衝撃すぎる告白
ゴールデンウィークも明けてすっかり学校生活にも慣れてきたある日のことだった。放課後、俺はクラスメイトの女生徒に呼び出され、校庭の裏にある大きな桜の木の前に立っていた。桜の木とはいえ季節はもう初夏。緑生い茂るこの木を桜と呼んでも良いのかという疑問が湧いてくる。まあ、そんなことはどうでも良いのだが……
俺の目の前には頬を赤らめながら立っている女生徒の姿があった。先日、男子生徒の間で密かに行われた『クラス内人気投票』で二位だった彼女は、クラスの男子曰く、「とびきり可愛いというわけではないけれど、とても優しい」らしい。
なるほど、確かに言われてみれば、黒髮ロングでいかにも優等生という見た目だ。それでいて特に気取った態度というわけでもなく、クラスの男子とも分け隔てなく気さくに話している姿を何度か見かけたことがある。男子生徒に人気が出るのも頷ける。
だが、俺は正直のところ彼女のことをよく知らず、名前も朧げにしか覚えていない。えーっと、確かこいつの名前は、山田……だったかな?
山田は、さっきからずっと瞬きを繰り返したり口をもごもごさせたり髪の毛をクルクルと指先に絡めたりしているが、何かを話し出すような仕草を見せない。あまりにも長い沈黙が続いたため、俺は遂にしびれを切らして、彼女に話を促すことにした。
「なあ山田、俺のこと呼び出したのって、お前だろ? さっきからずっと黙ってるけど、用があるのなら早くしてくれないか? 俺、忙しいんだけど……」
「ちっ、違っ! 私、『山田』じゃなくて『齋藤』だよ。私の名前は『齋藤真綾』。一文字も合ってないからね。二階堂くん」
彼女が、慌てて名前を訂正して来た。そうか、こいつの名前は齋藤真綾だったか。うん、もう覚えたし大丈夫だ。
「それで山田、俺に話したいことって何?」
俺は山田に話の続きを促した。
「……二階堂くん、もしかしてわざと名前間違えてない?」
山田は眉間に皺を寄せて訝しげな目つきで俺に尋ねてくる。
「え〜っと、佐藤……だっけ? ごめんな。俺、実は他人の名前を覚えるの苦手なんだ……」
俺は今まで誰にも打ち明けなかった秘密を山田に打ち明ける。
「そうだったんだ……。えーっと、ごめんね二階堂くん。他人の名前を覚えられないって辛いんだよね、きっと……。それなのに私ったら無神経なこと言っちゃったみたい。……本当にごめんなさい」
山田は目尻に涙を浮かべながら必死に謝っている。俺の言葉一つで此処まで感情移入できる人間なんて生まれて初めて見た。こんな姿を見せられたら、そこらの男子生徒が彼女に惹かれるのも納得できてしまう。
それにしてもこいつ、さっきからずっと頭をペコペコ下げて泣きながら俺に謝っているな。
「ごめんね二階堂くん、……ひぐっ、ごめ……、ごめんなさい」
……なんかこんなに必死に謝り続けられると、まるで俺が泣かしてるみたいじゃないか。
「あー、もういいよ山田。他人の名前を覚えられないっての、あれ……、嘘だからさ。騙して悪かったな」
俺は、彼女を宥めるために、しれっと言ってのけた。嘘も方便、これで彼女が泣き止んでくれるのならば、俺が他人の名前を覚えられないことなんて、事実だろうがそうでなかろうが関係ない。
「えっ? 嘘……なの?」
彼女はじーっと、俺の瞳を覗き込むように見つめている。……何だか気まずい雰囲気だぞ。っていうか、顔が近い。
「あー、まあ……、嘘でした。スミマセン」
俺は三歩ほど後ずさり、彼女から視線を逸らしながら謝った。
「……」
俺と彼女の沈黙が続く――いや、よく見ると彼女は小声で何かブツブツ言ってるみたいだ。
「ううう〜。なんでこんな人……になっちゃ……んだろう……」
よく聞き取れないが『なんでこんな人の事を好きになっちゃったんだろう』と言ってるのかな。……ってことはやっぱり俺に告白するために呼び出したってことか。いやあ〜、モテる男は辛いぜ。
「んで、俺に何の用があるんだ?」
――さあ山田、告白するなら今が最大のチャンスだぞ! お前の恋心を思いっきり俺にぶつけて見ろ! 全力で受け止めてやる!
