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第45話:今晩の覚悟(神宮寺麻里)

 タクシーの中、窓の外を流れる街の灯を眺めながら、私は腕を組んでいた。

 隣では亜紀がスマホを見つめ、眉間に皺を寄せている。

 彼女の指がスクリーンをタップするたび、画面がちらりと光った。

 ――NHKだ。


「……少しは落ち着いた?」

「落ち着いてないわよ」

「だと思った」


 そう言いながら、私は小さく笑った。

 その笑いの奥には明確な “覚悟” があった。


 NHKのタイムラインには、さっき玲奈から上がった報告が並んでいる。


 “角田”――やはり直也の大学時代の友人で、今は警察庁の若手官僚。

 私も同じサークルにいたから、少しは角田くんの事は覚えている。

 直也と違って地味めで、いかにも東都大学の男子学生というイメージだった彼。

 でも不思議と直也と角田くんは仲が良かった。

 派手そうでも実は生真面目な直也と、もともと堅実なタイプの角田くんは、そういう意味ではお互いウマが合ったのだと思っている。

 彼は法学部だったので順当にキャリアを歩んでいるという事だろう。


 高輪プリンスホテルでの会合内容も簡潔にまとめられていた。

 読めば読むほど、確かに問題はなさそうだった。

 警備協力の依頼はもちろん五井物産として正式に岩手県警には実施していて、既に協力をいただける手筈は整っている。

 とはいえ、フェス運営上の安全対策は入念にしておきたいという直也の気持ちは分かる。


 今回は五井物産だけでなく栗田自動車も全面支援してくれる大型フェスだ。

 しかも協賛するのは環境省・経産省と岩手県と秋田県。

 初開催にも関わらず非常に格式高いフェスとなるだけにトラブルは絶対避けたい。


 特に、今回会場エリアには住宅跡の廃墟があるのでそこに観客が入らないように管理する必要がある。

 警官や警備会社による管理は当然だが、それでも侵入する者がいないとは限らない。

 そこでドローンとAIロボティクスを用いた多重警備の実証実験も行う予定だ。

 恐らくこうした次世代型の様々な試みを踏まえて、警察庁の友人にも側面支援を頼んだというのが今日の角田くんとのやり取りだったのだろう。


 でも――私はまだ、完全には納得していなかった。


「……ねえ、亜紀」

「なに?」

「今日のうちに、“L.M” の件、直也に確認しない?」


 亜紀が一瞬こちらを見る。

 その目に、迷いはなかった。


「同感ね。

 その警察官僚の角田って人の件はもう大丈夫そうだけれど。

 でも “L.M” は違う。

 本人から聞くしかない。」


「そう。

 危険があるなら止める。

 それでも行くって言うなら――その時は、全員で行く。

 その条件以外は認めない。

 それでいい?」


「いいわね」

 亜紀が頷いた。

 いつになく静かな同意。

 その静けさが、逆に決意を際立たせていた。


※※※


 途中、タクシーを降りてケーキ屋に寄った。

 どうせ押しかけるなら、手ぶらでは格好がつかない。

 ショーケースの中には春の新作ケーキが並んでいる。


「このストロベリームース、保奈美ちゃんが好きそう」

「じゃあ私はガトーショコラね。

 玲奈はチーズ系でしょ?」

「そうね。あと直也くんには……モンブラン。」


 店内の甘い香りに包まれながら、

 ついさっきまでの怒りが少し和らいでいく。


「……なんか、弾劾のはずが女子会の買い出しみたいね」

 亜紀が笑う。

「まぁ、それがGAIALINQガールズらしいでしょ」

 私もつられて笑った。


 直也の家に着く頃には、外はすっかり夜だった。

 玄関を開けると、キムチチゲ鍋の香ばしい匂いがふわっと広がる。

 キッチンから顔を出した保奈美ちゃんが笑顔で手を振った。


「こんばんは! 

 ちょうどいいタイミングですよ」


 リビングにはすでに玲奈と莉子、侑里香の姿。

 テーブルの上には湯気を立てる鍋と、並べられた器、

 そしてワインと日本酒がずらり。


「遅くなってごめん」

「大丈夫です、ちょうど温まったところです」


 直也がこちらを振り向いた。

 穏やかな表情――その顔を見るだけで、少し肩の力が抜ける。


「亜紀、麻里、それに侑里香も。

 来てくれてよかった。

 準備も出来たから、早速乾杯しようか」


 グラスが配られた。

 保奈美ちゃんはノンアルコールのシャンパンジュース。

 あとのメンバーは高級シャンパンだ。

 玲奈が立ち上がり、音頭を取る。


「今日は――侑里香さんの加入お祝いと、

 新人チームが怒涛の勢いでプロジェクトにキャッチアップしていることを記念して!」


「そして……我々女子メンバーの結束を祝して!」

 亜紀が笑いながら続ける。


 「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」


 グラスがぶつかる音が響く。

 白い泡が立ち、誰もが少しだけ笑顔になった。


 鍋の蓋を開けると、香りが一気に広がった。

 深い赤のスープ、柔らかく煮えた豆腐、

 キムチと豚肉の香ばしさ――まるで韓国料理店の香りそのもの。


「コレ……本当に美味しいわね」

 私は思わず唸った。

「保奈美ちゃん、本当に女子力高すぎ」

「うちの嫁に欲しいわ」

「一家に一人、保奈美ちゃん欲しい」


 笑いがはじける。

 直也も箸を取りながら、少し照れくさそうに笑った。


「いや、これ、オレの亡くなった母さんが昔作ってくれていたのとそっくりなんだ。」


「特製の、韓国雑貨店で販売されているキムチを使わないとこの味にならないんです」

 保奈美ちゃんが教えてくれた。


「へぇ……一ノ瀬家の伝統の味って訳ね」

 玲奈が頬を染めてつぶやく。


 食卓は和やかで、笑いが絶えなかった。

 誰も“L.M”の話題を出さなかった。

 出すべきではないと思った。


 今この瞬間だけは、

 チームでも、組織でもなく、

 “家族” のように笑っていたかった。


 ――けれど、グラスの縁越しに見えた直也の横顔は、

 やっぱりどこか遠くを見ていた。


(……あとで、必ず聞くわ、直也。

 その “L.M” が誰であっても、もう一人では行かせない)


 チゲ鍋の湯気が、まるでその決意を包み込むように、

 静かに夜の空気に溶けていった。


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