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日課人形  作者: SATOSHI
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前編

 わたしが初めて世界を認識したのは、ショーケースの中。

 通り過ぎていく人、横目で、でもべっとり粘ついた視線を送ってくる人、そして、至近距離で食い入るようにわたしを観察する人。こういった人たちの目を楽しませるのがわたしの仕事であり、使命だと理解していた。

 わたしを見るのは、ほとんど百パーセントが男性だった。人間が二つのタイプに分かれていて、それぞれ男、女と呼称されることを、周りから聞こえてくる会話や、体の形を確認することで知った。


 ある日、わたしは買われていった。買ったのはやはり男性であり、横幅があるのが特徴的だった。

 初めての移動だったけど、別段ワクワクすることもない。元いた場所を離れて、二度とここに戻れることはないと分かっていても、寂しさは湧かなかった。

 わたしは紙袋へ入れられた。視界が薄暗いクラフト色一色になる。どうやらこの状態で移動するらしい。この空間の外がどうなっているのか気にはなったが、これじゃ見られない。仕方ない。

 時折不安定な揺さぶりが加わる中、音だけは色々と聞こえてきた。人の声と人じゃない声が入り混じって一つの大きな塊になっていたけど、わたしには境界線がよくわかる。

 例えば、低い唸り声一つとっても細かく種類分けできる。ゴォーゴォー、ゴゴゴゴ、バババババ、パァーン、ブゥゥゥン……人間の声が一人一人違うように、それらは明確に違うのだ。

 近くで目の当たりにし、聞いているはずの人間たちは、全く自然で当たり前のものとして受け入れているみたいだけど、わたしはそれら一つ一つの音をハッキリと区分けして聞いていた。あの空間にいた、わたしより先に買われていった仲間も、同じことを感じていたのだろうかと、ふと思った。


 音のしなくなった空間で、わたしを運ぶ動きが止まった。肩回りをすっぽり手で包まれ、上に引っ張られる感覚が伝わる。

 ひどく散らかった畳の部屋が目の前に広がった。買い主の家だろう。わたしは部屋の真ん中右側にある机へと運ばれていく。この辺りも散らかってはいたが、埃やゴミは比較的少なく思えた。

 所々黒かったり茶色かったりするグレーの机の奥に、木の棚が壁にくっついて置かれていた。二段あるうちの上側、中央にわたしは置かれる。ここが新しい居場所のようだ。棚にわたし以外のものは見当たらない。わたしだけのショーケース。

 買い主は何やらもぞもぞし始めた。今まで見たことのない人間の動きだった。わたしのことをじっと見つめ、手を忙しなく動かしている。

 さほどの時間もたたずに動きは止まり、買い主はため息をついた。わたしは一部始終を見ていた。


 買い主のその行動は、ほとんど毎日欠かすことなく行われた。

 時間は決まって夜。基本的には一回だったが、二回行われることもあった。

 わたしのすることは変わらない。始まりから終わりを、当事者という名の傍観者として過ごすだけ。わたしはそれだけしかできないし、買い主もそれで満足しているようだ。

 他に買い主がわたしにすることといえば、机に向かっているあいだしばしばニヤニヤ見つめていたり、時折クリーニングブラシで全身の埃を取ったり。部屋の埃は取らないが、わたしについた埃は取るらしい。


 この部屋に来てから、一人でいる時間が増えた。もっとも、ショーケースにいた時も本質的には一人だったのだけれど。

 買い主は朝に出かけ、夜に戻ってくる。戻ってきた直後は、たいてい文句のようなものをブツブツ言っていた。そしてわたしを見て日課を行うのだ。その一部始終を見届けるのが、相変わらずのわたしの役目。

 買い主は飽きないようだった。わたしには飽きるという知識はあっても、体感がなかった。


 わたしはこれまで、自分がどんな姿かたちをしているか、正確に把握したことがなかった。ショーケースのガラスに反射して、それらしきものが映るのを見たぐらいだ。

 ちょうど、わたしが向いている方の壁に鏡が置かれるようになったことで、わたしはわたしを知ることができた。

 鏡に映るわたしは、薄着だった。金色の長い髪を下方にカーブさせ、走らせながら、白いシャツとショーツを身につけた体をよじらせ、半開きにした口からは舌が出、笑顔を絶やさずにいた。

 わたしはこんな格好だったのか。はじめて知った。知ったけど、それ以上思うことは特になかった。

 買い主が鏡を置くようになった理由もよくわからない。なんせ、会話ができないのだから。


 今日から、わたしに仲間が増えた。

 仲間もやはり、わたしと似たような姿かたちをしていた。髪は青色、パーツのボリュームはわたしよりも控えめ。他には、わたしとは笑顔のタイプが違っていて、仲間のほうは勝ち気な笑い方をしていた。

 仲間は棚の下側、私の真下に置かれた。人間がするように、仲間に声をかけて挨拶しようかと思いかけたが、わたしにはそうする術がない。それどころか指一本さえ満足に動かせない。

 もしかしたら、向こうもわたしと同じことを思っているのだろうか。なんてことを代わりに考えた。


 仲間は次々に増えていった。

 一様にカラフルで、ポーズは派手、そして薄着。わたしと同類。

 棚の空白はどんどん埋まっていったけれど、わたしの位置は変わらない。上側の真ん中のまま。

 仲間が増えるたび、買い主は悦んでいるようだった。同時に、絶対に満たされることのない渇望感に苦しんでいるようにも見えた。


 買い主の日課の相手が誰か、識別するのはたやすい。固定された視線が物語っているし、時にはわざわざ机の上まで移動させられることもある。わたしも例外ではなかった。選ばれる基準はランダムなようだったけど、その中でもわたしが一番多く選ばれているように思えた。わたしが一番最初にこの部屋へ来たからだろうか。

 多く選ばれることについての優越感はなかったし、選ばれなかったことへの嫉妬もない。わたしは、見ているだけ。


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