表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/85

第70話:COOの依怙贔屓(神宮寺麻里)

 午後の光が、ブラインドの隙間から斜めに差していた。

 GAIALINQフロアの空気は、もうすっかりいつもどおり――そう思った矢先。


 エレベーターが開いて、常務とIT統括取締役の本多さんが並んで降りてきた。

 ふたりとも、珍しく真剣な顔をしていた。


「一ノ瀬くん、少し時間いいか?」

 常務の声に、フロアが一瞬で静まる。

 直也が席を立ち、応接スペースに向かった。


 私たち五人――亜紀、玲奈、侑里香、瑠衣、そして私――も、無言のまま視線を追う。

 またしても、“何かが動く” 気配だった。


 打ち合わせは20分ほどで終わった。

 直也が戻ってきたとき、私たちは自然と彼の周りに集まっていた。


「……五菱商事の住田会長に予定をいただけた」

 直也の背後から、常務が一歩前に出た。

「来週月曜日の夕方、17時から1時間。

 大手町経済連ビル、先方指定の会議室だ。

 表向きは五井物産の社長の代理として、メッセージをお渡しする体裁にしているが、

 一ノ瀬くんが直接お会いするという事だけは、すでに先方にも伝えてある」


「了解いたしました」

 直也の返事は短かったが、明らかに重みがあった。


 常務と本多さんが去ると、フロアの空気が一気にざわめきだした。

 私たちは自然に直也の周りに集まった。


「まさか、五菱商事の会長と直接会談するの?」

 玲奈が確認する。


「そうだ。

 利権絡みの政界が、これ以上絡んで来た挙句、中国側からの意図したリーク等がメディアに流出した場合、日本の政財界そのものが大混乱に陥るリスクがある。

 だから、そうなる前にケリをつける。

 そうする事で、これ以上五菱商事自体も政治のおもちゃにされずに済む」

 直也は静かに言った。


 その落ち着いた声に、逆に私たちの方がざわついた。


「でも、そんなに……上手くいくのかな?」

 亜紀が眉を寄せる。


「GAIALINQを覆ってくる火の粉は一気に払う。

 当事者同士で一気に片付けた方がいい。

 向こうも現実を理解すれば腹を括れるはずだ」


 その言い方があまりにも淡々としていて、

 私は思わず小さく息を呑んだ。

 ――こういうところが、ほんとに直也らしい。


「じゃあ、月曜日は……私が同行するってことでいいですよね〜♡」

 瑠衣がいつもの調子で手を挙げた。


「またそれ?」

 玲奈があきれ顔。

「一応あなた “警護兼秘書” ですから、まぁ筋は通ってるけどね」


「そうそう、警護ですよ警護♡ 別にセンパイと二人っきりが目的じゃ――」


「うそつけ」

 私と亜紀、同時に突っ込んだ。


 瑠衣が舌を出して笑う。


「まあ、同行はお願いする」

 直也が頷いた。

「それと、もう一人――莉子を連れていく」


「え? なんで莉子?」

 亜紀が目を丸くする。


「五菱グループにも、ぜひRICOを応援してもらいたいからだよ」

 直也が、まるで当たり前のように答える。


「ええええぇ〜。ずるいなぁ〜」

 玲奈がぼやき、私もつい口を尖らせた。


「完全に依怙贔屓じゃん」

「莉子だけおかしくない?」

 侑里香まで加わって、女性陣から一斉にブーイング。


 でも、直也はまったく動じなかった。


「GAIALINQにとって、ブランドアイコンはRICOなんだから。

 RICOは、今勢いがあるアーティストとして認められてきている。

 それを更に加速していく事が、結果的にこれからのGAIALINQの対外戦略にとっても大事になってくるんだ」


「……そう言われたら、反論できないよね」

 亜紀がため息をつく。


 瑠衣がすかさず笑いながら言った。

「さすがセンパイ、どこまでも策士〜♡」


「いや、もう恋愛沙汰でなくてビジネス戦略の話だから」

 玲奈が冷静に突っ込む。


「どっちも似たようなもんですよ〜♡」

 瑠衣の返しに、全員の肩が同時に脱力した。


「莉子と高田さん、呼んでくれる?」

 直也からの依頼で、私はすぐに社内チャットで連絡を入れた。

 ほどなくして、莉子とマネージャーの高田さんが直也の個室スペースにやってきた。


「急に呼び出しなんて、どうしたの?」

 莉子はいつものように明るく微笑むけれど、その奥には少し緊張が見えた。


「来週月曜日の17時。

 大手町の経済連ビルで、五菱商事の会長と会う予定になった。

 莉子にも同行してもらいたい」

 直也は淡々と伝えた。


「えっ、わたしが……一緒に行くの?」

 驚きと、少しの戸惑いが混ざった声。


「うん。GAIALINQの顔として――という建て前を上手く使って。

 RICOという存在を、正式に五菱グループにも認知してもらおうと思う。

 RICOがアーティストとして更にスケールしていくためには、五井物産や栗田自動車と並んで、他の大企業グループにも支持してもらえるよう、きっかけをどんどん作るべきだ。

 規模でいけば五菱グループは日本最大級だからね」


「そんな……でも、こんなに五井物産に大切にしてもらっているのに、いいのかな?」

 莉子が心配そうに言った。


 直也は首を振った。

「そんなの、気にしていたらダメだよ。

 そもそも、ウチのRICOを活用するプロモーション戦略はオレ自身が決めているから、全然気にする必要なんかない。

 他所にもっと輪を広げていくんだ。

 いきなりどうこうでなくてもいい。

 きっかけを作ることが大事だ」


 その言葉に、高田さんも頷く。

「私も賛成です。

 五菱グループと莉子ちゃんが顔を合わせるのは、悪い話じゃありません。

 むしろアーティストRICOにとっては大きなプラスになると思います」


 莉子は一瞬だけ視線を落とし、そして小さく笑った。

「……分かった。

 そう言ってくれるなら、是非行かせて」


 直也は頷いた。


「あと、その会合の際、

 新しいアルバムCDと、サイン色紙を何枚か用意しておいてくれるか?

 お土産っていうより、向こうの関係者への “橋渡し” だ。

 ファンとしての顔を持つ人も、きっといるはずだから、効果がある」


「分かった。用意しておくね」

 莉子がうなずく。

 その表情は少し誇らしげで――。

 彼女の中で、アーティストとしての自覚がまた一段深くなったように見えた。


 横で見ていた亜紀が微笑んで見ている。

「いいなぁ莉子。

 GAIALINQのCOOがここまで贔屓してくれるんだから、もう絶対頑張ってね!」


 玲奈も笑って言う。

「これで五菱も、RICOのファンにしてしまえばいいのよ」


「今回については、まずは布石ってところだと思うけどね」

 私がつぶやくと、直也が軽くこちらを見て頷いた。


 ――この笑顔を見るのは、なんだか久しぶりだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