手があったか!」と口を揃えて言い、山田はセバスちゃんに一刻も早く国へ帰って知らせるように指示を出した。
「では、急いで行ってきます」
セバスちゃんは、そう言うと乳首に貼られていた絆創膏を撫で回しながら、呪文を唱えた。
「なあ、あの絆創膏って……」
「ああ、あれは異世界転移装置です」
「もしかして彼女、最初からあれを付けてた?」
「ええ、最初から付けてましたよ」
そして、セバスちゃんの姿が消え、二人きりになった。
「で、さっきの答えは何だったの?」
「さっきの答え……ですか? 世の中には知らないほうが良いことも有るんですが、聞きたいですか?」
んん? 何でもったいぶるんだ?
「聞かせてくれ」
「まず、女性が愛する男性を殺します――」
「分かった。もういい……」
要するにカマキリの交尾のようなものだろう。こいつらは本当に俺たちとは価値観が違うということが改めて分かった。こんなに価値観が違っていたら、彼女の世界に行くのは無理だ。彼女の世界に行く話は断ろう。それが一番最良のはずだ。その時の俺は、心の底からそう思っていたのだった。




