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第69話:ダブル神セブン誕生(宮本玲奈)

 会議が終わって出ていこうとした時。

「――玲奈、亜紀、麻里、侑里香、そして瑠衣。ちょっと残って欲しい」

 直也の声がフロアに響いた。


 言われた五人だけが椅子に腰を戻す。

 大型会議室のドアが静かに閉まり、空調の音がやけに鮮明に聞こえた。


 直也は、数秒だけ間を置いてから口を開いた。


「まず、瑠衣。

 今後の瑠衣自身のここでの扱いについて確認しておきたい」


 その視線を受け、瑠衣さんが椅子に深く座り直した。

 いつもの調子より、ほんの少しだけ真面目な顔。


「はい。

 今回の件を踏まえ、今後ともセンパイの警護役兼秘書役になるとお考えください。

 もちろん本庁サイドとは適宜連絡を取り、必要に応じて支援は出してもらいます。

 ただ、少なくとも当面は、それほど気にせずとも良いと思いますが――いかがでしょう?」


「えー。私が直也さんの秘書だったのに」

 侑里香が、すぐ横で小さく不満の声をあげた。


「おやおや〜。そう言いますか〜?でもでも〜。

 ミス三田よりは〜ミス東都の方が断然いいと思うんですよね〜♡」

 瑠衣さんが、例の調子で両手をほっぺに添えた。


 その瞬間、

 ――パシンッ。


 乾いた音が響いた。

 直也の手刀が、瑠衣さんの頭上に正確に入っていた。


「またそういう余計なことを言う!」


「ひ、酷いです〜! DVです〜! 夫から暴力を振るわれました〜!」


「何が夫だ! いい加減にしなさい!」

 麻里さんの一喝が飛ぶ。


「むぅ〜……麻里先輩、容赦ないんですよねぇ〜……」

 瑠衣さんが唇を尖らせ、少しだけ肩をすくめる。


 その場の空気がやや弛緩したところで、亜紀さんが軽く咳払いした。


「と、いうことは――GAIALINQ自体の開発や運用には関わらない、という理解でいいのかしら?」


「う〜ん。

 ――私は文系ですし、セキュリティ専門家でもありません。

 もちろん警護兼秘書としての業務以外にも、お手伝いできることがあれば是非それは協力させていただきますから、遠慮なくなんでも仰ってください。

 一応キャリア官僚ですので、デスクワーク全般にお役には立てると思いますよ。


 ただ、今回の件を踏まえると、何よりもまず、GAIALINQは今まで以上にデジタルセキュリティに配慮すべきだと思います。

 必要に応じて、警察組織が利用しているセキュリティコンサルを御紹介もできます。

 その意味ではまず、GAIALINQにおけるデジタルと、それから今後の非常時も考慮して、オフィスのフィジカルなセキュリティ強化全般の担当をさせて頂くのが良いのではないでしょうか?」


「分かった。是非その方向で進めたい」

 直也は頷いた。

 その瞬間、みんなの顔つきが一段引き締まった。


「ネットワーク・チェイスができるレベルの専門人材もこの際招聘しよう。

 社内メンバーだけでは追いきれない領域も多い。

 外部のプロに任せた方がいい」


 瑠衣さんが「了解でーす」と軽く手を上げる。

 さっきまでの騒ぎが嘘のように、彼女の表情はもう切り替わっていた。

 ――こういう瞬間の切り替えだけは、本当に警察官らしい。


 直也は続けた。


「それから――フォーメーションについて。

 侑里香は新人七人を束ねる役割を、先ずは優先してほしい。

 オレの代役みたいなものだが、それをきちんと務めてもらいたい。

 秘書業務が二重に必要な場合は、第二秘書として動いてくれ。

 瑠衣は、警護兼第一秘書として行動してもらう」


「え〜、秘書二人体制ですか?なんかドラマみたいですね〜♡」

 またしても瑠衣さん。

 けれど、もう誰も咎めなかった。

 ここでは、それも “通常運転” のうちだった。


「じゃあ、これで決まりだな」

 直也が最後にまとめ、椅子から立ち上がった。


 瑠衣さんが軽く敬礼のような仕草をして、

 「了解であります、センパイ!」と茶化す。


 私は、その様子を眺めながら、

 ――この人、ほんとうに掴みどころがないな、と思った。


 ただ、それでも。

 警護役として、この人がついているなら。

 直也も、少しは呼吸がしやすくなるかもしれない。


「そうだ。

 最後にもう一つ」

 直也の声で、再び全員が腰を下ろした。


 その声音は穏やかだったけれど、少しだけ含みがあった。


「瑠衣が当面加わることになったし。

 ……このメンバーで、オレが不在のときのリーダーを誰に任せるかだが、――それを亜紀にお願いしようと思う」


 ほんの一拍、間があった。

 だけど、私も麻里も、顔を見合わせてすぐに笑っていた。


「もう、事実上そうなっているけどね」

 麻里が笑いながら言う。

 私も頷いた。


「そうですよね。

 私たち全員、何かあればまず亜紀さんに聞いてますし」


「NHKの会長は亜紀さんですから」

 侑里香が、ぽろっと言ってしまった。


 ――静寂。


 そして、一拍遅れて瑠衣さんの声が飛んだ。


「えっ? 何ですか〜? その“NHK”って。

 まさか公共放送じゃないですよね〜?」


「ああっ、言っちゃった……」

 侑里香が両手で口を覆う。


 麻里が観念したように溜息をついた。

「もう……しょうがないな。

 正直に言うと――“直也被害者の会”。

 略してNHK。

 女子メンバーのチャットグループよ」


「直也被害者の会……プーふふふっっっ……ひゃはははは!!!」

 瑠衣さんが文字通り机を叩いて爆笑した。

「そっか、そっか、だからNHKなんですね〜。

 ナニソレ最高すぎますって〜〜〜!!」

 声が響く。

 私たちまで笑い出した。


 直也は、一瞬呆然とした顔をしたあと、肩を震わせて――笑った。


「……酷いな。

 ――なんかその言い方だと、オレがめちゃくちゃ悪い男みたいじゃないか」


 その瞬間、全員の反応が一致した。


「はぁ?」(亜紀)

「何言ってるの?」(麻里)

「ものすごく悪いに決まってんじゃん!」(私)


 そして追い打ちするように、侑里香まで。

「COO、それは流石に……」


 完全に総スカン。


「ちなみに、一応言っておきますが。

 ―― “NHK” が『直也ハーレム協会』の略称ではないかと疑っていたのは、何を隠そう保奈美ちゃんですからね!」

 亜紀さんがトドメの一撃。


「NHKが、直也ハーレム協会……ひゃはははは!!!」

 瑠衣さん更に大ウケで笑い転げている。


 これはクリティカルヒット過ぎる。

 直也が憮然とした表情になってしまった。


「ねぇねぇ!私も入れてくださいよ、そのNHK!

  “直也被害者の会” でも “直也ハーレム協会” でもいいですから!」

 瑠衣さんが手を挙げて笑う。


「……どっちもいらないよ」

 そう言いつつも、直也の口元には苦笑い。


 結局、瑠衣さんも正式メンバーに。

 これで会員は七人になった。


「これが本当の神セブンね」

 亜紀さんが冗談めかして言った。


「神セブン?」

 直也が眉を上げる。


「そう。侑里香を含む新人チームがGAIALINQ ARC改修構想を取りまとめたとき、

 “今年の新人は神セブンだね” って話していたの。

 直也が創り出したGAIALINQの “理念の守護神” 。

 でも私たちも七人になった。

 つまり――ダブル神セブン」


「なるほどな」

 直也さんが腕を組みながら笑う。

「じゃあ、こっちの神セブンは何の神なんだ?」


 麻里がすかさず言った。

「決まっているでしょ。

 “直也の守護神” よ」


「 “被害者の会” 兼 “守護神” ですか〜♡」

 瑠衣さんが再び笑い出し、会議室は笑いの渦に包まれた。


 私はその光景を眺めながら、

 ――ああ、ようやく、ほんとうに戻ってきたんだな、と思った。


 張りつめていた何かが溶け、

 笑い声が、GAIALINQのフロアに久しぶりに響いていた。


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