山田が、意を決したように口を開いた。
「……そうだった。あのね二階堂くん。一回しか言わないから、ちゃんと聞いてね。私、実は――」
俺は彼女の告白をちゃんと聞き届けようと、ごくりと唾を飲み込んだ。
「――私ね、本当は、この世界の人間じゃないの」
「はぁ? ええぇっ? 今、なんて言った……?」
――おいおいおい、どういうことだよ。この世界の人間じゃない? ……何だよそれ? 全く意味不明だぞ。だいたいなんでそれを俺に伝える必要があるんだ? っていうか、愛の告白じゃないのかよ……
彼女の予想だにしない一言は、俺の思考を一瞬にして大混乱に陥れた。
「あのね、私、実は此処とは違う世界にある『カイベルト』っていう国の王女なの」山田は自分の素性を明かす。「私の本当の名前は『マーヤ・プリ・メキョネッタ・デ・ヤンベーク・スムルニュキア・ド・ムコニャレーア』と言います」
「なにその長い本名……っていうか、お前、異世界のお姫様だったのか?」
「私の名前には、この世界には存在しない音声が含まれるから、本当はちょっと発音が違うんだけれどね」と、彼女は補足した。
まあ、真実かどうかはともかくとして、そんな異世界のお姫様が俺に用事って何だろう? 俺はそのことを彼女に尋ねることにした。
「えっと、お前の本名が『マーヤ、プリプリのエビをたっぷり載せた宅配ピザをお腹いっぱい食べたいニャー』っていうことはわかった。それで、そんな異世界のお姫様が俺に何の用だ?」
「違っがーう! 私の名前は、『マーヤ・プルィ・メショネッテ・ベ・ヤンディーク・スメュルニュキア・ド・ムコニョレヴィア』よ」
彼女が怒気をはらんだ声で訂正してきた。
「おい、さっきと全然違うぞ!」
「――ッ! だから、この世界の発音だとちゃんと言えないのよっ! っていうか、あなた私の言った名前ちゃんと覚えてるじゃないっ!」
――いや、だって名前じゃないし、今のは何となく聞き流しただけでもさっきと違っているのが分かる。
「……こほんっ! 話を戻します。二階堂くん、あなたには私の『お嫁さん』として、私の世界に一緒に来ていただきたいのです。もちろん来ていただけますよね」
「はあぁぁっ? 何だって? 普通、嫁って女のほうがなるものだろう? もしかしてお前って本当は男だったりするの? 俺、同性愛の趣味はないぞ」
「わっ、私はれっきとした女の子よ。それにちゃんと二階堂くんのことを立派な男子として見てるから。ちゃんと分かった上での発言ですっ!」
どうも、この女とは話が噛み合わない。異世界人ゆえの慣習の違いなのだろうか。もう少し詳しく聞いて見ないと良く分からないかもしれない。
「なあ、どうもお前と話をしてて噛み合わない部分があるようだから、もう少しわかりやすく話をしてくれないか?」
「そうですね。私も性急に過ぎたようです。一つずつ説明していくことにしましょうか」
「そうしてくれると助かる」
彼女は一旦、深呼吸をしてから口を開いた。
「では、少しばかり此処では出来ない話になりますので、私の家まで来てください」
「えっ? 家って、もしかして王宮とか?」
「いえ、この世界で私が住んでいるアパートの一室です」
そんなわけで、何故か俺は、クラスメイトで異世界人のお姫様が住むアパートまでついて行くことになってしまったのだった。




